どうして私が聖剣なんですか?
「聖剣!彼女こそ聖剣だ!逃がすな!」
聖剣なんてクソ食らえ。
ちゃんと目を開けてみろ。こんな色白で可愛らしい少女が聖剣なわけ、あるはずもないだろ。
スキーナはまさかこんな事態になるとは思っていなかった。
ただ才能を調べに教会に来ただけなのに。
魔法の道を示してくれなくたって良い。
だが、まるでイエス様が復活したかのように追いかけてくるな。
「追え!早く追え!」
グレイ牧師は背後から、必死に彼女の姿を捉えようとする。
その瞳は狂信的に輝き、獰猛さを浮かべ、
とても牧師とは思えない様子だ。
林の木々が影を落とす。
スキーナの白い髪が靡き、短剣が揺れる。
次第に両脚に鉛を詰め込まれたかのように重くなり、
だるさと脱力が込み上げてくる。
この馬鹿どもめ。
大人たちが一人の娘を追いかけるなんて、
スポーツマンシップはどこに行った?
林はすぐに果て、木々の隠れ家がなくなれば、
もう彼らから逃げ切れる自信はなかった。
「おい、もう逃げるな!
はぁ…… はぁ…… 疲れた!」
グレイの声がすぐ背後から聞こえてくる。
その疲弊した調子を聞き、スキーナはわずかに力が湧いた。
遠くに、ばらばらと家屋が見えてきた。
町に着く――スキーナの胸はぱっと明るくなった。
夕日が往来する人々を照らし、
酒場の麦の香りと鍛冶屋の槌音が混ざり合う。
スキーナは立ち止まり、両手を口元に当てて叫んだ。
「助けて!
教会のグレイ牧師が、年甲斐もなく少女にいやらしいことをしようとしています!」
この一声は、まるで雷に落ちたかのように響いた。
それまで歩いていた人々が一斉に立ち止まり、
驚きと興味のまなざしを向ける。
このとんでもない噂を、誰も逃したくない。
噂話が好きなのは人の性だ。
特にこの異世界にはスマホもネットもない。
一日の仕事を終えた人々にとって、
話のネタになるような珍談は、何よりの娯楽なのだ。
「いやらしいこと?
教会のグレイ牧師のことだと?」
「あの牧師、見た目は厳かそうなのに、
そんなことをするなんて」
口々にささやき声が上がり、
ばらばらだった人々が一気に集まってきて、
スキーナの後ろの道をふさいだ。
グレイは従者を引き連れて追いついたが、
スキーナが人垣に囲まれているのを見て、顔が青ざめた。
彼は中に入ろうとしたが、
数人の町民に阻まれた。
先頭に立つのは町の猟師の頭領で、
警戒した目でグレイをにらみつける。
「グレイ牧師、この娘は、
あなたがいやらしい行いをしたと言っているが、
いったいどういうことだ?」
「でたらめを言うな!」
「この娘は異端だ。
神の意思により、我が捕縛するのだ!
こら、惑わされるな!」
グレイは焦りと怒りで、
スキーナを指さして弁解しようとした。
だが、聖剣の存在は決して漏らせない。
仕方なく「異端」という方便で押し通そうとしたが、
根拠のない言い訳は、
人々のざわめきの前では、いかにも心許なく聞こえた。
「異端の化身?
