魔法一途、道はなお遠く
「俺は魔法は分からないけど、はっきり言って、お前、まだまだ未熟だな」
ここは荒れ地。
スキーナの容赦ない言葉に対し、ノヴァは少しもくじける様子を見せなかった。
「もう一度、チャンスをください!」
本当に、しつこい子だ。
スキーナは額を押さえ、心の中で言い聞かせていた。
こいつはタダだ、タダ……
「いいだろう」
「にっこり――」
ノヴァは勝利の笑顔を浮かべ、あごを上げた。
「見ててください!」
再び、手のひらに小さな火の玉がふらつきながら灯った。
色は濁り、縁は次々に崩れ落ち、
もうすぐ消えてしまうかのように見えた。
突然、火の玉がぴくっと跳ね、制御を失って爆発した。
スキーナは眉をひそめた。
「もう一回、もう一回!」
少女はぺろりと舌を出した。
「さっき、手が滑っただけだから!」
今度は、火花すら出なかった。
魔力を集めようとするとすぐに崩れ、
むしろ手のひらに反動が来た。
彼女は慌てて手を後ろに隠そうとしたが、
スキーナに手首を掴まれてしまった。
案の定、真っ赤に腫れ上がっている。
「セリア、治療してやれ」
ノヴァの努力は、スキーナもちゃんと見ていた。
だから、追い出す考えは消した。
タダの労働力だ。
彼女がいなくなったら、誰が掃除をする?
だが、疑問は残る。
火の玉術なんて、難しい魔法じゃない。
なぜ、こんなに発動が苦しいのだろう。
「魔法を、どこで習ったんだ?
誰が教えた?」
「あ、これで、独学で……」
ノヴァは服の隙間から、一冊の冊子を取り出した。
表紙はすり切れ、角は丸まっている。
スキーナは受け取って、一目見ただけで眉を強くひそめた。
なんと、羊皮で作られた本だ。
革には、火の燃えた跡が残っている。
開いてみる。
文字の並びは変で、呪文式は一般的な形式と違う。
注釈は乱雑で、記号も統一されていない。
見れば見るほど、頭が痛くなる。
「こんな本、読めるのか?」
「読めますよ!
この中の魔法は、すごく奥が深いんです。
ずっと勉強して、やっと火の玉術を一つ、習得したんです」
実際は、習得できていない。
スキーナは突っ込みたくなったが、
この魔法本は、自分が魔法を深く知るきっかけになるかもしれない。
詳しい人に見せて聞いた方がいい。
そうして、間もなく三つの頭が寄り集まった。
「セリア、翻訳、終わった?」
「えっと…… この文字は古くて、はっきりしないし、
書いた人が、わざとこうしたように見えるんです」
「…… なんだ、みんな分からないんだ!」
そう思ったら、ノヴァは少し嬉しそうだった。
「この本、たぶん、正式なものじゃないと思う」
羊皮の本を閉じ、スキーナは収納指輪にしまった。
そして、手品のように、ぶ厚い赤い表紙の法典を取り出した。
背表紙は少し古びているが、何度も読まれた跡があり、角は丸い。
表紙には、はっきりと安定した術式の紋様が焼き付けられている。
一見して、普通の本じゃないと分かる。
『爆炎法典』
「学びたいんだろ?」
スキーナは本をノヴァの前に差し出した。
「これを、やるよ」
「わあ!」
ノヴァは目を輝かせ、敬虔に本を受け取り、
わくわくとページを開いた。
彼女の嬉しそうな姿を見て、スキーナは嬉しそうに微笑んだ。
実は、もう自分で読み終わっていたのだ。
ただ、本の通りに精神力を解放してみたところ、
火元素との相性が信じられないくらい悪かった。
だから、『爆炎法典』の修練は諦めた。
もちろん、それで学ぶ意欲がなくなったわけじゃない。
世俗の魔法がダメでも、教会の神術がある。
特に聖炎は、彼女にとってはまさに虎に翼のようなものだった。
そうして、次の瞬間。
『光明教义』が、セリアの視界に現れた。
彼女は思わず、息を飲んだ。
「これは……」
声が、わずかに震えている。
