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聖剣になってしまった少女は、勇者になれますか?  作者: 風間 蒼月


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この私を口説こうなんて、身の程を知りなさい

 ここの店はサービスが非常に手際が良く、給仕はすぐにやってきて、

 軽くお辞儀をし、木札をテーブルに置いた。

 穏やかで、プロフェッショナルな口調で告げた。

「合計で――金貨二枚、銀貨七枚となります」

「…… は?」

 スキーナの満面の満足が、一瞬で止まった。

 もう一度、耳を疑うように近寄った。


 高すぎる。

「ちょっと高い」なんてレベルじゃない。

 今すぐ後悔したくなるくらい、高い。


 スキーナの表情の変化に気づき、セリアの心は「きゅっ」となった。

 値段を見て、さらにどうしようもなくなり、

 牧師服の内ポケットから小さな財布を取り出し、数えてみた。

 唇をきゅっと結んだ。

 足りないらしい。


 スキーナは歯を食いしばり、目を閉じて、

 激しい葛藤の末、覚悟を決めた。

「狼たちの金貨を出すしかないみたいだ」

 ここまで追い詰められていた。

 だが、天上の神のことを思い出し、不安になった。

 そこで、給仕に掛け値なしで立て替えてもらえないか、相談しようとした。


 そんな窮地に、別の給仕が割り込んできた。

「すみません。こちらのお二人様でしょうか?」

 スキーナはきょとんとして、思わず上を向いた。

 この給仕は、通常の礼儀よりもさらに丁重な態度で、

 標準的な、抑えられた笑みを浮かべている。

「先ほど、どなたかが、お二人様の会計を済ませてくださいました」

「…… え?」

「済、済んでる……?」


 スキーナは、ただのごり押しが好きなわけではない。

「常識外れのことには、必ず理由がある」と知っている。

 それでも、口元が耳まで上がって、嬉しそうに叫んだ。

「セリア、聞いた? カモが現れたぞ。

 俺たち、大当たりだ!」


 セリアは嬉しくならなかった。

 素朴な少女は、こんなに何もないのに優遇されるなんて、

 きっと下心があるに違いないと思った。

 案の定、給仕が再び口を開いた。

「その方は、もしよろしければ、

 二階の個室、二〇四号にお越しください。

 直接、ご挨拶を申し上げたいとのことです」


 スキーナの笑い声は、ぴたりと止んだ。

 やはり、ただで食べさせてもらえるほど甘い話はない。

 彼女はすぐには答えず、指先でテーブルを軽く叩きながら考えた。

 食事をごちそうし、会計を済ませ、会うように誘う。

 この一連の流れは、見覚えがある。

 前世、男が知らない女を誘うときの、典型的な手口じゃないか。


 ただ、異世界だ。断定はできない。

 それに、今は二人とも牧師姿だ。

 そこまで飢えた相手とは思えないが。

「どう思う?」

 セリアは小さく囁いた。

「行きたくないなら…… 断ってもいいですよ」

「いや、行ってみよう」

「ただだけ食べるわけにはいかないし」


 それに――

 彼女は自分の実力に絶対の自信がある。

 チンピラなど怖くもなんともない。


 二階に上がると、落ち着いた安らぎの空気が、

 スキーナの心の乱れを和らげてくれた。

 窓辺には薄いカーテンが垂れ、光は丁度よく和らいでいる。

 もしかして、誰かが魔法陣を敷いているのか?

