異世界に、なぜ火器なんてあるのだろう。
森の中の、一カ所の空き地。
そこには、黒熊と少女が佇んでいた。
スキーナは、自分がこれからどこへ行けばいいのか、不安で仕方がなかった。
スキーナの気持ちに気づいたのだろう。
黒熊は口を開き、「ウー」と低く唸り声を上げる。
「大丈夫だよ…… 平気だから」
スキーナは優しく手を伸ばし、熊をなでた。
首の周りの毛は柔らかく、そこにもたれると、久しぶりに安心感がこみ上げてくる。
雨上がりの森は、空気が気持ちよく澄んでいた。
黒熊の歩みは、思ったよりも速かった。
低い茂みを抜けると、視界に、あの洞窟が姿を現した。
入り口は雨で洗われ、いっそう暗く、深く見える。
熊は洞窟の前で足を止め、長く、優しい声を上げた。
すると、奥の影から、小さく幼らしい気配が微かに伝わってくる。
スキーナは熊の背中からそっと滑り降りた。
地面に両足をつけたとき、まだふらつきが残っていた。
洞窟の中へ進む。
そこには、乾いた草と落ち葉で作られた、小さな巣があった。
巣の中には、小さな黒い塊が三つ、丸まっている。
毛色はまだ薄く、体は丸々としていて、寄り添って細く鳴いていた。
子熊だ。
三匹の、赤ちゃん熊だ。
スキーナはしばらく息を飲み、やっとのことで我に返った。
「…… そうだったんだ」
スキーナは小さく呟く。
声は自然と柔らかくなり、胸の奥が、優しく衝かれるような気持ちになる。
昨日、あんなに凶暴だったのも。
追い詰められても、絶対に逃げなかったのも。
理由は、子供のためだった。
黒熊は、スキーナの手のひらをペロリと舐めた。
まるで、我が子を自慢しているように。
こんな獣が、こんなにも人の心を理解する。
スキーナは、本当に不思議で、奇妙な世界だと思った。
太陽はすっかり高く昇り、洞窟の中も明るくなっていた。
子熊の二匹は、母親の帰還に気づき、よろよろと巣から這い出てくる。
一匹は坂でバランスを崩し、コロンと転がった。
もう一匹はぼんやりとしたまま、熊の母親を眺めていた。
少女心なのか、可愛いものに全く抵抗力がないのか。
スキーナは思わず、一匹の子熊を抱きしめた。
「すごく可愛い…… ほら、ぼーっとしてる」
長く抑えていた気持ちが溢れ、スキーナは自然に、熊に語りかけていた。
子熊の体は小さいのに、獣らしい重みがある。
温かく、ずっしりとしていた。
子熊は、まだ澄んでいない目をパチパチさせ、何が起きたのか分からない様子。
見知らぬにおいに、首をすくめ、柔らかい鳴き声を上げた。
「…… すごく大人しい」
スキーナは、息を潜めるように囁いた。
スキーナは慎重に、子熊の頭をなでる。
毛は思ったより少し硬いが、チクチクせず、森のにおいがする。
子熊は暴れることもなく、ただぼんやりとなでられていた。
まるで、息をする毛玉のようだ。
黒熊はスキーナの隣に横たわり、体を巣と入り口の間に横えた。
まるで、守りの壁のように。
残りの二匹も、のそのそと寄ってくる。
一匹は母親の下にもぐり込み、一匹はスキーナのすねにぶつかって、尻餅をついた。
スキーナは、思わず柔らかく笑った。
外からの日差しが、洞窟の中に優しく差し込む。
湿った空気には、草と土の、清らかなにおいが充満していた。
スキーナはみんなの真ん中に座り、岩に背中をもたれさせた。
指先に、温かい感触が残っている。
こんな瞬間は、眠るには最高だ。
だが、いろいろ考えすぎて、スキーナは眠れなかった。
スキーナは家が、恋しかった。
お父さんとお母さんは、今どうしているだろう。
自分のことを、心配しているだろうか。
いつか、また家に帰れるのだろうか。
それとも、どこか別の町へ、引っ越したほうがいいのだろうか。
それに、スキーナは聖剣なのだ。
ライトノベルなら、いつか勇者が現れて、スキーナを探しにくる。
あるいは、スキーナが勇者を認めることになる。
…… だけど、聖剣だったところで、スキーナは強くない。
ただの、普通の女の子なのに。
スキーナは、ただ考え込んでいた。
突然――
ドカンッ!
唐突で、鋭い破裂音が、森の静けさを引き裂いた。
スキーナの体は、一瞬にして硬直した。
あの音は、スキーナがわかっていた。
短く、激しく、暴力的な音。
銃声だ。
ハンターが来たのか。
それとも、あの連中が、すぐそこまで来ているのか。
「クソ…… なんで、こんなにしつこく追いかけてくるの」
スキーナは、体を張り詰めた黒熊をそっとなだめ、頭をフル回転させた。
一方、銃声の残響がまだ森に残る中。
神父の顔は、限りなく悪くなっていた。
「ばか者! 何を考えている!」
彼は勢いよく振り返り、声を押し殺して怒鳴る。
教袍の裾は泥まみれだ。
「誰が、銃を撃つ許可を与えた!」
怒鳴られた青年村人は、顔を青くしていた。
両手が小さく震え、火縄銃の口からは白い煙が立ち昇っている。
「す、すみません! 様!」
反射的に頭を下げ、言葉はめちゃくちゃに速い。
「さっき、蛇が飛び出してきたんです!
草むらからいきなり…… 緊張して、つい――」
「蛇?」
神父は、怒りに笑いが込み上げてきた。
「こんな天気、蛇が出るくらい当たり前だろうが!」
「お前は知らないのか?
この銃声ひとつで、獲物に気づかれ、作戦が水泡に帰すかもしれないんだ」
青年は青い顔で黙り込み、ただひたすら頷いた。
神父は深く息を吸い、怒りをぐっと飲み込んだ。
最初から、こんな村人たちに期待などしていない。
だが、ここまで使い物にならないとは思わなかった。
願うだけだ。
この音で、相手に気づかれていませんように。
そっと、遠くの、影の濃い森の方向へ視線をやった。
「全員、スピードを上げて進め」




