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聖剣になってしまった少女は、勇者になれますか?  作者: 風間 蒼月


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私は本当に聖剣だった。

 彼女がどうして聖剣なのか?

 

 今になってもスキーナは、教会が間違えたに違いないと思っていた。

 俺はみんなに慕われる勇者になるはずで、誰もが手に入れたがる道具なんかじゃない。

 

 彼女は再び、星屑のように点在する小さな村を振り返った。

 こうして別れたら、あとどれだけの時間が経てば帰れるのだろう。

 

 もし教会に行かなければ、状況は少しはマシだったろうか?

 

 その考えがスキーナの心をよぎると、激しい後悔に襲われた。

 

 教会に行かなければ、俺は今頃家の木のテーブルに座り、母がスープを運んでくるのを待ち、父が今日の天気のことをぶつぶつ言うのを聞き、一家団らんでストーブのそばで話を聞いていたかもしれない。

 

 あと数年経てば、父の師匠の元で剣を学び、才能が良ければ有名な冒険者になり、悪ければ町で穏やかに一生を終えることもできた。

 

 誰からも狙われず、価値を計られず、「聖剣」なんて冷たい名前を冠されることもなかった。

 

 いわゆる冒険、強くなること、運命の転換 —— 結局のところ、後から人が与えた意味に過ぎない。

 

 本当に失う前は、それらはみな軽く、物語の中で人生を彩る言葉のようなものだった。

 

 峠から風が吹きつけ、冷たさを感じた。彼女は無意識にマントを引き寄せ、そこで初めて気づいた。

 スカートが場違いだった。露出した太ももが凍って赤くなっている。

 

 冒険、力、強さ —— この瞬間、それらは遠く空虚に思えた。

 

 布団に横になって、気持ちよく眠りたい!

 

「なんでまだ見つからないんだ。こっちの方向じゃないのか?」

 

 風に乗って聞こえた声に、スキーナの心は喉元までつきあがった。

 彼女はすぐさま隣の大きな岩の陰に隠れた。

 

 隠れ家から少しだけ頭を出して様子をうかがう。

 二人の男 —— 若者と中年がいた。武器を持っているかは見えなかった。

 

「町から外へ出る道はこの数えるくらいしかない。それに教会側はもうほとんど封鎖している」

 

「逃げられるわけない。子供だ。聖剣になったからって、空を飛べるわけじゃあるまい」

 

 スキーナの顔は青ざめた。

 まさか教会が町中の人間を動員したのか?

 グレイはいつも穏やかな態度だったのに、こんなに影響力があったなんて。

 

 厳しい状況に、少女は無意識に指の先を手のひらに食い込ませた。

 痛みさえ気にする余裕がなかった。

 

「そういえば……」

 

 若者は一瞬言葉を切り、声を潜めた。

 だがよりいやらしいトーンで続けた。

「この娘、なかなかの美人じゃないか。普段は町で目立たないのに、祭壇に立った瞬間、あの白髪、あの顔…… ふん」

 

「よけいなことを考えるな」

 中年の男はそう言うものの、厳しいトーンはなかった。

「だがまあ、聖剣なんてもの、上に差し出す前に…… ちょっとしたメリットを受けても悪くない。教廷は結果だけ見る。過程なんて誰が気にする?」

 

 これまでの恐怖が、一気に絶望へと変わった。

 スキーナはこれほど世界が闇に染まっていると思ったことがなかった。

 周りの空気までが冷たく不気味に感じられた。

 

 絶対に彼らの手に落ちてはならない。

 少女の顔は険しく歪んだ。

 

 彼女は振り返ると、周囲の森へと足を踏み入れた。

 

 年寄りの言いつけ —— 森に入るな。虎や熊、いのしし、毒虫や毒蛇がいる。

 だが今の彼女には、もうそんなものは怖くなかった。

 

 ただ、蚊の「ブンブン」という音だけが、いらいらさせる。

 

 彼女は次第に森の奥へと進んだ。

 そこには太陽を遮る巨木と、背丈より高い草が生い茂っている。

 軽はやな決断をしたことを後悔し、方向感覚を失っていた。

 

 しとしとと、雨が降り出した。

 

 森の中のにおいが一気に強まる。

 土、腐葉、樹皮のにおいが混ざり合い、呼吸するのも苦しくなるほどだった。

 

「クソ、気まぐれな雨め」

 

 雨は髪から流れ落ち、頬を通りすぎて襟元へ。

 服はあっという間にびしょ濡れになり、水を含んで冷たく重くなり、体に張りついた。

 それは一層、少女の体の曲線を強調していた。

 

 思わず身震いし、歯が鳴った。

 

「…… ふざけるな」

 

 もし教会に行かなければ、俺は今頃家に座ってパンの香りを嗅いでいたはずだ。

 こんなところで雨に追いかけられるなんて。

 

 だがその考えはすぐに消し去った。

 今さら後悔しても意味がない。時間もない。

 

 つると湿ったコケに覆われた岩壁の下に、目立つくぼみがあった。

 いや、それは洞窟だった。

 

 大きくはないが、風雨をしのぐにはちょうど良かった。

 

 天にも助けられた!

