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騎士を捨てたオレと騎士に憧れる魔法技師少女の未完成な世界  作者: 一夏茜


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3/5

3話

 サイレの胸元には、大きな裂傷が残っていた。ネリスが調合したポーションを傷口にかけると、みるみる傷が塞がっていく。それを作るための薬草をとることもダンジョンにネリスが単独で潜った理由だったらしい。

 だが一番大変だったのは傷を負ったことによって高熱が出たことだ。ネリスは額のタオルを頻繁に変えてやり、汗を拭い、粥を作った。

 

 そして、数日が経ったある日、サイレは剣を振っていた。ネリスも止めたが……サイレは話を聞かなかった。鍛錬をしなければ体が鈍るんだとか。

 

「サイレ! それで、どうなったんだ! ドラゴンをどうやって倒したんだよ!」

「落ち着けって」


 興奮気味に急かしたオレにサイレはフッと微かに微笑む。

「お前は本当に冒険が好きなんだな」

 

 選りすぐりの冒険者であるサイレには多くの冒険の話を聞いた。最初サイレはネリスを騙しているのではないかとオレを疑い深い目で見ていた。しかし、ネリスが取りなしたのとオレが好意全開だったのが功をなしたのか、サイレは次第に警戒を解いたようだった。

 せがめば聞かせてくれる彼の話は、どれもワクワクして面白かった。ダンジョンに潜り、今まで数々の魔物を倒してきたらしい。だが……理解できないこともある。よくよく聞けばそれもこれも、全部ネリスのため。どんなに心躍る戦いも、すべてはネリスのためだった。

「なんでそこまでするんだよ。そんな力があれば……」

 オレは言葉を詰まらせた。もっと自由に生きることだってできるはずだ。もっともっと輝く場所があるはずなんだ。

 サイレは遠くへ視線を投げて言った。

 

「誰だって、誰かのために生きてるんだ」

 

 オレは理解できなくて眉を顰める。

「お前だって、ネリスを助けたじゃないか」

「それは……」

 言葉に詰まるオレに対してサイレは苦笑した。


 やっぱり、よくわかんねー。オレはモヤモヤを誤魔化すように胸をさすった。他人のためだって? 生きることが? 馬鹿馬鹿しい。

 

 一番大事なのは自分の自我だろ。

 

 期待に応えようとするのは疲れる。自分を犠牲にしてまで他人の期待に応えるなんてふざけている。無理に他人に合わせるのも嫌いだし、自分の感情を押し殺すのも嫌いだ。

 

「無駄話はこれくらいにしよう。さあ、もう一度」

「……またかよ」

「事があってからではなく、日頃から鍛錬しておく事が大事だ」

 

 オレは重いため息を吐くと座り込んでいたのをやめて、剣を支えに立ち上がった。まだ一度も勝てていない。クソ兄貴の鍛錬よりはマシだけど。

 

 ここはネリスの家の屋上。足元には粗い石畳が敷かれ、長年の使用で擦れた跡が無数に刻まれている。腰ほどの高さの石壁が周囲を囲み、街並みが広がっていた。赤茶けた瓦屋根がどこまでも続いている。この街は、心地がいい。冒険者のものも多いため基本的に賑わっていて、活気があるのだ。

 

 オレは瞬発的に足に力を込めた。弾かれたようにオレは地を蹴る。次の瞬間、視界いっぱいに広がったのはギラリと光るナイフ。

 

 オレは咄嗟に首を捻ってそれを避ける。しかし、それが終わりではなかった。さらに4本、5本とナイフが飛び込んでくる。

 弾いたナイフは、鋭角に軌道を曲げ、まるで意思を持つかのように襲いかかる。息をつく暇もない。サイレは特に動くこともなく、ただ指を少し動かすだけだった。しかし、それだけでオレの動きは封じられる。

 オレは剣を振り、汗を流しながらも最低限の動きだけで剣で弾き落とす。カンッ、カンッと弾かれる音が響いていた。

 

 サイレが義手の掌を広げ、琥珀色の冷静な瞳でこちらを見つめている。銀髪が光に当たってキラキラと煌めく姿は暴力的に美しい。その掌には淡く光る魔法陣。そこから発生するのは、ナイフを自在に操る異能の力だ。磁力のような力を発生させ、投擲したナイフを自在に操る魔法。

 

 サイレは掌握(グラビティ・グリップ)と呼んでいた。

 

 聞いてみれば、サイレは元々魔法が使えるわけではなかったらしい。ネリスの作った義手が、”魔法が使えない者が魔法を使う”という奇跡を可能にしている。

 

 サイレが退屈そうに淡々とわずかに指を動かす。すると、弾かれたナイフが再び宙を舞い、オレを取り囲むように回り始める。全部で10本以上はあるだろうか。

 オレは剣を逆手に持ち直し、周囲のナイフを一閃で払いのける。そしてサイレの懐へと踏み込んだ。

 剣が光を反射しギラリと瞬くような一閃。しかし、サイレの握った剣が喉元へ迫るオレの剣を受け止めていた。少しニコリと微笑む。

 

「今のは良かったぞアッシュ」

 返す刃でオレの顔面に迫る。オレはかがみ込んでそれを避けた。その合間にサイレは感心したように呟く。

「ヴァルダニア戦技流か、珍しいな」

 