「中には、いろんな神術が書いてある。
注釈もあるけど、俺には分からない」
「お祈りの文句が、ぐるぐるしていて、
二行読んだら、すぐ眠くなるんだよね」
セリアは、すぐには受け取らなかった。
その本をじっと見つめ、目じりが次第に熱くなっていく。
この本は、非常に貴重な典籍だ。
中に書かれているのは、教会が公に教える「正典」だけじゃなく、
本物の神術までだ。
こんなに貴重で、闇市場では高値がつくものを、
スキーナは、迷わず自分にくれるのだ。
セリアの喉は、何かに詰まったようになり、
嗚咽しながら、二文字だけ吐き出した。
「ありがとう……」
「気にするな。ただし、教えてくれよ」
「だめ」
少女の表情は、真剣で、ほとんど厳粛だった。
「そんなに冷たい?」
スキーナは、少しは躊躇するか、
遠回しに断るかと思っていた。
だが今の反応は、まったく余地がない。
「教会の神術は、技術じゃないんです」
「神術を学ぶということは、神に誓い、信仰し、
それに応じた責任を負うということです」
瞳は優しいが、口調には、少しの余地もなかった。
「あなたが入信して、本物の牧師にならない限り、
私は教えられません」
スキーナは口を開き、反論しようとした。
だが言葉は、喉に詰まって出てこなかった。
そもそも、自分は入信したくないし、
セリアを騙したくもない。
どうやら、俺は聖炎を、最後まで使い続けるしかないようだ。
本を読んでいたセリアの体が、びくりと震えた。
スキーナは、心を変えてくれたのかと思い、近づこうとした。
すると少女の瞳には、涙があふれていた。
その目には、驚きと、苦しみが宿っている。
スキーナの胸は、きゅっと締め付けられた。
スキーナは、彼女が泣く姿を見たくなかった。
セリアが悔しがって泣く姿も、
怖がって涙ぐむ姿も、
いつも冷静な俺の思考を、めちゃくちゃに乱してしまう。
「どうした?
体の調子でも悪いのか?
それとも、ノヴァがうるさかった?」
「セリア様、どうしたの?
私、何か悪いことをしたんですか?」
「こ、この本……
どこから、手に入れたんですか?」
少女は、赤く腫れた瞳でスキーナを見つめ、
わずかな期待を込めて訊いた。
だが、スキーナの答えは、彼女をがっかりさせるだろう。
目の輝きが少し沈む。
「老牧師さんのものだ」
風が吹いて、指先が少し冷たくなった。
彼女は、実は、前から予感はしていた。
だが、こうしてあっさりと言われると、
胸は何かで詰まったようになった。
「あの方は……」
セリアは小さく言った。
「私に、とても、優しかったんです」
「知ってる」
「祈りの言葉も、神術も教えてくれて、
病気のときだって、看病してくれました」
セリアの睫毛は下がった。
「厳しかったけど…… 悪い人じゃ、なかったんです」
スキーナはセリアを見つめ、
すすり泣いて震える肩に、手を置いた。
「セリア」
彼女は言った。
「分かってるだろ?
俺が手を出さなかったら、
今頃、お前は王国教廷の祭壇で、勇者として俺のことを見ていたかもしれない」
セリアは顔を横に向け、スキーナを見なかった。
彼女は、もう、言外の意味を理解していた。
勇者が、実は聖剣そのものだったと。
一瞬にして、少女の心中が察せられた。
「あなたの、せいじゃ、ないです」
彼女は言った。
「…… ただ、少し、悲しい、だけです」
「当たり前だ。
お前が、いい子だからだよ」
いい子……?
こんなに優しいスキーナさんこそ、いい子なのに。
「…… スキーナさん」
「ん?」
「これから……」
彼女は小さく言った。
「もし、そういうことを、するんだったら……
前もって、教えて、くれますか?」
スキーナは一瞬、きょとんとして、
少し困ったように笑った。
「いいだろう」
「次、金を強奪する前には、
教えてあげる」
「え?」




