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第四話 闇と帰り道と急転直下

「――っはぁ、終わった終わった」


 授業中に凝り固まった背中を伸ばすと、パキパキと小気味いい音が鳴る。そのまま少しストレッチして、俺は全身の動きを滑らかにしていった。

 今日の授業も全て滞りなく終わり、担任がホームルームの終わりを告げる。ざわつく教室の中、クラスメイト達は各々自分の荷物を持って思い思いに教室を後にしていった。学生にとってある意味本番である、放課後の始まりである。


「平賀、今日も昨日の続きやるわよ。 暇なんだし、しっかり手伝って――」

「いやスマン、今日は無理」

「――ってどうして!?」


 さも当然のように俺に学年の仕事を押しつけようとしてくる田沼に、今日はノーを突きつけてやった。さすがにいつもというわけにはいかない。


「いや、今日は司がいるだろ? だからちょっとな」

「……そうか、分かった。元々お前が頼まれたわけでもないしな」


 俺の言葉に源六は素直にうなずいてくれた。さすがは親友、俺の事を分かってくれている。それにアレだ、二人きりにしてやるんだからむしろ感謝しろよな。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何、司君がいるから何なのよ! ……まさか、デート?! 二人きりでデートなの?!」

「違うわ!?」


 『司とのデート』という言葉に、クラスに残っていた奴らの視線が集中する。そのうち女子の一部が目を輝かせ、男の大部分が憎しみの目線を送ってきやがった。このクラス本当に大丈夫か? 何か俺の知らないところで得体の知れない巨大な変化が訪れつつある気がする。

 そんな目線は極力意識の外に追い出し、今は目の前の田沼に集中する。俺はぐっと腹に力を入れながら、田沼の目を見た。その目の奥には、少しずつあの殺気が膨らみ始めている。


「今日はえーと、アレだよ……ほら……その、な?」

「な? って言われても分かるわけないじゃない」


 それはそうだ。俺だって分かってない。

 一体どうやって田沼を納得させよう。こうして悩んでいる間にも、少しずつ機嫌が悪くなっていくのが分かる。……仕方ない。


「いやな。しばらく司がこっちに留まることになったから、必要な物を買い出しに行くんだよ。あいつこの町の事知らないし、案内してやる奴が必要だろ?」

「う。そう言うこと……それなら、いや、でも……」


 適当に口から出任せる。もっとも、あながち嘘でもないから良いだろう。一応最初の予定では司と合流した後、俺が囮としてぶらつく予定だったからな。……決して、デートではない。

 俺の言葉を信じたのか、田沼は二の句が継げなくなっていた。何かを言おうとして、言葉に詰まって呑み込むということを繰り返している。よし。このまま抜けられそうだ。

 俺は源六に後を頼むと、荷物を鞄につめさっさとその場を後にした。


「あ! そうだ、ちょっと平賀!」


 ……所で田沼に掴まれる。その妙な気迫と握力に、どうにも抜け出せない。


「その買い出し、後で皆と行かない? ほら、昨日の残りも後少しだし、きっとすぐ終わるわよ。その後なら、皆で行けるんじゃない?」

「……いや、その間司を待たせることになるから――」

「だったらほら、司君も呼びましょうよ! うん、そうしましょう!」


 俺が何か言う前に話を勝手に進める田沼。何と言うか、そんなに俺に残ってほしいのか? 俺をどうするつもりなんだ、全く。


「はぁ……とりあえず分かったよ。今司に連絡入れけど、あいつが嫌だと言ったら帰るからな?」


 そう言って俺は懐から携帯を取り出し、司の番号を呼び出した。まあ、あいつも事情は分かってるんだし、空気を読んで断ってくれるだろう――




「いやぁ、拙者こういう作業は久しぶりでござるよ。なんだか楽しくなってくるでござるな!」

「司。しゃべってないでさっさと手を動かすんだぞ」

「あんたがそれを言う?」


 クラスメイト達は遊びにいくなり部活に行くなりして、教室の中にはもう残っていない。その教室の中で俺は昨日と同じように紙をホッチキスでとじていた。昨日と違うのは、その作業に司と源六が加わっているという点である。……この野郎、何でそんなに楽しそうなんだ。