 スキーナは、ますますその人物が気になり、

 セリアの手を引いて、扉を開けた。


 目に入ったのは、太鼓腹の中年の姿ではなかった。

 若い男だった。

 スラリとした体格で、余裕のある姿勢。

 体に合った上着を着て、生地も装飾も、どこもかしこも品が良い。

 窓辺に立っていた彼は、音に気づいて振り返った。

 その顔は、確かに整っていた。

 しかも、妙に気品があって、一目で貴族や王子を連想させる。

 穏やかで、自制心があり、生まれつきの余裕がにじみ出ている。


 スキーナは、思わず見とれた。

 これこそ、俺が転生したときの理想像だ。

 カッコよくて、気高くて。

 田舎の地味な娘なんかじゃない。


「ようこそ」

 彼は穏やかに笑い、完璧なお辞儀をした。

「唐突に失礼します」

 スキーナはやっと我に返り、彼をちらりと見て、

 神様の不公平を恨むようにつぶやいた。

「俺たちの会計を払ってくれたのは、あなた?」

「そうです」

 青年は素直に頷いた。

「もし、お二人にご迷惑をかけたのなら、お詫びします」

「そんなことないよ」

 スキーナは肩をすくめた。

「ただ、どうしていいか分からなくなっただけだ」


 そして、一瞬間を置いて、

 彼とセリアの間を何度か行ったり来たり見て、言った。

「君の狙い、分かったよ」

 遠慮なくからかうように続けた。

「セリアの美しさは、やっぱり特別だからね」

「砕石の中に紛れた宝石のように。

 誰が見ても、すぐに目につく」


 セリアは、ぱっと顔を赤らめ、スキーナの袖を引っ張った。

「ス、スキーナさん……!」


 他でもない。

 若者は、誰もが美しい娘に憧れる。

 特に、この気品のある男ならなおさらだ。

 きっと、格式ばった家柄で、勝手に振る舞うことが許されず、

 心を抑え込んでいるに違いない。

 それが、食事の席で、禁欲的な牧師の少女、セリアを見た。

 この柔らかく、慎ましい雰囲気が、

 彼の、束縛から逃れて自由になりたい心に、ぴったりと合った。

 それに、制服姿というのも、刺激的だったろう。


 このあたりの事情は、スキーナにはよく分かった。

 だって、俺だって、前からセリアのことが気になっていたのだから。

 だが、すぐに、こいつの望みを断ち切ってやる。

 セリアは、俺のものだ。

 まだセリア自身がそのことに気づいていなくても。


 青年は一瞬、きょとんとした。

 それから、吹き出すように笑い、そっと頭を振った。

「おそらく、誤解されていますね」

 彼はスキーナの方を向き、穏やかに、真剣な瞳で見つめた。

「俺が心引かれているのは、他の者です」

「誰?」

 スキーナは目を細め、違和感を覚えた。

「俺?」

「そうです」

 青年はグラスを手に取り、そっと揺らした。

 中の薄い酒が、灯りに照らされて、細かく輝く。

 視線は、ずっと優しくスキーナに注がれている。

 だが、失礼なほど強くはない。


「あなたは、今まで会ったどの娘とも違います」

 新鮮な言葉でもなんでもない、ありふれた褒め言葉。

 だが、彼の口から出ると、わざとらしい媚売りではなく、

 よく考えた上での事実のように聞こえた。

「心が感じています。

 あなたに近づけば近づくほど、鼓動が速くなる」

 彼は言った。

「喜怒哀楽がはっきりしていて、得失を計算する。

 あなたは、とても生き生きとしています」

「その一瞬一瞬の表情の変化。

 素直で、自信があって、欲を隠さない。

 それでいて、恥じることもない」

「そのありのままさは、貴族の中では珍しいものです。

 そして、僕はうらやましくて……」


「やめて」

 青年は一瞬、言葉を詰まらせた。

「いろいろ回りくどく言ってるけど、

 一体、何が言いたいの?」


 個室の中は、一瞬、静まり返った。

 セリアは、思わず息を詰まらせた。

 彼は少しの間、黙って言葉を整理していたようで、

 困ったような笑みを浮かべた。

「別に、難しい目的はありません。

 ただ、食事をごちそうして、

 町を一緒に散歩し、お話をしたいだけです」

 口調は、どこか気楽だった。

 まあ、当然のことのように。


 だが、スキーナは人間を知り抜いている。

 こいつの狙いくらい、見抜けないわけがない。

 あきれたように、前世の、世間を知り尽くした大人の深い瞳になった。

 こいつ、誰に惚れ込んでもいいのに、俺に惚れたなんて。


「ん!」

 彼女は手を伸ばし、ポケットから金貨三枚を取り出した。

 指をくるりと返し、金貨を四本の指で挟んだ。

 王の横顔が、きらりと輝いている。

「ぱちっ」

 スキーナは金貨をテーブルに叩きつけた。

「この食事代は、俺たちで払う。

 お釣りはいらない」


 本当に、意外だった。

 青年は眉をひそめた。

 自分の条件で、断られるなんて思ってもみなかった。

 スキーナをじっと見つめ、

 しっかりと頭に刻み込もうとしているようだった。


「セリア、行こう」

 ここにいてはいけない。

 スキーナは自然に手を伸ばし、

 まだ状況を飲み込めていない牧師の少女を引っ張った。

「え……?」

「ごちそうさまでした」

 スキーナは、適当に青年に一礼した。

 礼儀正しい口調だ。

「だが、俺たちにはまだ依頼があるので」


 扉が開けられた。

 足音はだんだんと遠ざかり、

 個室の中は、再び静かになった。

 青年は三枚の金貨を拾い上げ、

 指の腹で、残る体温を感じるようになぞった。

「…… 面白い」


 セリアはスキーナに引っ張られ、

 ずいぶん歩いた後、やっと小さく声を出した。

「ス、スキーナさん……

 私たち、これって、失礼じゃないですか?」

「失礼? お前のあんた、俺が危ない目に遭ってるのに、

 ただ見てるだけだっただろ!」

 スキーナは息を切らし、

 どうしようもないと、セリアの脇の下をくすぐった。

「くすぐったい…… やめて、やめて!」


 ん。俺の性癖は、最初から一つだけだ。

 今の状況がどうであれ、変わるわけがない。


 スキーナの攻撃が緩み、

 くすぐられて目に涙を浮かべたセリアが、やっと逃れ出た。

 腕を抱え込んで一歩下がり、頬はまだ赤い。

 それでも、必死に言い訳した。

「あ、あなた、そんなこと言わないで……」

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