 

 彼女は力を振り絞って中へ入った。

 暗闇に包まれたが、安心感が溢れた。

 荒い呼吸が、狭い空間の中ではっきりと響いた。

 

 洞窟の中の空気は湿って冷たく、言葉にしがたいにおいがした。

 

 愚痴をこぼす間もなく、一股の生臭い風が襲ってきた。

 

 スキーナの瞳が一瞬小さくなった。

 暗闇の中から、二つの淡い光がゆっくりと浮かび上がり、続いて巨大な輪郭が影から現れた。

 

 盛り上がった筋肉、がっしりした肩幅。

 そこに立っているだけで、洞窟の奥の通路をほとんど塞いでいる。

 

 黒熊。

 

 そこにいるだけで、直感的に —— 逃げられないと悟った。

 

「…… 終わった」

 

 魔物だ。人を食うやつだ。

 

 頭の中が真っ白になった。

 

 今回は神父でも追っ手でもない。

 最も原始的で、直接的な危険だ。

 

 逃げ道、反撃の可能性、理性的な判断 —— 何も考える暇がなかった。

 

 熊が飛びかかってきた瞬間……

 

 光が一瞬走り、スキーナの姿は消え、地面に落ちた一本の剣に変わっていた。

 

 黒熊は低く唸り、人間のような困惑の表情を浮かべた。

 

 ゆっくり近づき、重い鼻息を剣の上にぶつける。

 巨大な爪が地面を引っ掻き、剣の周りをぐるぐると一周、また一周。

 頭の中は、どうして先程の柔らかい獲物が突然消えたのか、さっぱり分からなかった。

 

 スキーナは「呼吸」を潜めた。

 

 何が起きたのか考える暇もなく、ただ生きていることだけを実感した。

 

【零縛界】

 

 見知らぬ言葉が意識に浮かんだが、とても考えている余裕はなかった。

 

 ようやく熊は興味を失ったらしく、低く鼻を鳴らして振り返り、重い体を引きずり洞窟の奥へ戻っていった。

 

 安全になった。

 

 雨音だけが、外でやけにしつこく降り続いていた。

 

 スキーナはすぐに人間に戻らなかった。

 

 静かに地面に横たわり、頭の中にはただ一つの考え —— 待つ。

 

 あの熊が再び眠るまで、雨が完全に上がるまで。

 

 剣になった感覚は不思議だった。

 動くことはできないが、寒さや暑さを感じない。

 それでも地面の冷たさや、風がかする微かな感触は残っている。

 

 その時、ざわついた足音が平穏を乱した。

 

「この辺りだ。俺の猟犬は間違えない。雨が降ってもだ」

 

 あのクソ神父の声だ。

 スキーナは洞窟の中で、はっきりと聞き取った。

 

 聖剣の姿になっている今でも、知覚は薄く広がった水面のようになっている。

 すべての音が波紋となって伝わってくる。

 

 その言葉を聞いた瞬間、心が沈んだ。

 

 猟犬がいるのか。

 

「最悪だ」

 

 もし歯があったら、きっと食いしばっていただろう。

 

 この洞窟は隠れ家としては目立つ。

 見つかるのは時間の問題だ。どうすればいい?

 

 その考えが頭に浮かぶより先に、洞窟の奥から反応が返ってきた。

 

 低く、荒々しい咆哮が響き、岩壁の砂利がぽろぽろと落ちてきた。

 

 スキーナは笑顔を浮かべた。

 どうやら熊様が侵入者を感じ取ったらしい。

 これは虎を追い、狼を引き寄せる作戦だ。

 

 次の瞬間、黒熊は洞窟を飛び出した。

 

 雨幕がその巨体によって無理やり引き裂かれ、荒い呼吸と怒りの声が森の中に響き渡った。

 

 熊は明らかに、領土内の見知らぬ気配を、自身の権威への最大の挑戦だと受け取っていた。

 

「ワンワンワン!」

 

 猟犬が真っ先に反応し、明らかに怯えた声で吠えている。

 

「熊だ! 大人の黒熊だ!」

 

「なんでこんなところに?」

 

 混乱は一瞬にして広がった。

 

 人々は慌てて散り散りになろうとし、逃げ惑って互いにぶつかり合い、雨と泥が辺り一面に飛び散った。

 

 黒熊は二本足で立ち上がり、スキーナが洞窟内で見たよりもさらに巨大な体を誇示した。

 火の光に照らされた目は凶々しく輝いている。

 

 老神父の声に、初めて余裕がなくなっていた。

 

「下がれ! 陣を組め ——!」

 

 だがもう間に合わない。

 

 黒熊が一気に飛びかかり、前足を横に払った。

 風を切る音と共に、最前線にいた村人の一人がそのまま地面にたたきつけられた。

 たいまつは手から離れ、泥水の中に転がり、悲鳴が辺りに響いた。

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