ゆうびんやさん
掲載日:2026/04/08
人には人の、サルにはサルのエロスがある。ではサルのエロスとは何か、左手のエロスとは何か、円錐のエロスとは何か、写像の、軌跡の、小石の、運動の、そして、どす黒い緑色をたたえた小さな小さな池のエロスとは何か。
艶かしくあること。それはあくまでも歌に過ぎない。歌はいつもいつも遅れてくる。何に対して? 艶やかであること、麗しくあること、そしてどうしようもなく物悲しいこと。何を追っているのか、何を追っていたのか。とにかく我々の耳は錆びついていたのだった。もう何年も前からずっと。オレンジ色に照らされたトンネルから風が通り抜けるよりも前に。
サル、左手、円錐。ひしゃげたシャボン玉、俯いている人形、泥の中で眠っている靴。
どれであってもさしたる違いはない。エロスとは、歌であり、歌だったもの。ひとかけらの小石であり、夢見られたもの。それは確かにそこにあり、そしてあらゆる事象から捨象されるのだ。誰であっても、そして何であってもそれは等間隔にあった。そう、極めて等しい距離に!
ゆうびんやさん、ひろってあげましょ、いちまい、にまい、さんまい……




