偽の神官
「教規?」
スキーナは、まさかセリアに教規で縛られるとは思ってもいなかった。
類を及ぼして、彼女は教会に対していい感情を持っていない。
グレイという老いぼれのクズがいなければ、
彼女は今頃、家でゆっくり眠っていたはずだ。
どうして、こんなに露宿して、慌ただしく旅をしなければならないのか。
突然、痩せ馬が「ひぃーん」と鳴いて止まり、
気持ちよさそうに鼻を鳴らした。
「おい!」
スキーナは不満そうに鬃毛をつかんだ。
「止めるのはわたしの『おえ』でしょ?
騎乗獣としての自覚は……」
「あの……」
セリアは、スキーナの言葉を遮るべきか迷った。
城門の前にいる二人の兵士の視線が鋭かった。
彼女は、スキーナの背中をそっとつついて、
怯えた声で囁いた。
「もう…… 町に着いたみたいです」
「入城税。一人、銅貨二枚。馬は四枚」
「入城税?」
兵士は眉をひそめた。
「最近、防衛が厳しいからだ」
「誰を相手に?」
「魔族だ」
「ほう。臨時徴収?」
兵士は反論しなかった。
正規軍らしい。
セリアがお金を出した。
唯一、手間がかかるのは、
馬を城門の外の厩舎に預けなければならないことだった。
理解はできた。
異世界では人間に身分差があるように、馬にも貴賤がある。
高級な厩舎なら専門の世話係がいて、
手入れ、蹄切り、ブラッシング、虫除けまでしてくれる。
だがスキーナは、セリアにこれ以上金を使わせたくなかった。
馬を、最も簡易な露天の共同厩舎に入れた。
場所は狭いし、藁はカビている。
中には前の使用者が残した「不思議な贈り物」まであった。
「くさっ!」
スキーナは、掃除をしようとするセリアを引き止めた。
「しばらく我慢して。
私たち、そんなに金がないのよ」
痩せ馬は不満そうに「ひひーん」と鳴いた。
「いい加減にしなさい。
労ってくれたのは認めるけど、ここに置いておけば、
もっと金持ちの主人が見つかるかもよ」
馬を預け、二人は通りへ出た。
パン屋のいいにおいが充満し、
鍛冶屋では火花が散っている。
子供たちが木のボールを追って石畳を走り、
大人に小声で叱られ、すぐに散っていった。
「何か、食べましょう!」
セリアはスキーナの袖を引っ張った。
スキーナはとっくにお腹が空いていた。
ただ、セリアに先に言わせるつもりでいた。
二人は、少し開いたパン屋の前に立った。
スキーナが戸板を軽くたたく。
「おじさん、麦パンを二つ」
店の中には、しわだらけの老人がいた。
二人の服装を見上げ、瞳に期待が浮かんではすぐに消えた。
慌ててパンを二つ包んで渡し、金を受け取った。
だが、すぐに店を閉めようとはしなかった。
町の食堂は、スキーナが思ったよりずっとにぎやかだった。
ちょうど夕暮れ時で、木の長テーブルはほぼ埋まっていた。
半分以上は冒険者たちだ。
防具を外す暇もない者もいて、肩鎧がテーブルにぶつかり、
カチャリと音を立てている。
武器を壁に立てかけ、剣や斧の柄がひと所に固まっている。
まるで、すぐにでも出発するかのように。
スキーナは、奥の席を選んで座った。
「こんなに、人が多いです……」
セリアは小声で言い、思わず牧師服を整えた。
「人が多いってことは、依頼も多いってことよ」
スキーナは、清楚なセリアを横目で見て、舌を出した。
この子、また教会様の体裁を気にしている。
彼女は、手頃な煮込み料理とミルクを注文し、
麦パンと一緒に、勢いよく食べ始めた。
隣のテーブルの冒険者たちが熱心に話している。
声は大きくないが、途切れ途切れに聞こえてくる。
「北の森の依頼、受けたか?」
「うん。帰れないところだった」
「魔獣が、狂ったように襲ってくる。
死ぬ気で」
「最近、みんなそうだ。
魔族と関係があるらしいぜ」
「魔族?」
誰かが声を潜めた。
「本当か?」
「知るか。
とにかく、夜は単独行動するな。
協会が掲示を出してる」
セリアの手が、途中で止まった。
彼女はこっそりスキーナを見て、
聞いているか確かめようとした。
「まあまあか。
砂は入ってないし」
セリア:「……」
隣の話は続いている。
「報酬は上がってるぜ」
「ああ。C ランクの依頼が、前よりずっといい」
「だけど、危険度も上がってる」
スキーナの耳が、
「報酬」という言葉に、かすかに動いた。
彼女はやっと顔を上げ、
食堂の反対側にある掲示板を見た。
冒険者協会の臨時掲示板だ。
距離はあるが、
「冒険者協会」の文字がはっきりと見えた。
「なるほど」
スキーナは、何か思いあたった様子だった。
「スキーナ?」
セリアは、おずおずと訊いた。
「魔族のこと、心配ないですか?」
魔族?
