表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣になってしまった少女は、勇者になれますか?  作者: 風間 蒼月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/43

冒険者になる

 男は心底、肝を冷やした。


 まさか目が悪く、神様の鉄砲玉にぶつかるとは……


 冒険者の傷を癒すだけの、

 ただの駆け出し牧師二組だと思っていたのに、

 実は教会の現役神官だったとは。


 もちろん、疑いは残っていた。


 男は改めて二人を眺め直す。

 牧師服に祈祷書、そして嘘とは思えない余裕。


 …… って、今時の牧師で、剣を差してる者がいるのか?


 そんな考えが浮かんだが、

 すぐに自分で消し飛ばした。


 護身用の武器か、

 特殊な役職なのかもしれない。


 なにせ、教会が権力を持ちまくるこの時代に、

 わざわざ教会関係者を詐称する者がいるだろうか。


 わざわざ賭ける必要などない。

 教会を敵に回すのは、長生きする道ではない。


 そう考えた瞬間、男の肩が一瞬落ち、

 思わず一歩、身を引いた。


「すまなかった。

 公務のお邪魔にならずに済めばよかったが」


 スキーナは、相手の態度が一変したのをはっきりと感じ取った。

 これが権力の力だ。


 物質だけでなく、

 他人の言動を左右する確かな手応え。


 残念ながら、自分はただの偽物だけど。

 昔、嘘をつけば汗ばんで緊張したものだが、今は……


 彼女は、自分の白くて穏やかな両手を見下ろす。

 指先は、意外にも震えていなかった。


 これは少し戸惑うような不思議な感覚だったが、

 それでいて、心の底ではほっとしていた。


 時局をわきまえる者に対し、

 スキーナは穏やかな、だが深くはうかがわせない笑みを浮かべた。


「私たちは、これから冒険者協会へ行くところです」


「冒険者の方からの方が、

 物事がはっきりと分かることも多いですから」


 男はすぐに理解した。

 二人は明らかに地方から来たばかりで、町のことを知らない。


 そして、これは運命を変えるチャンスかもしれないと、

 直感した。


「もしよければ、案内させてください。

 この辺りは、俺がよく知っています」


 あの筋肉質な男が、自分の前でへりくだる様子を見て、

 スキーナの足元から、びりっと心地よい痺れが走った。


 彼女は軽く横を向き、

「身分って便利だろ?」とセリアに示すような仕草をした。


 だがセリアは明らかに誤解し、

 小さく首を振って、断るように合図した。


 嘘はいつか剥き出になる。

 彼女は、こんな形で助けを求めたくなかったのだ。


 スキーナは少しためらった。


 冒険小説を何冊も読んではいても、

 この世界のルールや施設はまだよく分からない。


 誰かに手伝ってもらえるなら、

 それに越したことはない。ただ……


 この男はあまりに骨太すぎる。

 スキーナとしては、やっぱり甘くて柔らかい女の子に

 説明してもらいたい気持ちが強かった。


 そのとき、男のすぐ側に、

 いつからか細い姿が佇んでいるのに気づいた。


 始めから終わりまで、

 ほとんど口を開かないような少女だ。


 年端もいかぬ娘で、

 簡素な軽鎧をまとい、表情は無愛想。


 こういう場面には、もう慣れっこだという様子だった。


「じゃあ、お願いします」


「…… 私、ですか?」


 少女の表情が、かすかに引きつった。

 男を見て、スキーナを見て、

 思わず一歩下がり、断る言葉が飛び出す寸前だった。


「道を案内するだけだ」

 男が振り返って、軽い口調で言う。

「問題ないだろ」


 神官たちが目が悪く、

 自分の荒々しい見た目の下にある、

 柔らかく繊細な心を見てくれないのは残念だが……


 妹が手伝ってくれるだけでも、

 悪くはない。


 少女は眉をひそめ、

 気が進まない様子だったが、兄の視線に押され、

 小さく舌を打った。


「…… わかった」


 最後の角を曲がったところで、

 ついにその建物が姿を現した。


 冒険者協会は、思ったよりも目立つ建物だった。


 豪華というよりは実用的。

 ずっしりとした石の壁、広々とした正面玄関。


 入り口には、剣と盾の紋が刻まれた木の看板が下がり、

 夜の中でもはっきりと見える。


 時計はないが、

 スキーナは勘で六時過ぎだと思った。それは的確だった。


「ここです」

