聖剣のお嬢様、危機に臨む
スキーナの理解を得られないまま、セリアは顔色の悪い子供をそっと前に抱き寄せた。
金髪の三つ編みは、どこか枯れて見えた。
「違うの、スキーナ。これは神の意思なの。
神様はこう言っているわ。『己を愛するように人を愛せ』と。
この町の人たちは、みんな神の子供なの。
私、ほってはいけないの」
彼女は振り返り、乾パンを一枚、泣き叫ぶ少女に渡すと、
優しく袖で涙を拭ってやった。
「いいわね、今さら英雄気取りで。」
スキーナは、子供を庇う彼女の背中を見て、
心にわけのわからない怒りが込み上げてきた。
自分がなんのために金を稼いだのか。
なんのために危険を顧みず探しに来たのか。
考えれば考えるほど腹立たしく、口調は凍るように冷たくなった。
「いい、じゃあ勝手にすれば。
ここに残りたいんだろう。
あとで魔物に囲まれて、怖くなったり後悔したりしても、私に頼るな!」
そう言い放ち、彼女は振り返りもせずに歩き出した。
未練など、一切なかった。
間もなく、背後からセリアのすすり泣く声が漏れてきた。
スキーナの胸も、しくしくと痛んだ。
だが彼女は聖母じゃない。
ただ金と仲間と共に生きたいだけなのだ。
他人の命など……
赤の他人、自分を犠牲にしてまで助ける理由などない。
教会を出ると、スキーナは混乱する町を歩いた。
多くの町民が荷物をまとめ、逃げ出そうとしている。
地面には商品が散らばり、先ほどの混乱を物語っていた。
にぎやかだった町は、今や無気味なほど静まり返っていた。
彼女の瞳は虚ろで、
慌ててぶつかる者たちがいても、スキーナは無視して歩き続けた。
城門の外、馬車はすでに待機していた。
ノヴァは馬の前を行きつ戻りつし、不安そうだ。
エレシアも落ち着かない様子だった。
「スキーナ、セリアは?
どうして来ないの?一緒に待たなくていいの?」
ノヴァはすぐに問いかけた。
「…… 放っておけ。
人それぞれの道だ」
スキーナは顔を背け、ノヴァを見たくなかった。
前髪は手入れもせず伸び、少女の顔の大半を隠していた。
「スキーナ…… 泣いてる」
「え?」
気づいた瞬間、熱い涙が止まらなくなった。
袖で拭っても、追いつかない。
彼女は強く、冷たいままでいようと必死だった。
ノヴァやエレシアの前で。
だがセリアに拒絶された言葉が、何度も心の中を巡る。
なんで、そんなに冷たく、心を傷つけることをするの。
鼻の奥がつんとなり、声が詰まりそうになった。
珍しくエレシアは、今の彼女のみじめな姿を笑わなかった。
ノヴァはそっと彼女を抱きしめ、
胸の中で、沈んだ泣き声が漏れた。
言葉はなく、ただ優しく背中をさすった。
一枚の布を介しても、スキーナの肌の柔らかさが伝わってくる。
ノヴァは、この瞬間が止まればいいのにと願った。
だが城壁の上では、戦いがすでに熾烈を極めていた。
「シュー――」
矢が雨のように一斉に放たれ、
空を裂く音と、魔物の咆哮が響き渡った。
衛兵たちは弓を引き絞り、指は力まかせに白くなった。
矢はすべて、城壁の前に黒く押し寄せる魔物群へと撃ち込まれた。
痛みも疲れも知らない魔物たちは、狂ったように壁に体をぶつける。
城下には、すでに屍が積み上がっていた。
「耐えろ!みんな耐えろ!」
重い鎧をまとった髭面の男が吼えた。
町の衛兵隊長、ブレイクだ。
「隊長、西壁にまた魔物が登ってきます!」
「火油を用意!城下の屍はすべて焼け!