 司に連絡をして事情を説明すると、速攻でOKして来やがった。俺が必死になってどれだけ買い出しが必要かを諭しても、全く聞く耳を持たない。結局、そのまま学校へと来てしまった。

 教師たちには田沼から事情を説明してある。普通なら通ることもないだろうその頼みは、田沼のお願いで何とかなったらしい。いや、俺は直接その交渉に行ったわけじゃないから細かいことは分からない。ただ一緒についていった源六が青い顔をしていたということだけで、何があったのか大体分かる。源六がじっと俺を見てきたが、当然無視した。

 と、まぁそんなわけで。俺ら四人は昨日の仕事の続き――『修学旅行のしおり』をまとめる作業に没頭していた。本当、どうしてこうなったと言いたくて仕方ない。


「しかし、修学旅行でござるか……楽しそうでござるな」


 俺が一人頭を抱えている中、司がぽつりとつぶやいた。さっきまではしゃいでいたその顔も、今は少し曇っている。


「? 司君の高校の修学旅行は?」

「あるにはあったでござるが、拙者は参加していないでござる故……」

「……そっか」


 司の言葉に俺達三人は思わず顔を見合わせる。二人の視線が俺の説明を求めていたが、俺は顔を横に振ってそれに答えた。

 もちろん俺にはその理由に大体の見当はついている。司が人形を追う組織に入っている以上、学校に通う暇なんてほとんどないだろうからな。そもそも本当にコイツが高校生なのかも怪しいが……今日だって学校には行っていないわけだし。とにかく、とてもじゃないが修学旅行は行けなかったのだろう。

 俺達は司の顔を見る。先ほどのさびしげな表情は消え、にこやかに黙々と紙をとじていた。……その姿が、むしろ痛々しい。


「……ならいっそ、うちの修学旅行に来るか?」

「へ?」「ござる?」「……なるほど」


 思わず、俺は思いついたことをそのまま口に出す。その言葉に田沼と司は疑問符を浮かべ、源六だけが納得したように頷いた。


「なあ源六。お前の教師からの信頼というやつで、なんとかならないか?」

「……俺だけじゃ難しいな。……いくらなんでも根拠がなさすぎる。せめて、あの人の一声があれば別だが」

「……あの爺さんか……」

「……そうだ。それについては、均。お前の領域だろう」


 俺は知り合いの爺さんの顔を浮かべ、若干こめかみを押さえた。

 ここ、私立倉雁高校の理事長は金持ちのファンキー爺さんである。自分の道楽のためだけにこの学校を作ったと豪語する爺さんだ。俺の、個人的な知り合いでもある。

 俺の婆ちゃんと爺ちゃん、ここの理事長、ついでに源六の爺さんは昔からの友人――幼馴染なのだ。俺が勝手に一人暮らししていられるのも、理事長の手助けによるところが大きい。昔何があったかは知らないが、俺の事を本当の孫とまで言って可愛がってくれている……だからこそ、あまり頼りたくはない。


「よくわからないけど……平賀、何とか出来るの?」

「……司がどうして持って言うなら、多分。どうする?」

「……平賀殿……」


 司は俺の言葉に困ったような顔を見せる。そのまま俺の顔を見ていたが、やがて顔を伏せてしまった。

 ――俺は、自分が何もできないことを知っている。源六のように強くはないし、田沼のように仕事がテキパキと出来るわけでもない。だからこそ、出来る奴に任せればいいと思うんだけれどな。その代わり……俺が出来ることなら、何とかしてやりたい。


