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聖剣になってしまった少女は、勇者になれますか?  作者: 風間 蒼月


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16/43

牙を隠した狼たち

 怖い? 怖いに決まっている。


 この危機は、もう昔とは違う。

 聖剣になって逃げるわけにはいかない。

 仲間が、ここにいるから。


 スキーナはふり返り、セリアに、いつもの、

 少し場違いな笑顔を浮かべた。


「忘れちゃったの? 私、勇者なのよ」


 この瞬間、セリアは天から聖母の光が降り注いで、

 スキーナを包んでいるように感じた。


 これはすべて神の摂理なのだ。

 こんなにも優しく正しい勇者を、私が支えるために……


「あとで記録していてね。

 冒険者協会に、B ランクの報酬に差し替えてもらうの」


 まさか……


 セリアは苦笑いした。

 彼女の金の亡者ぶりに、また一つ認識を新たにした。


 羊の群れは次第に騒ぎだし、

 押し合いで、けがをする個体まで出ている。


 狼たちは散り散りになりつつも、

 いっそう騒ぎ立ち、何かを企んでいるようだった。


 今のところ、範囲攻撃ができるのはスキーナだけ。

 もちろん、全頭を殲滅するなんて望んでいない。


 追い払えさえすれば、上々だ――そう思っていた。


 彼女は両手で力を込める。

 今回の炎は、より白く、より激しく、

 柔らかい光も、まぶしくなっていく。


 まるで、今にも爆発しそうだ。


 どこに投げれば一番効果があるか迷っていた時、

 数頭の狼が、西側の囲いの壊れた部分に集まってくるのが見えた。


 その中の一頭は、スキーナに向かって牙をむき、唸っている。


「挑発してくるの? これを喰らえ!」


 聖炎が放たれた。

 まるで夜に、突然、太陽が生まれたかのように。


 光は原野を照らし、昼のように明るくなった。


「ド――ッ!」


 鈍い衝撃音で地面が微かに震え、

 着弾と同時に、炎が一気に爆発した。


 熱い風が押し寄せる。

 先ほど挑発してきた狼たちは間に合わず、

 激しい炎と光に焼かれ、悲鳴を上げる。


 体中が炎に包まれて転がり、

 もがく間もなく、動かなくなった。


 だがスキーナに、喜びはなかった。


 聖炎の爆発範囲は予想以上に広く、

 もともとボロボロで乾いていた木の囲いに燃え移ってしまった。


 炎は柱を伝い、燃え広がっていく。


「スキーナ! 囲いが、壊れました!」


 返事はない。

 スキーナ自身、やらかしたと分かっていた。


 直後、牧夫の怒りと絶望の叫びが響いた。

 男は銃をかざして駆け寄り、

 よだれまで飛びそうな勢いで怒鳴る。


「無能な! 気が狂ったのか!

 羊小屋が消えた。俺の一家の生計が、お前のせいで台無しだ!」


 過ちを犯した以上、言い訳はできない。

 スキーナは不安そうに剣の柄を握りしめ、指先が白くなった。


「狼が、ますます増えています!

 もう、私たちの手に負えません!」


 セリアが彼女を引っ張り、心配そうに叫んだ。


 そうだ。一体、どうすればいい?


