教会の俺たちを止めるなんて、よくも胆があるな?
「セリア、君、馬に乗る練習をした方がいいわ。
今の私たち、御者を雇う金なんてないのよ」
「実は…… あなた、一度も私にお給料を払ってないですよ」
「パンも、ミルクも、きっと手に入るわ。大丈夫」
スキーナは腰の財布をさぐり、
家から持ってきた少しの貯金を頭の中で数えてから、ため息をついた。
口ではそう言っていても、
手持ちの金を計算した瞬間、強い貧乏感が押し寄せてきた。
一瞬、本気で、もっと手っ取り早い方法――
「強盗」について真剣に考えさえした。
「セリア、私たち、教会の名前で町に税を取り立てたらどうかしら?」
「だ、だめです!絶対にできません!」
その言葉にセリアはびくりと反応した。
他の人なら冗談だと思うだろうが、スキーナなら違う。
彼女は、本気で実行に移すかもしれないと信じていた。
「税を取る権限は、地元の教会にしかありません。
たとえ同じ聖職者であっても、他の土地の税を徴収することはできないのです」
彼女は教理を暗唱するように早口で続けた。
「勝手に税を徴収すれば法律違反ですし、教会の戒律にも背くことになります」
「そうなの…… 残念だわ」
スキーナがあいらしく残念がる様子を見て、セリアはほっと息をついた。
自分の行動が、あまり喜ばれないかもしれない、
少し邪魔をしたかもしれない、とは思った。
それでも彼女は背筋を伸ばし、自分を誇らしく思っていた。
この瞬間だけは、光明女神の教えから背を向けていないと、
はっきりと感じられたから。
彼女は、強盗に堕ちそうになった少女を、
止めたのだと、心の中で思った。
スキーナは、そんな彼女の考えも知らず、ぶつぶつと呟いた。
「他の土地では取れないのね……
じゃ、この大陸の教会って、全部バラバラなの?」
「バラバラ、というわけではないです。
すべての教会は聖輝教廷に属しています」
「ただ、各地の教区は地元の主教が管轄していて、
権限の区分がはっきりしているのです」
彼女は一瞬、言葉を切って、さらに補足した。
「それに、王国全体は名目上、ヴァレリウス家が統治しています。
教廷であっても、皇室の法律に従わなければならず、
権限を越えることはできないのです」
「ヴァレリウス家?」
スキーナはあごをさすり、何気ない声で問いかけた。
「なんだか立派な名前ね。
この家、どれくらい王国を統治しているの?
誰も、奪おうと思わないの?」
セリアは顔色を変え、慌ててあたりを見回してから声を潜めた。
「言わないでください!
ヴァレリウス家はエセラン王国を三百年も統治しています」
「伝説の初代神選者の末裔で、
神から授かった聖剣で魔族を撃退し、王国を作ったのです。
とても高い威望を持っているのですよ」
そして、目の前の相手が勇者様だと思い出し、
真剣な表情が少し嬉しそうに和らいだ。
「聖剣?」
スキーナの耳がぴくりと立った。
先ほどまでのだらけた様子はみるみる消え、
目が輝きを増した。
「もしかして、あの家にも聖剣があるの?」
彼女は、自分の仲間の情報を、一刻も早く知りたくてたまらなかった。
今までの迷いは一掃された。
あのヴァレリウス家へ行って、聖剣を探そう。
「はい。聖剣は一つだけではないです。
でも、新しい聖剣が現れるということは、
もっと強い魔王が生まれた証拠なのです」
セリアはスキーナに使命感を持たせようと言った。
だがスキーナは返事をせず、目を細めて前方を見た。
前方の道が、人々にふさがれていた。
数人の兵士が道の真ん中に立ちふさがっている。
鎧はすり減っているのに、剣だけはぴかぴかに磨かれていて、
どう見ても正規軍には見えなかった。
「通行料を払え」
先頭の男が、二人を上から下へと眺めたあと、付け加えた。
「教会の者でも、関係ない」
新鮮だった。
こいつら、教会にまで強盗を働こうとしている。
スキーナの険しい表情を見て、
罪のない兵士たちの命を守るため、セリアは慌てて馬から降りた。
「きちんと、規則通りに支払います」
彼女は抑えた丁寧な声で言った。
「もし文書がおありでしたら、見せていただけますか」
兵士たちは互いに顔を見合わせ、
それから意味ありげに笑い始めた。
「文書?
そんなものより、お前の方が、よっぽど価値があるだろ」
彼らはセリアのすっきりとした顔、
そして体の曲線をいやらしく眺め、
左右から彼女を囲むように道をふさいだ。
この様子を見て、セリアはどうしていいか分からず、
助けを求めるようにスキーナを見上げた。
スキーナは眉を少し曲げた。
確かにこの仲間は可愛いが、
法を犯すほどの魅力はない。
ただ、金を出させるための嫌がらせに違いない。
そうならば、なおさら金を渡すわけにはいかない。
一分たりとも、神様の贈り物なのだ。
兵士の手が、セリアの頬にもう少しで届く、その瞬間。
「セリア」
スキーナが突然、声を上げた。
一同の動きが、一瞬、止まった。
「出発する前、主教様から、
何と言われたか、覚えている?」
セリアは一瞬、きょとんとした。
私たちの小さな教会に、主教様なんていないのに……
「道中、兵士や役人の職務怠慢を見かけたら、
記録に残し、帰ったら裁決廷に報告すること」
スキーナは勝手に続け、
それから兵士たちに目を向けた。
「あなたがたは、どの領域の者かしら?」
声は穏やかだが、
譲歩する気配は、少しもなかった。
兵士たちは眉を寄せた。
相手が常識的に反応しないのが、意外だった。
「それが、何だって?」
「当然、関係あるわ。
どの領主、あるいは町の役人が、
教会の聖職者を止めさせているのか、知る必要があるから」
この言葉を聞いて、兵士たちの表情は、
軽蔑から、恐れへと変わっていった。
彼らは冒険者を恐れず、商団も恐れず、地方役人も恐れない。
だが、教会だけは別だ。
神が現実に存在する世界では、
教会には神託を解釈する、想像を絶する権威がある。
こんな無名の小兵たちには、
そんなリスクを冒す勇気などなかった。
「…… 証明は、どこにある?」
誰かが、強がって問いかけた。
スキーナは答えず、
少し体を横に向け、
腰につけた、地味だが絶対に間違えようのない教会の紋章を見せた。
偽物には、到底見えなかった。
数息の後、先頭の兵士が歯を食いしばり、手を挙げた。
「通せ」
道が、開けられた。
痩せた馬も、事の重大さを理解したのか、
蹄を速めて一気に走り出した。
舌を出し、よだれまで飛び散ってスキーナの顔にかかるほど。
風が耳を鳴らし、
セリアは思わず、スキーナの服を強く握りしめた。
「嘘、つくのは…… よくないです……
それに、教会の教理にも、反するのに……」