「……気持ちは、嬉しいのでござるが……」


 俺達が見守る中、司はゆっくりと顔を上げた。その眼の端には光る物が走っている。


「拙者、ここでの用事が終われば帰る故。その話は難しいでござるよ」

「……そっか。そうだよな。いや、無理言って悪かった」


 こいつがここにいるのは、あくまで『首刈り人形』を捕まえるため、そしてそのために俺を護衛しているだけ。それが終わったなら帰らなければならない。

 そんなことすら俺は忘れてしまっていた。命の危機にあったのは昨日の事だって言うのに、何だかもう長い時間をこいつと一緒にいる気がしていた。


「そう……それじゃしょうがないわね」「……寂しくなるな」


 田沼も源六も残念そうだった。こいつらは俺程に司と縁があるわけではない。それなのに、心の底から悲しんでいるようだ。全く、本当にお人よしばかりだな。


「とはいえ、せっかくなのでしおり作りは手伝うでござるよ。あと少しのようでござるし、さっさとやってしまうでござる!」


 気合い一発、元気よく司がまた紙をとじ始める。無理をしているのはみんな分かっていた。だからそれ以上何も言わずに黙々と仕事をこなし――結局、全てのしおりを作り終わる前に中断することになった。





「本当に買い出しはいいの?」

「ああ、別にすぐになくちゃいけないってものもないからな。明日の休みにでも行けばいいだろ」

「……それじゃ、今日無理に引きとめる必要なかったんじゃない?」

「そうかもな。でも司も楽しんでたし、それならそれでいいだろ」

「平賀……司君には甘いのね」


 仕事をこなしている俺達の元に乱入してきたのは、うちのクラスの担任だった。曰く、緊急の職員会議で校内の生徒を帰すことが決定したらしい。例の事件が隣町で発生したため、教師の間でも緊張が広がっているようだった。

 他の生徒、特に女性とは先生たちが手分けして家まで送ることになっているらしい。田沼については、俺達――というか源六がしっかりと送っていくことになった。武道も修めている源六はこういうところでも頼りにされている。

 そういうわけで俺達は中途半端な仕事を切り上げ、四人で田沼を送ることになった。当然、皆で買い出しに行く暇はない。田沼はそのことを申し訳なさそうに謝っていたが、事態が事態だ。そればかりは仕方ない。


「こっちの方は久しぶりに来たな。来る度にビルが増えてる気がするぞ」

「一応、民間企業参入の発展都市モデルだとからしいからね。うちの理事長が何枚も噛んでるって話だけど……」


 俺や源六が住んでいる北側の町は昔ながらの家や建物が多い。何でも、最初にこの町を作った人たちが住んでいたのがそちら側だったのだそうだ。その後、日本の発展とともに少しずつ南側の開発が進んで、今や立派な地方都市として発展していったのである。

 田沼が住んでいるのはその南側の一画だった。高校からビジネス街を抜け、真新しいマンションが立ち並ぶ場所がある。そこに田沼の家がある。俺達は四人で連れ添って、そこを目指していた。

 ショッピングモールやゲームセンターなどがある通りを歩く。いつもなら、俺達と同じように高校生が暇を持て余しているはずなのに、今日はその数もまばらだった。町全体から人が少なくなったような気がする。


「……やっぱり、皆家の中にいるかな」

「さあな。俺達だけならそんなこと気にせず遊びに――って、あ」

「……均」


 思わず口を滑らせた俺を源六が窘める。田沼は俺の言葉に対し、曖昧に笑っていた。


「いいわよ、松平。やっぱり、私がいなければよかったんだしね。……あーあ、私も男に生まれればよかったな。そうすれば司君や松平みたいに、平賀と一緒に遊びに行けるのに」

「何言ってんだよ、もう男みたいなもんだろってヘブロ!!」

「平賀殿。口は災いのもとでござるよ? というか、今の発言でそこに突っ込むところがダメダメでござる。もっと空気を読むでござるよ」

「……」


 田沼に殴られた頬が痛む。いくらなんでも男呼ばわりはまずかったか。でもこの拳が男に殴られた時よりも痛いのは事実である。……しかし司、お前に空気が読めない呼ばわりはされたくない。


「拙者としては、むしろ田沼殿がうらやましいのでござるがな」

「……? そう?」

「そうでござるよ。こうやって、気のいい仲間と一緒に学校に行って、恋をして。そしていつか子どもを産んで育てて、共に歩いていく。そうした普通だけど素晴らしい日常があるでござる。そんな人間らしい暮らしが、拙者にはうらやましくて仕方ないでござるよ」


