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結局、また消した。

作者: 鈴木柊真
掲載日:2026/03/23

午前四時。住宅ローンの残高と、忍び寄る老眼。そして画面越しに突きつけられた「独自性がない」という残酷な評価。

 

 四十代の才能がないライターの相沢はは深夜の暗闇で一円の金にもならない「書き直し(オーバー・リテイク)」の泥沼にいた。

便利な形容詞を捨て、借り物の美辞麗句を殺し、不味い漢方薬の苦味を飲み下しながら、彼はただ「本物の言葉」を求めてキーボードを叩き続ける。



午前四時。三十分かけた一行を、デリートキーで殺した。


六時間。一円にもならない作業で、指先は微かに震えている。

 画面越しに突きつけられた『独自性がない』の一言。それが奥歯の根元で、ずっと疼いたまま。


四十代。住宅ローン。老眼。不味い漢方薬。

 深夜に綴るべき嘘は、もうどこにもない。


語尾の「だ」を「な」に書き換える。

 その瞬間、記号の羅列だった女が、初めてこちらを睨んだ。

 生きている。

 赤字の修正は敗北じゃない。俺の指が、正解を力任せに掴み取った証だ。


霞む眼をこすり、椅子に腰を叩きつける。

 「痛っ!」

 この痛みこそ、今ここに書き手として存在している報酬だ。


昨日までなら、安い焼酎を煽って現実を呪っただろう。


今の俺は、この泥臭い格闘から一歩も退かない。


バイクが湿ったアスファルトを蹴る音。新聞配達か。

 窓の隙間から、朝の冷気が忍び寄る。才能なんて、どこを探しても見当たらない。


あるのは、この地味な書き直しを、一ミリも妥協せずに完走する筋力だけだ。


送信ボタンに親指を置く。

 躊躇いが指先を止めた。耳鳴りが、やけにうるさい。


クリックした瞬間、乾いた音が部屋に鳴り渡った。

 昨日の「逃げ」とは違う。重く、確かな手応え。


立ち上がると、膝の関節が嫌な音を立てた。

 安物のカーテンを透かして、青白い光が差し込む。

 喉に張り付く、漢方薬の不快な苦味。


だが、キーボードを離れた指先だけは、まだ、熱かった。



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