4話
家の二階。そこにはリビングとキッチンがあり、オレはそこで寝泊まりしていた。生活を始めてから二日が経つ。
今回オレが出したアイデアは二つ。閃光弾と、部屋の温度を変える道具だ。
ゆくゆくは”スマホ”なんかのオレの記憶の中にある道具も作ってもらいたい。この知識を利用すれば、オレたちは世界を取れる。だが、今はまだ色々な意味で早いだろう。
ネリスの部屋にあった発明品の中に魔力で動くランプを見つけた。もっと出力を上げれば実践に使える閃光弾になるんじゃないかと思ったんだ。閃光弾は完成すればいろんなやつが使うだろうし十分需要を満たしてる。話を聞いてみれば、一から考えるよりやっぱり簡単そうだったしな。
素材選びにはそれなりに悩んでいた。特別な「光る鉱石」を最初選んだが、それは長く光が続かない。隕石の一部を使った「星の欠片」はコストが高すぎる。
結局、ネリスはもともと夜に光る性質を持つ植物である「閃光草の花粉」と、一瞬の爆発を起こし花粉を広範囲に拡散させる「火精霊の粉」を使うことにした。
こうして魔力を少しでも流せば数秒後に「光の爆発」が起きる閃光弾が生まれた。
この閃光弾を作り上げるその間、ネリスは何度も試作し、失敗を繰り返す。だが彼女は一貫して楽しそうだった。
思えば、ネリスは騎士の話をする時も楽しそうだ。街で実際の騎士を見かけると頬を染めるが、……オレから言わせればネリスは現実の騎士の苦労を知らない。騎士なんて、泥臭い訓練や戦争の現実があるだけだ。貴族の政治的なしがらみで動かされることも多い。
そして、部屋の温度を変える道具は……正直、オレのわがままだった。
ネリスの部屋にいると、凍えそうなくらい寒い。なんでも夏はすごく暑くなるらしい。ネリスはあんまり気にしてなかったけど、オレは嫌だ耐えられない。
だが、部屋の温度を変える石は……少し苦戦していた。ネリスが頭を掻きむしって叫ぶ。
「ダメ! 全然ダメ!! この設計図は美しくない!」
「美しさ? そんなもんいらねーだろ」
オレが言った言葉に、ネリスは信じられないというふうに眉を上げた。
「はあ? 何言ってるのアッシュ。機能性はもちろん魔法道具は美しくないと!!」
ネリスにとって発明とは美しいものを生み出す行為なのだろう。
そうしてネリスは設計図と睨み合っては組み立て、また睨み合うというのを何度も繰り返していた。
何か息抜きになることがあればいいんだが……。息抜き。息抜き。
そうだ!
「風呂? 貴族が入るっていう?」
ネリスは怪訝に眉をひそめる。貴族は浴室を持ち、香料を入れた湯に浸かる習慣がある。だが、庶民は川や井戸の水で体を洗う程度。かつては浴場文化があったが、病気の流行でお湯に浸かると病気になりやすいという迷信が広まり、公衆浴場は減少した。冬場は水浴びすらしない。
「迷信とかくだらねー……やってみようぜ!」
オレは常々試したいと思っていたんだ。記憶の中のものを。新しいことを試すのは好きだ。
「え、あ、うーん。まあ……いいけど」
ネリスは戸惑いながらも頷いた。
「そういえば、護衛してくれたお礼に作って欲しい道具って何か思いついた?」
「ああ、それなら決めたよ」
屋上の冷たい空気が肌を刺す中、浴槽から立ち上る白い湯気がゆらゆらと星空へと溶けていく。
「あ゛ーー〜あったけえ〜」
「これは……体の芯からあったまるな」
そういうことで、オレとサイレは一緒に風呂に浸かっていた。屋上に特急で作った木製の浴槽だ。二人でも入れるくらい広めに作られている。サイレの体には、彼の今までの人生の歴史がまざまざと刻まれていた。
オレは湯船の中でふうと息を吐く。湯気の感触が頬を掠め、浴槽の木の香りが香る。オレが身じろぐたびに湯船いっぱいに注がれた湯がチャプと揺れて溢れる。熱いお湯が冷えた体をじんわり温めて、リラックスさせる。貴族として生きていた時から風呂は好きだ、心地がいい。
「熱い湯に浸かると血行が良くなるんだ。冷えた体もポカポカしてくるし、傷の治りも早くなるって話だぜ。特に冬なんか、風呂に入らなきゃ凍え死ぬ!」
それに皮膚についた汚れを落とせば、感染症のリスクも減る。いいことずくめじゃねえか。
オレはサイレに風呂について話しかけて会話を楽しんでいた。サイレは聞き上手でよく話しすぎてしまう。
「物知りなんだな。それで純粋に疑問なんだが……その知識やアイデアはどこから来るんだ?」
「どこからって……」
「いや、貴族だからそういう教育を受けていたのかと最初は思ったが。それにしては誰も知らないような、さまざまなことを知っているみたいだからな」
そこでオレは違和感に気づく。……確かに。
──”オレ”はなんでこんなこと知ってんだ?
”スマホ”とか”車”とか、遠い遠い異世界の魔法みたいな技術の知識があるのはまだ分かる。いや……分かるっていうか、これはオレが物心ついた時からあったから今更驚くことじゃない。そうじゃなくて問題は、本来ならオレが知ってるはずじゃない知識が出てきたことだ。
今、オレは知らない誰かの頭から記憶を引っ張り出した。段々と、この記憶は強く、色濃くなっていく。
オレは……”オレ”は……。
黙り込んだオレの様子に気づくことなく、サイレは手がある方の肘を浴槽のふちについて、言った。
「俺にはお前がネリスの前に現れた天使みたいだと時々思うよ」
「天使ィ?!」
その言葉の破壊力に、オレは思考を吹き飛ばされた。
「ネリスにとって都合が良すぎるからな」
冗談混じりに思えても、よくみればその目は一切笑っていない。
オレには分かった。裏切ったら殺すと言っている。
沈黙が降りた。なんと答えようか迷ったその時、階段を駆け上がってくる音が聞こえた。すぐにピッカピカの笑顔のネリスが顔を出す。風呂上がりでポタポタ水滴が髪から落ちていた。そのまま駆けてくる。
「思いついたーー!! 思いついたよアッシュ!!! 石だよ!! 結界術でエンチャントだ!!」
オレは思わず叫んだ。
「キャーーーー!!!!」
「女みたいな声だな」
サイレは浴槽でのんびり髪をかき上げる。
「いやちょ、は、はあ!? おま、なにこっちにきてんだよ!!! あっちにいけって!」
「え、あ、ごごごごめん、そんなつもりじゃ」
慌てて戻っていくネリスの背中を見送ると、オレは長いため息を吐いた。それで、顔を上げて振り向く。
今オレが言えることは少ない。でも、オレはサイレに笑いかけた。
「信じてくれなんてクサい言葉吐くつもりねえよ。でもさ、見ててよ。今のオレ……結構好きなんだ。昔よりもね」
やっと……この自分も価値があるって思えそうなのに、それを台無しにする気はない。