 司が自嘲気味に笑う。それを言われた田沼も聞いていた源六も、その表情に言葉を無くしていた。俺でさえそうなんだ、仕方ないだろう。

 俺は一応、司の事情をある程度知っている。だからこそ、その言葉の意味も何となくわかる。もうこいつは、普通の恋愛をして普通の人生を送ることはできないのだろう。

 しかし――本当にコイツのこの笑顔はそれだけなのか? そりゃ、俺だって司のすべてを知っているわけじゃない。ただ、何かこいつが重要なことを意図して隠していような気がして、酷く心に引っかかった。


「――平賀殿」

「? どうした……っ!」


 唐突に司が顔を入れ替える。緩んでいた瞳をキュッと締めて、その真摯な瞳で俺を見つめてきた。その変化に、思考がそれていた俺は一瞬対応が遅れる。

 一気に緊張感を高めて、俺は周囲を見渡す。通りにいるのは俺達と同じ学生や屋台の主人。買い物をしている夫婦や、サラリーマンなどがあちこちに散らばっている。

 俺は神経を集中して、出来る限り辺りを伺った。もちろん俺に気配を探るなんていう便利なスキルは存在しない。それでも出来る限り注意深く観察し、音を拾って行った。


 この中に、あの『首刈り人形』が紛れ込んでいるのか。


 司は真剣な表情で俺を見つめ続けている。コイツがこんなに緊張しているということは、やっぱり敵がいるということなんだろう。心なしか、竹刀ケースに意識を持っていってる気もする。それは戦闘態勢へと移行しようとしているのではないだろうか。

 ……ダメだ、俺には何処に人形がいるのか分からない。どうする、このまま田沼達と別れて何処か人気のないところに行くか。それとも知らないふりをして誘い出すか。


「司、どうするんだ?」

「……望むところでござるよ。今の拙者なら、いくらでも行けるでござる」


 俺の問いに、司が大きくうなずいて答えた。俺と司のそのやり取りに田沼が目を丸くしている。俺達の会話に含まれるシリアスな空気について行けてないのだろう。源六は俺と同じように周囲を探っていた。あまり巻き込みたくはないが、最悪源六に田沼を連れて逃げてもらいたい。


「しかし、良く分かったでござるな、平賀殿」

「いや、正直まだ分からない。だから、どうするか――」


 俺が司に指示を求めるよりも早く――


「拙者がたこ焼きを食べたいって。いや、平賀殿はエスパーか何かでござるか?」


 ――司はそんな事ををのたまりやがった。


「……は?」

「ふむ。やはりこの時間になると小腹がすくでござるな。ソースの匂いが香ばしいでござるよ」


 言われてみれば、遠くの屋台から微かに焼けたソースの匂いが漂っている。視覚、聴覚は研ぎ澄ませていたが、まさか嗅覚に反応していたとは。さすが人形狩りのプロ。目の付け所が違う。


「ってい!」

「あた!? 平賀殿、何でござるか!? 拙者、何かまずいことでも?!」

「うるさい、この合法ショタが! 俺のシリアスを返せ!」

「ご……!? いくら平賀殿でも言っていいことと悪いことがあるでござるよ!?」


 司が涙目になって抗議してくるが、知ったことか。俺が気合入れて敵を探している間、コイツはずっとたこ焼きを見てたのかよ。俺の格好いい覚悟とか、色々な物を返せ!


「……いいじゃない、食べて行きましょうよ? それくらいの道草だったらいいでしょ?」

「さすが田沼殿! 話が分かるでござる。いっそ、田沼殿の家に厄介になりたいでござるな!」

「あはは、司君くらいなら弟って事で家族も認めてくれそうね。それはそれとして、行きましょ?」

「はいでござるー!」


 司と田沼は二人連れ添ってたこ焼きの屋台へと向かって行く。確かに、その二人は仲の良い兄妹のようだった。一方で、一人取り残された俺はみじめな気分を味わっている。俺か? 空回りして悪いのは、俺なのか?