 案内してくれた少女が足を止め、

 相変わらず冷たい口調で言った。


「これ以上は、手伝いません」


 言い終わると、任務を果たしたように、

 未練もなく振り返って去っていった。


 スキーナはその背中を眺め、

 何か思いにふけっていた。


「…… あの子、余計なことは嫌なみたいですね」

 セリアが小声で言った。


 背中がとてもクールで、

 配下にしたい ——


 もちろん、今はまだそんなことを言える状況じゃない。

 まだ弱すぎるから、

 言えばただの蛙の井戸の空望になる。


「そうだね」


 ロビーの中は明かりが煌々と灯り、

 木の梁が高く、空気には革と金属、

 そしてほのかな薬草のにおいが混ざっていた。


 壁沿いには長机が数台、

 掲示板には依頼の紙がぎっしりと貼られ、

 時折、人が立ち止まって眺め、囁き合っている。


 カウンターは一番奥にあり、

 男性、女性の登録係が並んでいた。


 だがスキーナは、一目で、

 一番雰囲気が良く、一番美しい女性を見抜いた。


 清潔な協会制服を着こなし、

 胸の紋章が動きに合わせてゆれ、

 穏やかで慣れた口調で、

 冒険者の任務完了を処理している。


「…… かしこまりました。

 報酬は確認済みです。こちらにサインをお願いします」


 どうやら、みんな同じことを考えているらしく、

 その前の列が一番長かった。


 最後の冒険者が満足そうに立ち去り、

 ついにスキーナたちの番になった。


「冒険者の登録でいらっしゃいますか?」


 登録係は、仕事上の笑顔を浮かべ、

 二人を一瞬眺め、自然な口調で、

 少しの驚きも見せなかった。


 どうやら、彼女はもう、

 あらゆる組み合わせを見慣れているらしい。


「はい」

 スキーナが頷いた。


「では、登録用紙にご記入ください」

 係員が用紙を二枚、差し出す。

「お名前、年齢、得意な分野です」


「初めての登録の場合、

 登録料が必要になります」


 彼女は補足するように言った。


「お一人様、銀貨一枚です」


「ひっ」


 めちゃくちゃ高い!


 スキーナは農家の娘だから、

 これがどれだけの価値か、身に染みて分かっていた。


 銀貨一枚は、実家の一ヶ月分の収入に匹敵する。

 大パンなら、おがくず混じりでない、

 まともに食べられるものが三十五個も買える。


 庶民の十日分の食料だ。

 病気もせず、トラブルもなく、

 やっと貯められる金額。


 これが、教会が支配する暗黒時代か……


 セリアは、もう財布を探す手を動かしていた。


「待って」


「冒険者になると言い出したのは私だ。

 こんなとき、君に出させるわけにはいかない」


 これから共に成長する仲間に、

 これ以上出費させるのは忍びなかった。


 彼女は財布の中を長いこと探り回し、

 やっと銀貨を出した。


 銀貨がカウンターに落ち、

 きん、と乾いた音が響いた。


 セリアはすっからかんになった財布を閉じ、

 裾をぎゅっと握りしめた。


 胸の奥が、何かにそっと揺すられるような、

 不思議な熱みたいなものが込み上げてきた。


 財布が助かったから、じゃない。

 大事にされている、という実感が、たまらなかった。


 少し、癖になりそうな心地よさだ。


 スキーナは、その二枚の銀貨をじっと見つめ、

 本当に手放したことを噛み締めていた。


 カウンター越しの登録係が、

 その様子に気づいた。


 彼女の動作が一瞬止まり、

 勇気を出して、何事もなかったように銀貨を片付けた。


「登録が完了しましたら、

 身分証明カードをお渡しします」


「十五日以内に C ランクの依頼を一件、

 達成していただければ、正式に登録完了となります」


 これを聞いて、セリアは深く息を吸い、

 小さな声で言った。


「スキーナ……

 私、きっとお役に立ちます」


「そう言ってくれると助かる。

 この銀貨二枚、無駄にしたくないからね」


 スキーナは笑った。

 どうせ、セリアを手放す気などさらさらない。


 用紙は記入し終わり、

 二人はひとつのチームを組んだ。


 主戦力は流動的でも、

 回復役は不変――鉄則だ。


 セリアさえいれば、

 この世界で生きていくのに十分だ。


 身分カードが手渡された。

 薄い一枚だった。


 スキーナは嬉しそうに微笑んだ。


 私は、冒険者になれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