スキーナの頭には、勝手に物語のイメージが浮かんだ。
体が引き締まり、鎧だけをまとった、
黒い肌の美人たち。
そう思うと、少し口元が歪んだ。
「心配することないわ。
教会がいるじゃない?」
「でも…… 冒険者協会ね」
セリアはきょとんとした。
「あなた、それって……」
「冒険者に登録するの」
スキーナは頷いた。
「報酬もあるし、身分も保証される。
魔獣を倒して金持ちにもなれる」
どう考えても、絶対に得な商売だ。
彼女は、自分の実力に絶対の自信を持っていた。
「でも私たち…… 教会の身分を使ってるじゃないですか」
セリアは、聖職者が特別とは思わないけれど、
この身分が無視されるわけでもないと思っていた。
冒険者に登録するなんて、
本当にいいのだろうか。
スキーナは、食堂を行き交う冒険者たちをちらりと見た。
誰も、こちらをじっと見たりはしない。
彼らの目には、
剣を持つ牧師風の少女と、牧師服の少女は……
町に入ったばかりで、
まだ荷物を下ろしていない、初心者の組み合わせにしか見えなかった。
「ほら」
スキーナは小声で言った。
「彼らが、もう私たちの身分を決めてくれたわ」
セリアは、やっと気づいた。
この町では、これだけ冒険者がいる場所では、
聖職者の光环が、すでに失われていたのだ。
「食事が終わったら、協会へ行きましょう」
スキーナは立ち上がり、軽やかに言った。
「運がよければ、今日中に依頼を受けられるわ!」
セリアは口を開き、何か言いたげだったが、
最終的に、うなずいた。
これが、勇者様の行動力なのだろう。
美少女の食事は、
上品で控えめなはずだ。
だがスキーナの中身は、田舎から出てきた少女だった。
まもなく二人は食べ終わり、食堂を出た。
道端の街灯が、次から次へと灯り、
暖かい光が石畳に広がる。
穏やかで、柔らかな光。
冒険者たちは、依頼を終え、三々五々、ぶらついていた。
セリアはスキーナの後ろについて行き、
慎重に足を運んだ。
もともと、こんなにぎやかな場所は慣れていない。
角を曲がった時、
彼女は前から来る人に気づかず、まっすぐぶつかった。
「あっ――す、すみません!」
セリアは反射的に頭を下げ、
立て続けに謝った。
ぶつかったのは、皮鎧を着た男。
体は大きく、腰には短斧を下げている。
男はセリアを見下ろし、
牧師服に視線を留め、すぐに、よくない表情になった。
「ちっ」
男は、自分の肩をはらった。
まるで、汚いものに触れられたかのように。
「道を歩くときは、目を開けてろよ。
この装備が、いくらすると思ってる?」
セリアは慌てた。
「す、すみません。
本当に、故意じゃないです……」
「故意じゃなければ済むのか?」
男は冷やかに笑った。
「依頼に間に合わなかったら、お前が賠償するのか?」
周りの通行人は足を止めず、
遠くからちらりと一瞥するだけで、無関心に通り過ぎた。
こんな口論は、町の中では、もうありふれていた。
スキーナは、もう二歩ほど先に進んでいたが、
音を聞いて振り返り、セリアを自分の後ろに隠した。
相手が筋肉質な大男なのを見て、
少しだけ警戒した。
彼女は、そっと親指で剣の柄を押し、
剣身を一寸ほど見せた。
冷たい光が、鋭く輝いた。
「彼女は、不注意だっただけです。
そこまで、責めることはないでしょう」
「もういい」
男は二人の服装を一瞥し、
さらにいらだった様子だった。
「お前たち、教会の人間は、見るだけでうっとうしい」
この言葉を聞いて、スキーナは剣を収めた。
この言葉が、彼女の興味を引いた。
「ほう?
君も、教会が嫌いなの?」
男は一瞬、きょとんとした。
そして、まるで話し相手を見つけたかのように、鼻で笑った。
「嫌いどころか」
男は言った。
「口先は立派なことを言って、
裏で何をやってるんだ?」
「寄付をせしめ、うっとうしい限りだ」
「ですよね!」
スキーナの目が輝いた。
「しかも、責任転嫁が超得意なの」
「何かあったら、一部の神官の個別の行為だと言って、
教会全体には関係ないとする」
男は、彼女の反応に一瞬、面食らった。
そして、思わず話に乗ってきた。
「お前も、そう思ってたのか?」
「もちろん!」
スキーナは興奮気味に言った。
「実は私、この前、教会にひどい目に――」
彼女は、自分が陥れられた体験を話そうとした。
「スキーナ……」
セリアが、怯えた声で彼女の袖を引っ張った。
夜風に消されそうな小さな声。
スキーナは、やっと思い出した。
自分は、今、神官になりすましているのだと。
「あ、失礼」
彼女は喉を鳴らし、表情を一瞬で真面目に戻した。
「君の言うようなことは」
スキーナは穏やかに、少し残念そうな口調で言った。
「確かに、存在はするわ」
「だけど、それは一部の例に過ぎないの」
「さっきは、君も――」
彼女は手を上げ、服の襟元を整えた。
「教会は、こういう行為に対して、
常に、ゼロトレランスなのよ」
「は?」
「だからこそ、主教様が、
私たちを派遣してくださったの」
スキーナは、ゆっくり続けた。
「教区を巡回し、地方の実情を調査するために」
「たとえば、この町みたいにね!」