「……均」

「源六……俺、何かまずかったか?」

「……いや、お前は正しかった。そんな事より……お前、何を隠している?」


 源六がその厳つい顔を引き締め、今度こそシリアスに聞いてくる。その目は本気で俺の事を心配してくれていた。そのことに、少しだけ俺の胸が熱くなる。


「ごめん、源六。お前でもそれは言えない」


 だから俺は、これ以上何も言えない。言ってしまえば、何でも背負いこんじまうこいつは、必ず俺の荷物も持とうとする。さすがにそれだけは避けなければならない。こいつの妹に怒られちまうからな。


「……なら、俺が勝手にしゃべろう。均、お前の行動は例の『首刈り人形』の噂に関係あるのか?」

「……」

「……そうか。命の危険があるんだな?」

「……」

「……はぁ。何と言うか、お前という男はここぞというところで面倒くさいな。……田沼が苦労するはずだ」

「別に田沼は関係ないだろ?」

「……まぁ、いい。ただな、均。これだけは覚えておけ。お前を心配している奴はお前が思っている以上にいる。『他人に任せればいい』というのがお前のあり方だろう?」


 源六の言葉が胸に重くのしかかってきた。俺は何も答えられない。


「……忘れるな。俺はお前の傍にいる」


 そう言ったっきり、源六は屋台へと向かって行った。その背中は遠く、大きい。

 司の秘密、源六の言葉。

 俺の心がざわついた。




「ふむふむ。このカレーもおいしいでござるよ。平賀殿は料理上手でござるな」

「まあな、婆ちゃんにいろいろと教わってたし」


 時は再び流れ、俺らは夕食タイムとなっていた。今日は金曜日。俺はこの日をカレー曜日と決めている。婆ちゃんから受け継いだものの一つだ。味付けも婆ちゃん譲り。……うん、今日もうまくいった。

 俺はカレーを口に運びながら、事態の進展具合を思い浮かべる。成果は芳しくなかった。

 田沼を送った後、一度家に帰ってから少し外を歩いてみたが、やはりその短時間では何の成果も得られない。精々、今日のカレーの材料代とプリン四個分の金が財布から飛んでいったくらいである。


「なあ、人形をおびき寄せるアイテムとかないのか?」

「RPGじゃあるまいし、そんな便利な物はないでござるよ。そもそも感情がない人形は持ち主の命令に忠実に働くだけでござるから、欲求という物はないでござる。おびき出すには地道な作業が必要でござるな。まあ、食事が終わったらまた見回ってみるでござる」


 俺の疑問に、司がカレーを食べながらニコニコと答えてくれた。もしやとは思ったが、やっぱりそういう物はないらしい。さすがに都合よすぎるか。感情のない人形……。


「そういえば司。お前のご先祖が作ったっていう人形はどうなったんだ? 完全な人形ってのには、感情があったんだろ?」


 確か司がそう言っていたはずだ。司の先祖である戦間玄が、人形を完成させた、と。

 俺が何気なくつぶやいた言葉に、司は一瞬困ったような瞳を向ける。そのまま少し逡巡して、やがてスプーンを置いて口を開いた。


「ふむ……。そうでござるな、完全な人形には人と変わらぬ感情があったと伝わっているでござるよ。……が、彼女は一族の最秘奧。一族の者でも上層部しかその足取りを知らないのでござるよ。下層の方では、姿を消したとも、壊されたとも、いまだに稼働し続けているとも噂されているでござる。一説には、錬金術師を追って旅に出たとか。なんにせよ、基本口にしてはならないことになっているのでござる」


 だから、拙者もそれを教えることはできないでござるよ、と司は続けた。俺としてはふと沸いた疑問だったのでそれほど気にしているわけじゃないし、そこまで明確な答えを求めているわけじゃない。ただ、少し疑問に――


ピリリリ! ピリリリ!


「おっと、電話か」


 傍に置いてあった携帯が鳴り響いた。俺は食事を中断してそれを手に取る。相手は……田沼? 珍しいこともあるもんだな。


ピ!


