じゃあ、一緒に行こうか
「それは長い話なの」
「なら、短く言って」
「ふふっ」
スキーナは視線を泳がせ、シナリオを組み立てる。
「わたし…… ただ、ここを通りがかったの」
「着いた時には、ここは襲撃された後だったわ。
牧師のおじさんが…… 重傷を負っていて」
彼女は瞳を伏せ、地面の一点を見つめる。
まるで、思い出したくない様子だ。
「彼はこの聖剣で敵を撃退したけど、
自分は持ちこたえられなくなったの」
「最期に、この聖剣をわたしに渡してくれたの。
悪の手に渡してはならない、必ず教廷に届けろと」
「それで、おじさんは、どこか安全な場所で
治療を受けに行ったわ」
そして、セリアを見上げ、
少し戸惑うような声を加える。
「ただ、この剣を手にしたら、いきなり――」
「わたしと契約してきたの」
もちろん、これは全部でっちあげだ。
自分自身が聖剣なのに、自分で自分と契約できるはずもない。
セリアは、何かに気づいた様子。
透き通るように澄んだ瞳が輝いた。
「そ、それって――」
彼女は思わず口を覆うが、
興奮した声は抑えられない。
「…… 勇者様なの!?」
自分が、勇者の誕生に立ち会えたなんて。
これほどの光栄はない。
スキーナが何か言い返す前に、
セリアはぐっと寄ってきた。
「生きてる…… 本物の勇者様!」
「勇者って、何?」
スキーナはさっぱり分かっていない。
彼女は勇者なんて軽蔑していた。
昨日、老牧師が契約した時の力を見ても、
勇者は聖剣の力を借りて名声を得るだけの、
無能なヤカラだと思っていたから。
彼女が知らない様子なので、
セリアは説明したくてたまらなくなった。
「勇者は、一番危険な時に聖剣に選ばれて、旅に出るの」
「大陸中を旅して、荒野を越え、遺跡を巡り、魔族の領域へ……」
「そして、誰もが絶望した時に魔王の前に立ち、
魔王を倒して故郷に凱旋するの」
「大陸に伝わる伝説の英雄になるのよ!」
そこまで言って、セリアは一瞬息を吸い込み、
決心した様子で、スキーナの瞳をまっすぐ見つめた。
「わたしを、勇者様の仲間にしてください!」
「え?」
仲間?
スキーナには、仲間の基準があった。
彼女は、顔面偏差値が高い人が好き。
セリアは、彼女の好みにぴったりだった。
柔らかい焦茶色の肩までの髪。
肌は白く、頬にはほのかな赤みがある。
神官服は体にフィットしていないが、
少女のまだ育ちきっていない曲線を、自然に浮かび上がらせている。
じっと見つめられて、セリアは居心地悪そうに、
少し首を傾げた。
スキーナは視線を外し、やっと決心した様子だ。
「いいわ」
彼女は淡く言った。
「一応、合格よ」
「え?」
「これから、私たちは仲間よ。
わたしはスキーナ」
「わたしはセリア。見習い牧師です」
二人は手を握り合った。
スキーナは指でなぞり、
唇にほとんど見えない笑みを浮かべた。
清らかで、可愛くて、
無自覚なまま。
異世界には、無駄な人間はいない。
これからの旅、先頭を切ってくれる人が、
やっと見つかった。
「セリア、道を知ってるなら、
一番近い町まで先導して」
グレイを倒したとはいえ、
教会の手際なら、自分のことはすぐに調べ上げられる。
故郷は、いずれ狙われる場所になる。
だから、新しい道を探すしかない。
それに、北のノルド学院についても調べたい。
父の師匠が、強力な人物でありますように。
「どう思う?」
セリアがなかなか返事をしないので、スキーナは言った。
「わたし、わたし……」
老牧師の行方は分からない。
勇者様に出会えたけれど、
探しもしないで行っていいのだろうか。
「でも、もしグレイ様が戻ってきたら……」
「戻らないわ!」
スキーナは遮った。
グレイはとっくに死んでいる。
「あなただけでここに残って、
追っ手を待つことになりたくないでしょ?」
「わたしたちは、三星魔法使いを倒したのよ」
この言葉が、的確にセリアの恐怖を刺激した。
彼女は数秒黙った後、小さく頷いた。
「…… わたし、ついていきます」
「一緒に来れば、誰もあなたを虐げたりしないわ」
スキーナは満足げに笑い、条件を付け加えた。
「もちろん、ちゃんと協力すればの話だけど」
慰めのように聞こえるが、
セリアは何となく脅しのように感じた。
「じゃ、今すぐ行きますか?」
「あそこに馬がいるじゃない。
ちょうど、君に乗ってみてもらうわ」
スキーナは手を指す。
馬車の現場に、茶色の馬が、のんびり草を食べていた。
「……」
「ど、どうしたの?」
