聖剣様、美味をいただく
「これが人間としての知恵だよ」
「スキーナさん、すごい……」
二人が包囲から抜け出せたのは、知恵なんかじゃなくて、ただの取引だった。
それでもセリアはスキーナに遠慮して、持ち上げるように言った。
おかげでスキーナは、すっかり気分が良くなった。
その後、二人は牧夫がサインした巻物を持って、冒険者協会へ向かった。
報酬は悪くない。銀貨七枚。
だが、今のスキーナには、こんなのは蚊足にしか見えなかった。
狼たちが渡してくれたのは――
「金貨五十枚、銀貨百二十三枚もあるんだぞ!」
手元の金貨を数えながら、スキーナは満足げに笑みを浮かべた。
これだけあれば、セリアと二人で、どこかの町で一生幸せに暮らせる。
「くそっ。この大金を、魔獣のために使うなんて……」
自分たちを傷つけた相手のために金を使うと思うと、スキーナは歯がゆかった。
「今は、まず獣薬、生肉、それに鎧の値段を調べに行こう!」
セリアは心配そうに言った。
神に見守られている緊張感があって、早く用事を済ませたかった。
「そんなに慌てることないよ」
スキーナは振り返り、澄んだ瞳で見つめられていると、思わずセリアの頬を揉んだ。
「見て、すっかり痩せちゃったじゃない。
用事はいつか終わる。
今は一番いい酒場で、思いっきり食べるのが一番大事だ」
あまりに気前がいいものだから、通りがかりの人たちが振り返った。
女の子を落とすには、まず胃袋を掴め。
誰だって、美味しいものには逆らえない。
案の定、セリアは、しょんぼりした顔から、急に生き生きとした表情に変わった。
町で一番にぎやかな通りは長くはない。
だが、酒場や店が軒を連ねている。
スキーナは、入り口に鈴が下がり、
ショーウィンドウに料理の木彫りが飾られた店の前で足を止めた。
「ここにしよう」
セリアは看板を見上げた。
『炉の火と朝の光』
うん。天の恵みも、人の温かみも感じられる。
趣がある。すごく趣がある。
扉を開けると、熱気と香りが一気に押し寄せてきた。
煮込みの脂の香り、パンの麦の香り、
ジャムが温かくなった甘酸っぱいにおい。
混ざり合って、一瞬で食欲が掻き立てられた。
二人の目が、きらりと輝いた。
「ここ、すごくいいじゃん」
席に着くと、給仕がメニューを差し出してきた。
磨かれた松の板に、丁寧な文字で料理名が書かれている。
スキーナは一行ずつ目を走らせ、だんだん目が輝いてきた。
「赤ワインで煮込んだ岩角牛の肩肉……」
「ハームクリームで焼いた川ガニ……」
「蜂蜜ライ麦のクッキーに、朝露ジャム……」
思わず、唾を飲み込んだ。
一方のセリアは、スキーナが読み上げるだけで、お腹が「ぐる」と鳴った。
申し訳なさそうに思った。
教会では味気ない聖餐しか食べたことがない。
パンにバターを塗りすぎただけで、年配の修道女に叱られた。
こんな美味しいものは、一度も口にしたことがなかった。
ふと、暴食の罪を冒す者に対して、少しだけ寛容になれた。
こんなに美味しいものは、誰だって拒めない。
スキーナは、にっこり笑った。
「安心しろ」
テーブルを軽く叩き、確信のある声で言った。
「俺についてきゃ、こんな日がこれからずっと続く」
「うん、うん!」
「考えてみろよ」
指を折りながら言った。
「俺は誰だ? 世界を救う運命の選ばれし者だぜ?」
異世界転生の先輩たちが、みんなやっている。
力も、地位も、きっと手に入る。
後輩のようにハーレムを作るのは無理でも、
せめて、気ままに贅沢するくらいはできるはずだ。
「お前は、トップクラスの牧師。
俺が一番信頼する相棒だ」
どんどん調子に乗って、スピードが上がる。
「もっと大金持ちになったら、
好きなものを好きなだけ食べられる」
「想像してみろ。
任務が終わった夕方、家に帰れば、
召使いが、焼きたての肉を出してくれる。
熱々のパンにジャムと蜂蜜をかけて。
テーブルには、いつもフルーツとデザートがあって……」
世界を救うなんて馬鹿げている。
それでも、あまりに具体的で美味しそうな光景に、セリアは引き込まれた。
本当に、毎日、こんなに美味しいものが食べられるの……?