そんなもの、誰が信じるか!」
「分明、娘を捕まえる口実を作って、
自分の欲を満たそうとしているだけだろ」
「教会を盾にするなんて、卑怯だ」
町の人々は、もともと教会の十分の一税に不満を持っていた。
そんな中、グレイが白髪の少女を
凶悪に追い詰める姿を見れば、
誰だってスキーナの言葉を信じたくなる。
商人や傭兵たちも集まってきて、
野次馬気取りでグレイの行く手を阻み、
口々に批判し始めた。
スキーナは人垣が混乱した隙に、
そっと後ろに下がり、その場を離れた。
人垣に囲まれ、
かっとなっているグレイの姿を振り返り、
スキーナはほっと息をついた。
だが、長居するわけにはいかない。
グレイは教会の牧師だ。
いつ人垣を振り切って追いかけてくるか分からない。
一刻も早く家に帰り、両親に知らせなければ。
夜が更け、スキーナは町の裏の道を通って村へと急いだ。
足取りは以前にも増して速かった。
「スキーナちゃん?」
「どうしてこんな遅くまで」
こうした声は、彼女の後ろに遠くなっていく。
いつもなら立ち止まって、
ご近所付き合いを大事にするのに。
今はもう、それどころではない。
イサ町は大した広さはない。
教会から家までは、元々たいした距離ではない。
ついに、見慣れた家が、
視界の果てに現れた。
低い屋根、少し古びた木の戸、
前の、よく踏みならされた道。
すべてが朝、家を出た時と同じままだ。
だが、彼女にとっては、
初めて、これほど贅沢な安心感に包まれた。
スキーナは、勢いよく戸を開けた。
「ただいま――」
家の中では、母が窓辺で糸を紡いでいた。
音に気づいて顔を上げる。
心配そうな表情が残っていたが、
スキーナを見て、ほっとした。
「どうしてこんな遅くなったの?」
母は立ち上がる。
「…… どうだった?」
スキーナは戸口に立ち、
胸が激しく上下していた。
月光が後ろから差し込み、
少女の細い影を長く伸ばす。
彼女は口を開いたが、
一体何から話せばいいのか分からなかった。
追われたこと、聖剣、
教会で起きたすべてのこと……
少なくとも、今はここが安全だ。
スキーナは深く息を吸い、
無理に笑顔を作る。
声は、思わず小さくなった。
「…… ちょっと待って。
ゆっくり話すから」
スキーナは、教会で起きたすべてを、
ありのままに話した。
自分が聖剣だと言われ、
追いかけられ、
どうやって逃げてきたか。
「…… 君のことを、
教会が捕まえようとしている?」
母の声はかすかに震えていた。
しばらく沈黙した後、突然、母は立ち上がった。
「あなたは家にいて、
どこにも行かないで」
それほど時間が経たないうち、
外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
父が帰ってきたのだ。
いつもは穏やかで無口な父が、
農具も置かずに、まず戸を閉め、
かんぬきを差した。
家の中の明かりが、一瞬暗くなる。
「聖剣……」
父はその言葉を低く繰り返した。
まるで、神話のような言葉が、
自分の口から出ることが信じられないように。
「スキーナ、
お前はここにいてはいけない」
「教会は、今日中は、
まだ反応できないだろう」
父はゆっくり続けた。
「だが、君のことは、長くは隠し通せない」
父はそこで一瞬言葉を切り、
視線が少し沈んだ。
「今夜、家を出ろ。
金を持たせた。裏道を行け」
スキーナは荷物を受け取った。
まさか、こんなに突然なことになるとは思わなかった。
母は荷物の紐を再度、きつく締め直した。
動作はとてもゆっくりで、
どこか痛くないか、気を遣っているようだった。
上質な布を織り上げるその手は、
今はなぜか、ぎこちなく見えた。
スキーナは口を開き、
唐突に込み上げてくる苦しさを感じたが、
言葉は出てこない。
今は、わがままを言う時じゃない。
それは、分かっていた。
「俺の師匠を訪ねろ。
ジョンという男だ」
「北のノルド学院の近くにいる。
昔、俺が剣を学んだのは、あいつの元だ」
父の瞳に、複雑な気持ちが浮かんだ。
懐かしさ、そして、くやしさ。
最終的に、ただ短い言葉が残された。
母は、用意した財布をスキーナの手に握らせ、
マントをしっかりと結び直してくれた。
「衣類は、遠慮せずに替えなさい」
「金が足りなくても、
ゆっくり行きなさい。
腹を空かすなよ」
一つ一つは、どこにでもある、
ありふれた心配り。
だが今のスキーナには、
その一言一言が胸に迫り、
目に涙があふれた。




