5話
「そういえば、今までどれくらいで売ってんだ? 発明品だよ、こんなにあるんだから一つくらい売ったことあるだろ」
オレはなんとなく、気になってネリスに問いかけた。ネリスは鞄にカメラや温調石、閃光弾を詰めている。時折、発明品を掴むその手が震えて、ネリスは俯く。ネリスはたまに暗い顔をする時がある。その時には決まって自分を責める言葉を紡ぐのだ。
オレは手を伸ばしかけて、やめる。あまりに苦しそうな表情に、オレは強く問い立たせずにいた。
「えと……銀貨30枚ぐらい、かな」
「はあ!? マジで言ってる?」
普通、りんごが銀貨2枚から5枚。平民でも買える魔法道具の最低が銀貨50枚だ。
木造と石造りの建物が並ぶ狭い通りには、二階部分がせり出した家々がひしめき合い、細い路地は迷路のように入り組んでいる。石畳の道を歩いて、広場を通り過ぎる。露店が並んで商人たちの威勢のいい声が響いていた。そしてある店が見えてくる。
街の商店街にある魔法洋品店「オットーの魔具屋」
店内にはポーションやランタンなど、ありふれた魔法道具が並んでいる。
「あ、あの……これは、閃光弾、です。投げると、内側に込めた光の魔力が一気に解放され、強烈な閃光が発生します。範囲内にいる者は、一時的に視界を奪われます。あ、そ、それと、これは──」
ネリスは目を泳がせ、だらだら汗を流しながらもどうにか説明し切った。オレは内心拍手する。ネリスにしては頑張ったほうだろう。
店主のオットーは目を見開いて道具を手のひらで転がしたり光に翳したりして観察している。
「こ、これは……すごい。ぜひうちで買い取らせてくれ」
ま、当然だな。オレは後ろで頷く。最初からこの道具の価値は十分に分かっているし、適正価格で取引できる自信があった。
閃光弾は威力も持続時間も安定している。市場にあるものより質がいいことはダンジョンに潜ってオレが確かめた。
温調石は、もはや言葉はいらないだろう。画期的な発明だ。部屋を温めるのに暖炉も火も何もいらない。持ち運ぶこともできるから、遠征する騎士や冒険者にとっても、十分ありがたいだろう。さらに部屋を冷やすこともできる。これが売れないのなら、それは世界が間違っている。
「一つ、銀貨50枚でどうだろうか」
オレは青筋を浮かべて舌打ちをした。こいつやっぱりぼったくる気満々じゃねえか。おそらくネリスが今まで低い値段で取引していたので舐められているのだろう。
ネリスが頷こうとしたのを引き止めてオレは睨みつけた。いいぜ、受けて立つ。
「おっさん、流石にそれは冗談だよな?」
その声には威圧感を込めて、片眉をあげオレは決して笑ってない目で見つめる。こんな要求飲めるか、明らかに材料のコストに見合っていない。彼は口を開いた。
「しかし……それ以上は出せないよ。私もこんなこと言いたくはないがね。店をやっていく上でこれが限界だ」
やれやれと白々しく眉を下げるその男に、オレは舌を打つ。
この男は言外に「お前たちみたいな無名の発明家の道具なんて他で売れるか?」と言っている。
普通、魔法道具は特別な技術や魔法によって作られるため、非常に高価だ。貴族や冒険者、商人など特定の層にしか手が届かないことが多い。そのためオレたちは魔法道具をいかに安く売るかに労力を費やしてきた。
確かに……この店も、貴族向けとかそういう方針じゃない。もちろんオレたちだってそうだ。この店は立地からして平民向け。できるだけ安く売りたい、そんなことは百も承知だ。
だが確かなのは、この値段は他の商品と比べても十分にまだ値上げの余地があると言うこと。あまり舐められては困る、それくらいの下調べはついているのだ。
何でこっちがこんなに苦労して原価率を下げたと思ってんだ。この店にある陳腐な道具よりずっと価値がある発明品だ。お前の懐に入れるためじゃないんだよ。
ネリスが「かわいそうだよ」というのを目線で封殺して、オットーにガンをつけた。
「ふざけんのもいい加減にしろよ。市場の需要は満たしてるどころか、どの店もこの商品を売りたがるだろうし、もっといい値段で売ることができる。こんなに画期的で便利でイカした道具他にねえだろうが。舐めてんのか、ああ?」
対してオットーは『この若造、こんなに押しが強いとは……』という顔だ。だがオットーはなおも平然と続ける。
「甘くも積もってせいぜい銀貨70枚がいいとこだよ。君たちはまだこの世界の常識を知らないんだ」
「ネリス、ダメだこいつは」