あと…… 残りは何人だ?」
「四百…… いや、三百くらい……」
「クソッ」
彼は衛兵の襟首をつかんだ。
「臆病者の冒険者ども、まだ城壁に上がってこないのか!」
衛兵の沈黙が、すべてを物語った。
ブレイクの心は一気に沈んだ。
「きゃあ――」
突然の悲鳴が、時間の猶予を与えない。
ブレイクは剣を抜き、西側へ走った。
歯を食いしばり、心に誓った。
どれだけ犠牲になろうと、この線は守り通す。
城壁の裏には仮の医療所が設けられ、
傷ついた兵士のうめき声が絶えない。
セリアは地面にひざまづき、額に汗をにじませていた。
両手から柔らかい白光が溢れ、衛兵の爛れた傷をそっとなぞる。
神術の光がゆっくりと流れ、出血は止まった。
だが彼女の顔は、ますます青ざめていった。
彼女は城壁の方向を見上げた。
怒号と爆発音が絶えない。
負傷者が運ばれてくるたび、胸が締めつけられた。
そっと唇を噛み、目の奥に無力さが宿った。
この時、スキーナがいてくれたら……
彼女がいくら毒舌で、金のことばかり考えていても、
混乱の中でも必ずやり方を見つけ、みんなを導いてくれた。
自分なんて、この僅かな治療術しか持っていない。
「まだ、その友達のことを考えているの?
災いの時は逃げるのが当然よ。
あの子は、貴女が思うほどの存在じゃないわ」
隣で治療していた修道女が、理解できないと言った。
この町外れの神父がここに残るのに、
いつも口にする「勇士」は逃げたのだから。
だがセリアは頭を振り、決意のこもった声で言った。
「彼女は、そんな人じゃない。
スキーナは勇敢で、強いの。
冷たく見えても、心は熱いわ。
逃げたのは臆病だからじゃない。
ただ、友達の命を守るため…… それだけなの」
その瞬間、城壁の上から驚愕の叫びが上がり、
二人の会話をぶち壊した。
「あれは…… 何だ!?」
「逃げろ!」
セリアは思わず見上げた。
魔物の群れの後ろに、象四頭分もの巨体を持つゴリラが佇んでいた。
太い腕を高く挙げ、
石臼ほどの巨岩をがしりと握りしめ、こちらへ投げつけてきた。
「ドドド――!」
岩は地面に叩きつけられ、転がりながら家々を破壊していく。
武器を運んでいた町民は恐怖に後ずさり、絶望に染まった。
「矢を放て!急げ!」
ブレイクは即座に命令した。
弓矢たちは我先に矢を放った。
無数の矢がゴリラに襲いかかる。
だが堅い毛に当たった矢は、まるで鉄板に当たったように
「カチャカチャ」と音を立てるだけで、傷一つつかなかった。
それどころか、ゴリラを逆上させた。
ゴリラは天に響く咆哮を上げ、
さらに大きな岩をかき集め、再び城壁へ投げつけた。
岩は直に城壁に叩きつかり、
亀裂はさらに深くなり、瓦礫が崩れ落ちた。
もう、持ちこたえられない。
絶望が潮のように、一気にすべてを呑み込んだ。
この町は、本当に獣潮に飲み込まれてしまうのだろうか。
ゴリラは嬉しそうに、すぐそばの魔物をつかみ、投げようとした。
その、一瞬の時。
目も眩むような白き光が、城を駆け抜けた。
あまりに速く、誰も追いつけない。
「シャリ――」
鋭く、肉を切り裂く音。
誰も反応できないまま、
巨体のゴリラが一瞬硬直し、
ゆっくりと倒れ、魔物の群れに落ちた。
城壁の上の者たちは、みな凍りついた。
ブレイクの剣を握る手が、かすかに震えた。
目には衝撃が宿っていた。
さっきの白き光…… 一体、何だ?
しばらくして、
人々の驚く視線の中、ほっそりとした影が城壁の櫓に現れた。
まだ幼い少女だった。
息を荒くし、髪は滝のように流れ、
それは――珍しい銀色だ。
ブレイクの横を通り過ぎる時、汗と共に薫りが漂った。
「クソ…… この一撃で、ここ数日溜めた剣気が全部なくなっちゃった」
「娘よ…… ここは遊び場じゃない……」
「え?追い返すつもり?
さっき、あの嫌なサルを倒してやったのは私よ?」
静まり返る――
その言葉で、城壁全体が死のような静けさに包まれた。
誰もが口を開け、呆然と銀髪の少女を見つめていた。
まさか、絶望の中、魔物を倒して救ってくれたのが、
この華奢な見た目の少女だなんて。