スキーナが最後の料理を注文し終えた時、
給仕は一瞬きょとんとした。
それから、「なるほど」という顔で、
板のメニューを手際よく回収した。
どうやら大金持ちが来たらしい。
目の前の牧師は、節操なく贅沢を好んでいる。
だが…… 関係ない。
客は客だ。
「かしこまりました。デザートはすぐにお持ちします」
間もなく、小さな陶皿がテーブルに運ばれてきた。
上には、切り揃えられた朝露リンゴのスライス。
表面には温かい蜂蜜が塗られ、
炉の熱で少し巻いて、甘くて優しい香りが立っている。
横には焼いたナッツが砕かれて散らされ、
噛めば「かり」と音がする。
セリアは、息を詰めてそのデザートを見つめていた。
慎重にフォークを取り、恐る恐る一口食べてみた。
甘さが舌先に広がった瞬間、目がきらりと輝いた。
だがすぐに抑えて俯き、
大げさな反応をするのが恥ずかしかった。
「…… 美味しい」
スキーナはそれを見て、思わず嬉しくなった。
自分も一口食べてみた。
やっぱり美味しい!
残念ながら二人とも腹が減っていたので、
すぐに皿は空になった。
だが、全然足りない。
「給仕さん」
「ご用でしょうか」
「このデザート、足りない。あと二皿。一人ずつ」
「かしこまりました!」
残念ながら、次のデザートが来る前に、
最初の料理が運ばれてきた。
「手間がかかるな。蓋までついてる」
かえって、よだれが出てきた。
給仕が蓋を開けると、濃厚な香りが一気に広がった。
岩角牛の肉が丁寧に取り出され、
ナイフを入れれば、ほどけるように崩れた。
赤ワインとハーブのソースがかけられ、艶やかに輝いている。
隣には、川ガニの料理。
身をクリームと混ぜて殻に戻し、
炉で焼かれて、表面は黄金色にカリカリになっていた。
次から次へと料理が運ばれ、
やがてテーブルは料理でいっぱいになった。
湯気が立ち込め、香りが充満して、
どれから食べればいいか迷うほどだ。
スキーナは迷わなかった。
「いただきます!」
急いで煮込み肉を一切れ取り、パンに挟んで口に運んだ。
一瞬、無言になってから、思わず素直な声が漏れた。
「…… 幸せだ」
柔らかく、熱く、香しい。
肉汁がたっぷり染み込んだパン。
一口食べれば、味覚の天国だ。
セリアも、真似をするように慎重に一切れ切った。
フォークを刺す前に、思わず小さく祈った。
「生命女神よ、私の貪欲をお許しください……」
だが、食べた瞬間。
クリーム、肉、ハーブの香りが口の中で一気に弾けた。
信心深い表情は、一瞬にして幸せな顔に変わった。
「ん……」
嬉しそうに目を閉じ、ゆっくりと噛んで、
一口一口を味わっている。
こんなに美味しいものは、生まれて初めてだった。
もし食事が芸術だとしたら、
セリアは、この分野の芸術家だ。
とても静かで、とても綺麗だ。
座り方はきちんとしている。
教会での祈りの癖が抜けないまま、
この世の食卓に溶け込んでいる。
手首の動きは控えめで、
堅苦しくも、くだけすぎもしない。
少女は、飲み込むたびに一瞬、
口の中に残る味を大切に感じていた。
人は言う。
麗しい姿は、それだけで美食に勝ると。
本当に、その通りだった。
二人は最後まで食べ進め、
皿にはソースの痕跡だけが残った。
「ふぅ……」
スキーナは椅子にもたれて、つぶやいた。
「こんなに満足したの、久しぶりだ」
心からそう思った。
それから、手を上げた。
「お会計!」