オレは低い声で、ネリスの方を見てからもう一度オットーに目を戻す。
「店をやってる割にまるで魔法道具の価値が分かってねえのさ。他に行こうぜ」
嘘ではない。オレはこのまま金額を変えないのならそうするつもりだった。オレが本気だとわかったのだろう、オットーは顔を歪め、目が険しくなった。
「お、おい。待ってくれ! 銀貨130枚はどうだ?」
「ハッ話にならねえ。こっちは製作費用もあるんだぞ。利益が出ないならそれは商売じゃねえ」
オットーはしばらく計算するように考え込んだ後、言い放つ。
「クッ……150枚ならどうだ!」
ほら食いついた。ここで俺は一歩踏み込む。
「ふーん? でもさ、商人ギルドならもっと高値がつくぜ? 考えてみろよ、こーんなすごい道具が買える店、少なくともこの商店街には一つもない。大繁盛になること間違いなし、だ」
オレは首を少し傾げて冷たい目でじっと店主を見つめる。
「で、どうする? 商機を逃すか? いいぜそれでも。こっちは選択肢なら山ほどある。他の店ではもっと高値がつくだろうしな」
自信を一ミリも揺るがしたりしない。
「銀貨180枚!!! これ以上はビタ一文も出せん!!」
「よっしゃ乗った!」
帰り道オレはホクホクしながら歩いていた。隣を歩くネリスが呟く。
「よ、よかったのかなあ、あんなにふっかけて……ちょっとかわいそうだよ」
「いーんだよ、あいつオレたちを見て舐めてた。最初にふっかけてきたのはあっちだ」
「そうなの?」
「ああ。それに、そんなにあり得ない額を提示したわけじゃねー。あの店はどっちかというと平民向けの商品を扱ってた。だから、平民が買える値段の範囲内ギリギリを攻めた。あの店主が最終的にどんな値段をつけるかは知らねーけど」
そうは言っても庶民に発明が広がるパターンは、上流階級に軍事産業向けや一部の趣味や贅沢品だったものが、やがて最後に一般家庭へ広まることがほとんどだ。発明が庶民に普及するには、まず大量生産とコスト削減が必要。その後、インフラが整い、便利さが広まれば、一般家庭にも普及する。たとえば車やスマホ、電球など。
庶民向けに最初から設計されたものもあるにはある。缶詰にラジオ、自転車などだ。まあ圧倒的に少数派だけどな。
発明が庶民に普及するための要素は主に4つ。
まず一つ目、大量生産が可能かどうか。これは主にコストの低下が目的だ。
二つ目にインフラが整備されているかだ。電球が普及するには「電力供給網」が必要だし、自動車が普及するには「道路」「ガソリンスタンド」が必要。インターネットだって「通信回線」が整備されないと使えない。
三つ目に便利であること。当たり前だが、従来のものより明らかに便利でないと、人は新しいものを使わない。電灯はロウソクより安全で明るいし、冷蔵庫は氷室より便利だから庶民にも広まった。
最後に、文化や価値観に合うか。新技術は時に不信感を持たれることがある。電気や自動車、蒸気機関車などが登場したとき、多くの人が危険だと言った。脳に悪影響がでるとまで。時の流れが解決することも多いがそれでは遅すぎる。つまりオレがその不安感を払拭して安心感や使いやすさを演出することが大事だ。
そしてこの四つを踏まえて、オレたちは発明を作り、売り込まなければならない。
そう思うと、ネリスはとても難しい道を選んでいるのだと思う。
ネリスはオレの言葉に顔を明るくさせる。
「そうだったんだ!」
「……オレたちの目的は金持ちになることじゃねえ。みんなに使ってもらなきゃ意味ねーだろ」
「うん!」
こいつ欲がねえんだよな。いくらネリスの方針だったとはいえ、大金を稼ぐこともこの魔法道具たちなら簡単だ。そういえば分け前を決めた時もそうだった。組むことを決めたすぐ後のことだ。
「6:4、いや7:3だ!!」
「お金……私は別に……」
「なんだよ、不満か?」
まあ確かに3割はかわいそうか……。そんなオレの内心とは別にネリスは詰まらせながらも言葉を紡いだ。
「え、えっと、私は別にお金はたくさんはいらない……かな。少しあれば十分だよ」
「はあ?」
「多すぎても困るだけだし」
ネリスはニコニコと微笑んでいる。信じられねえ言葉だ。オレは叫んだ。
「……お前、バッカじゃねーの!? 貰えるもんは貰っとけよ!! なに遠慮してんだ!! いいか? お前が7割だ!」
結局オレはそう言ってしまった。
「えっでもお金欲しいんじゃ」
「いいんだよ! ぜってえ儲かるって分かってるし!」