スキーナは怪しげに彼女を見た。
「わ、わたし、乗れないです……」
それを聞いて、スキーナは手を振り、
「大丈夫」と言わんばかりに馬の元へ行った。
痩せた馬だ。
立派な姿ではないし、鬃毛も少し乱れている。
「この子は、おとなしくて忠実なの。
手綱が切れても逃げないでしょ?」
スキーナは長所を挙げながら、心の中では思っていた。
あの馬車の御者、逃げ足が速すぎる。
「でも、本当に乗れないです。
手引きと、ブラッシングしか習ってないし……
騎乗は、騎士と従者の授業で、神官は普通……」
「いいわ、いいわ」
スキーナは手を振った。
「君の問題じゃないわ」
そして、核心的な問題を考える。
「まず、どうやって馬に乗るか、よ」
風が木の葉を揺らし、馬は頭を上げて二人を見た。
まるで、黙って笑っているように。
スキーナは馬の前に立ち、
鞍を見上げ、自分の足元を見下ろす。
深く息を吸い、
思い切って足を上げてみる。
―― 踏み外した。
「ちっ」
スキーナは負けずにもう一度試す。
今度はあぶみに足を掛けた。
だが体が傾き、馬の横にぶら下がった。
まるで、プライドを捨てた干し魚のように。
馬はびっくりして「ヒーン」と鳴き、
一歩横にずれた。
「きゃあ――!」
セリアは驚いて頭を抱えてしゃがんだ。
「鳴くな!」
スキーナは食いしばって小声で言った。
「まだ生きてるわ!」
必死に体を降ろし、
明らかにプライドが傷ついていた。
「君、やってごらん」
「わ、わたしが? 無理です、絶対……」
「言われたらやりなさい」
スキーナの圧力に負け、
セリアはふるふると馬の前へ。
記憶の騎士の真似をして、
慎重にあぶみに足を掛ける。
力を込めたとたん、馬が揺れた。
「ひゃあ!」
「やっぱり、無理ですか……」
スキーナは素早く少女の襟首をつかみ、
顔から地面に落ちるのを防いだ。
正直、くま大が懐かしくなった。
やはり、乗り物の問題なのだろうか。
それから、馬のお尻を強く一拍。
「お前は自由だ!」
しかし、期待したように馬は暴れず、
ただ尻尾を振って、再び草を食べ始めた。
スキーナの口元が引き攣った。
なんだこの馬は。
少しは面子を立ててくれても。
「この子…… 行きたくないみたい」
「誰が、行かせるもんか!」
スキーナは馬の脚を軽く蹴った。
「自分で生きていけ!
二人とも乗れないんだから、荷物になるだけよ!」
馬は、言葉が分かったらしく、
悲しそうに「ヒヒーン」と鳴いた。
そして頭でセリアの腕をつつき、
彼女をスキーナの方へ押す。
さらにあぶみでスキーナのスカートを引っ掛け、
からかうような動きを見せた。
セリアは驚いて言った。
「こ、この子、私たちを乗せたいみたい!」
「乗る? それで、二人そろって泥んこになるの?」
スキーナは腕を組んて冷笑した。
だが、思わず鞍の上に目が行った。
痩せているけれど、
足で歩くよりは、ずっとましな乗り物だ。
「じゃ…… 二人で、一緒に乗る?」
「二、二人で? でもこの子、痩せてるし、
無理じゃないですか……」
「痩せてても、私たちより力はあるわ!」
スキーナは鞍を叩く。
「見て、この子も文句言ってない!」
そう言って、セリアを引き寄せ、
手綱を持たせて立たせた。
自分はあぶみを踏んで、
必死で鞍に上がり、座れたら前かがみになって手を差し出す。
「早く上がりなさい! 引いてあげるわ!」
セリアは、スキーナの差し出した手を見て、
下にいるおとなしい馬を見て、
歯を食いしばり、
思い切って手首を握った。
スキーナが一気に引き上げ、
セリアはスッと鞍に飛び乗った。
「しっかり掴んで!」
スキーナは声を上げ、馬のお尻を一拍。
「いくぞ!」
馬はゆっくりと頭を上げ、尻尾を振り、
蹄を上げて歩き始めた。
スピードはお年寄りの散歩並み。
道端の蝶の方が、よっぽど速い。
「もっと速く! 飯食ってないのか?」
「怒らないでください。
お腹が空いてるのかも……」
セリアの笑顔は柔らかく、
木漏れ日が頬に降り注いでいた。
「笑うな。笑ったら、投げ捨てるわ」
彼女は慌てて口を塞いだ。
それでも、瞳を丸くして笑みを漏らし、
手を、さらに強く握りしめた。
馬は、のんびりと野花をつまみながら進む。
前には、ツンデレな態度で、本気で怒ったりしないスキーナ。
セリアはふと、こんな旅も悪くないな、と思った。
どうしようもなく馬が速くならないのを見て、
スキーナはあきらめた。
力を抜いて鞍にもたれ、
目の前に続く、曲がりくねった道を眺めていた。