 スキーナは深く息を吸い込んだ。


 夜風が白い髪をなびかせ、

 心が次第に落ち着いていく。


 牧夫の怒鳴り声は、だんだんと遠くなり、

 やがて、まったく聞こえなくなった。


 視線は、燃え落ちた囲いと、

 取り囲む狼の影をなぞる。


 何頭かの狼が、幽緑の瞳でこちらを睨み、

 まるで、彼女の不用意な行いをあざ笑うかのように。


「私は見習い牧師です。

 正面の戦いなんて、力になれません。

 早く逃げないと……」


 セリアの言葉が終わらないうち、

 また一頭の羊の首が噛みちぎられた。


 続いて数頭の狼が殺到し、羊毛が舞い上がる。


 スキーナは牧夫が襲いかかる腕をさえぎり、言った。


「私の過ちです。必ず、償います」


「償う? 何をもって償う!」


 牧夫は全身で震え上がり、

 再び手を上げようとした。


 だが、突如飛びかかってきた狼に、慌てて後ずさる。

 やむなく引き金を引く。


「キャッ」


 弾は外れた。

 男はあわてて弾を込める間に、

 さらに数頭の狼が襲いかかり、

 彼は必死に後ずさる。


「羊がいなくなったら、

 たとえ破産しても、絶対に許さんぞ!」



 その様子を見て、少女は手首を返した。


 腰の剣が、「キャリン」と音を立てて抜刀され、

「スク」と、的確に狼の首に突き刺さった。


 狼は、その場に倒れた。


「安心して。任務は完遂します。

 あなたの安全も、守ります」


 彼女の手の中で、聖剣が輝きだす。

 聖炎は外に放出されず、

 剣身の表面に、白い薄い炎としてぎゅっと圧縮された。


 つま先が地面を蹴り、土ぼこりが舞う。

 スキーナは飛び出した。

 まるで、白い稲妻のように。


 羊の死体を貪る狼たちは、

 獲物の歓喜にふけっていた。


 まさか人間が、これほど勇気を出して襲ってくるとは思わず、

 剣の風切り音に、ようやく頭を上げる。


 幽緑の瞳に驚きが宿り、

 すぐに凶悪さに変わり、

 勢いよく飛びかかる。

 鋭い爪が、獣臭い風を切ってくる。


「来い!」


 スキーナが低く唸った。

 叱責と後悔の念が、

 命がけの勇気となってみなぎる。


 白い光が一瞬、閃く。

「ガウッ!」

 狼の鳴き声は、ぶつりと途切れた。


 彼女は再び跳躍し、

 背後からの襲撃をかわす。

 同時に振り返り、一足、狼の腹に鋭く蹴りを入れた。


 狼はぐっと後ずさり、

 体勢を立て直す間もなく、

 剣が目から突き刺さり、脳を貫いた。


「スキーナ、危ない」


 彼女の言葉を待つまでもなく、

 スキーナは違和感に気づいていた。


 低く、抑えた遠吠えが次々と上がり、

 ばらばらだった狼が、

 次第に、円陣を組んで迫ってくる。


 気づけば、彼女は、包囲の真ん中に立っていた。


 いつでも飛びかかってきそうな狼たちを前に、

 スキーナは、一歩も動かなかった。


 柔らかい足の裏に石が刺さっても、

 彼女は、微動だにしなかった。


 狼は集団だ。

 ならば、必ず頭狼がいる。


「首領を倒せば、収まるはず!」


 目標が定まり、スキーナの心は落ち着いた。

 彼女は剣を軽く回し、

 視線を、再び狼たちに投げかけた。


 今度は、騒ぐ外れの個体など見ず、

 ずっと前に出ず、落ち着いて、

 号令をかけている一頭を探した。


 その時、前後左右から、数頭の狼が一斉に飛びかかってきた。


 やはり、片付けなければ……


 挟み撃ちになっても、スキーナは動じなかった。

 今、ミスは許されない。


 彼女は足を交差させ、

 素足が血まみれの地面を、しなやかに踏みしめる。


 左からの飛びかかりをかわし、

 同時に剣を縦に構え、

 右からの噛みつきを、強硬に受け止めた。


 剣身は、狼の歯で小さく震えた。

 だが彼女は一気に力を込め、

 手首を返した。


 剣は、口の中を貫き、

 喉を突き抜けた。

 聖炎が、その場で弾け、一気に焼き尽くす。


 その後も、一撃、一撃、必殺。


 白い髪は血に染まり、頬に張り付く。

 澄んでいた瞳には、血走りが浮かんでいた。


 牧夫は、すでに立ちすくんでいた。

 驚きと、信じられない思いで、いっぱいだ。


 最初の叱責は、もう跡形もなく消えている。


 彼は、細い少女が、

 血と炎の中に立ち、

 あの凶悪な狼たちを、

 まるで紙切れのように薙ぎ倒していく姿を見ていた。


「ガウッ!」


 ついに、一頭の狼が吠えた。

 スキーナの注意を引いた。


 その狼は、少し盛り上がった岩の上に立ち、

 毛は非常に濃い。


 スキーナは珍しく、狼の瞳の中に、

 思考と、驚きを見た。


 まるで、損耗とリスクを計算しているかのように。


 吠え終わると、狼たちは、ゆっくりと引きはじめた。


 スキーナは、これで終わると思った――


「気をつけろ! それは何だ!」


 牧夫の、恐怖に叫び声が上がった。

 猟銃が、スキーナの真後ろを指している。


 普通の狼より、はるかに大きく、

 たくましい魔獣が、夜の闇から、ゆっくりと姿を現した。


 三頭の魔獣は、三角の陣形を組み、

 ゆっくりと迫ってくる。足取りは重く、落ち着いている。


 スキーナは剣の柄を握りしめ、後ずさった。

 数は少なくなったのに、

 圧迫感は、むしろ増している。


 しかもスキーナの手首はしびれ、

 魔力は、すでに底をつきかけていた。


「セリア!」


 呼びかけを聞いて、セリアは急いで彼女のそばに駆け寄り、

 祈祷書を胸に押し当てた。


 ほのかな光が手の上に浮かび、

 スキーナにかけられる防御の祈りは、

 彼女自身、あまり使わないレベルにまで強化された。


「…… 神よ、ここを守り給え」


 体の状態が、ゆっくりと回復する。


「キャッ!」


 牧夫が銃を撃った。

 だが弾丸は、魔獣の筋肉に食い込むだけで、

 傷一つつけられない。


 それは、開戦の合図のようだった。

 スキーナは、前傾姿勢で飛びかかった。


 体を低くすれば、剣は速くなる。


 だが、剣を振る間もなく、

 左側の魔獣が体を丸くし、

 血まみれの大きな口を開けた。


 すると、蒼い炎が、いきなり噴き出してきた!


 炎は、刺すような冷たさを帯び、

 空気を切り裂いてくる。

 空間さえ凍りつくように、

 細かい「ジジ」という音が立つ。


 一瞬ためらう暇もなく、

 彼女は地面を強く蹴り、

 矢のように右側に飛び出し、

 なんとか、炎の直撃をかわした。


 だが着地する間もなく、

 右の魔獣が、同じく蒼い炎を吐き出す。


 同時に、真ん中の一頭が跳躍し、

 爪が、獣臭い風をまとって、真っ正面から襲いかかる。


 三頭の連携は、あまりに完璧で、

 スキーナに、隙を与えない。


 スキーナは歯を食いしばり、

 身をかがませて爪をかわしつつ、

 剣を横に払い、前の魔獣を追い返そうとした。


 だが、左の魔獣が、また炎を吐く。

 三つの攻撃が、隙のない網となり、

 彼女をぴったりと閉じ込めた。


 彼女は、無様に転がりながら躱し、

 素足には草や土がまみれ、

 細かい切り傷から、血が染み出している。


 どうすればいい?


 激しく息を弾ませ、

 彼女の心は、どん底に落ちていた。

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