「もしもし田沼か? どうしたんだ?」

『…………』

「田沼? ……もしもし、もしもーし?」

『…………』


 俺が何度呼びかけても反応がない。別に電波が届いていないということはないだろう、一応向こう側から何か聞こえてきている。


『………ッ………ック』

「……?」


 途切れ途切れに聞こえる、息の切れるような声。少し訝しんだ俺は、神経をその音に集中する。途切れ途切れに聞こえてくるその音は、人の声のように聞こえた。


『……………ヒック……ヒッ……』

「……!! 田沼、お前泣いてるのか!?」

『平賀、平賀ぁ……わたし、わた……わあああああ!』


 短く途切れる声。聞こえてくる嗚咽。田沼は今、確かに涙を流しているらしかった。俺の言葉がきっかけになったのか、田沼の泣き声は突如として大きくなる。――田村の泣いた声を聞くのは、これが初めてだった。


『平賀ぁ、どうしよう……! わた、わたし、もう……!』

「落ち着け! 田沼、何があったんだ!」


『会った、の! 人形に、噂通り、ガラスの目をした……人形に! ……『首刈り人形』に!……「つぎは、あなた」だって……!!』


「――っ! 司!」

「心得た!」


 俺の叫びに事態を察した司が、傍に置いておいた竹刀ケースを肩にかける。しっかりとそれを背負った司の立ち姿は、威風堂々。その表情はいつもの司ではなく、人形を狩る戦士の顔。その表情が、誰よりも心強かった。


「今家にいるんだな?! いいか! 俺と司が今から行くから、そのまま待ってろ!」

『ック、う、うん。……ね……ヒッ……ねえ、平賀……』

「おう、何だ!?」


 俺は電話に出ながら、自分も出る準備をする。と言っても、用意する物はほとんどない。精々、財布や家の鍵をジャージのポケットに入れるくらいだった。その僅かな時間の間に、幾分か落ち着いたらしい田沼が話しかけてくる。


『……平賀。ごめん、今までごめんね。ホントはそんな事するつもりなかったのに、殴ったりして……』

「いや、そんなのどうでもいい! 何ならまた殴ればいいさ。そんな事よりも、何でそんな事言うんだよ!? まるで――」


 そう、まるで。

 その言葉は――別れの言葉。


『……ねぇ、平賀。もし私が死んだら……泣いてくれる……?』

「田沼……!」


 その言葉は決して軽いものじゃない。今確かに、田沼は自分が死ぬところをイメージして言葉を発した。田沼の不安が、諦めが、言葉と一緒に伝わってくる。

 葬式に参列する俺と源六。多くのクラスメートたちが、それぞれに悲しみを感じている。そして俺は田沼の棺の前に立つ。そのふたが開くことはない。なぜなら白装束を着せられた田沼の体には、首から上が――


「馬鹿! いいか、お前は死なない! クラスメートたちを、悲しませたりもしない!」


 俺は浮かび上がってきたイメージを振り払い、否定するように言葉を放つ。そんな未来はあり得ない。そんな未来はこさせない。


「大丈夫だ、田沼。お前は絶対助けてやる!」

『……平賀』


 携帯の向こう側で田沼が息をのんだのが分かった。

 ああそうさ、お前は絶対に助けてやる。そう――


「――司がな!」


 俺は正々堂々と、そう宣言した。


「って、そこで拙者の名前でござるか。確かに直接戦うのは拙者でござろうが、そこで『俺が助ける』位は言えないのでござるか?」

「無理!」


 俺は人形相手に戦えない。そんな事は、俺自身がよく分かっている。……精々、田沼を連れて逃げ回るくらいだろう。専門的なところは司に任せる。


「『……はぁ……』」


 受話器の向こうと俺の前で、ため息がシンクロした。田沼の表情は分からないが、もしかしたら今の司と同じ顔をしているのかもしれない。


『でも、そっちの方が平賀らしいか。分かった、家に来るんでしょ? 待ってるから、早く来てよね』

「ああ、すぐ行く。大人しく待ってろよ? んじゃ!」


 その言葉を最後に、俺は携帯の通話を切った。この様子なら、とりあえずは大丈夫だろう。


「やれやれ……平賀殿らしいでござるな。――それでは、さっさと行くでござるよ」

「おう、田沼を待たせるわけにもいかないからな」


 俺たちはそう言って外に出て、走り出した。昨日とは違い、俺は自分の意思で脚を動かす。――長い夜が、始まりそうな気がした。


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