 ヴァルダニア戦技流とは隣国の王国ヴァルダニアで発達した剣術だ。大剣、ロングソード、短剣、槍を使いこなす剣術で、敵を一撃で仕留める「決定的一撃」の哲学を持ち、無駄のない効率的な攻撃を重視する。戦場での生存率を高めるため、様々な武器術や体術が取り入れられ、独自の体系を形成した剣術だ。

 敵に対する畏怖や慈悲の念を捨て、勝利のみを追求する、冷徹な精神性を持つ。ある意味、騎士道精神とは対極に位置する精神性。

 だが……。

 

 「ふむ、独学か?」

 「チッ」

 

 刃が火花を散らして、ぶつかる。息もできない一撃がこちらに迫る。技術の高さにより手元が伸びる一閃だ。剣を交わした一瞬で相手の実力がわかる時がある。今がそうだ。S級冒険者は伊達じゃない。

 「この国の剣術は肌に合わなかったんだ、ッよ!」

 「もったいないな、師がいればもっと強くなれるぞ」

 

 別にオレだって最初からヴァルダニア戦技流を取り入れていたわけではない。一撃必殺。攻めに攻めて、攻めまくる。最終的にそれがオレの肌にあっていただけ。だいたい鍛錬なんて嫌いだ、誰が好き好んでわざわざ隣国まで剣を習いに行かねきゃならねーんだ。だが、剣を交えながらもオレはジリジリとした焦燥感に焼かれていた。

 このままじゃ、また負ける。

 どう足掻いても勝てる気がしないのだ。……まるで兄貴みたいだ。なんでこんなに強いんだよ。


 ナイフが飛び交う渦の中、頬に切り傷ができる。

 ナイフの動きを目で追うことは諦めた。その代わり直感に身を任せる。わずかな動作だけで、致命傷につながる最低限の攻撃を避ける。急所を狙ったナイフは意識を多く割くことなく弾く。

 フェイントを織り交ぜて目線を剣に引きつける。そしてそのままオレは斬りかかる。顔面を狙った突き。サイレは咄嗟に距離を取ろうとしたが避けきれず頬をかする。

 今度こそ、いける──そう思った時のことだった。ふっとサイレの口角が上がって……腹に衝撃と痛み。気づけば拳がオレの腹に叩き込まれていた。

 痛みが内臓を揺さぶり、視界が滲む。意識が飛びかける。


 オレは歯を食いしばるとその腕を掴んで組み付く。サイレの義手を掴み、全力で引き寄せる。力の差はあるが、一瞬の隙を作れれば──。

 だが、サイレは微動だにしなかった。


 次の瞬間、掴んだはずの腕がまるで蛇のように滑る。オレの手が空を切ると同時に、逆にサイレの手がオレの襟元を捉えた。

 視界が回転する。気づいた時には、オレの体が宙を舞い、地面へと叩きつけられていた。


「ぐっ……!」


 肺の中の空気が一気に押し出される。まともに息ができない。

 サイレはすでに上に乗っており、その義手でオレの喉元を押さえつける。妙に無駄のない動きだ。敵の急所を的確に狙うクセがある。


「悪くない判断だったが……お前は組み付いた後のことを考えていない」


 地面に叩きつけられた衝撃で、全身が軋むように痛む。オレは唾を飲み込んだ。

 腕を振りほどこうとするが、サイレの体重が乗った状態では、もがくことすらできない。オレは悔し紛れに叫んだ。


「ちょっとは手加減しろよな!」

「すまない、アッシュは鍛えがいがあるから熱くなってしまった」

 こっちは息が切れているというのにサイレは微塵も息を乱した様子はない。この煌めく憧れとともに感じる劣等感に、オレは息を吐いてただただ見上げることしかできない。ため息を吐くと、オレは座り込んで呟く。

 

「サイレはさ、冒険者になる前、何してたんだよ」

 サイレは気配の消し方が抜群に上手い。他の冒険者とはなんというか雰囲気からして違うのだ。

「……権力者を殺す仕事、かな」

 サイレはボソッと何かを呟く。

「は? 権力者?」

 サイレはなんでもないかのように淡々と告げた。

「まあ、簡単に言えば裏稼業の暗殺者さ」

「あ、暗殺者ァ〜? マジで?」

その衝撃的な告白にオレは唖然としてしまった。でも確かにこの気配の消し方。そして独特の雰囲気。強者であることを迫力で語るのではない。忍ぶ雰囲気だ。まあ……言われてみれば、辻褄が合う気もする。一つ分かると余計に次々疑問が湧いてきた。

 

「あのさあ、ネリスとはどういう関係なわけ?」

 オレはずっと気になっていたことを聞いたのだがサイレは首をかしげる。

「どういう……?」

「兄妹でもないんだろ? ネリスの両親は? 家族はいないのかよ」

 オレは矢継ぎ早に問いかける。が、その時低い声がした。

「アッシュ」

 見上げればサイレはゾッとするような、冷たささえ感じる表情でオレを見ていた。

 

「その話はネリスには言うなよ」

 

 その重圧にオレはたじろぎ、眉を顰めて困惑する。

 言うなと命令するわりにどうやら理由も言うつもりがないらしい。オレはなんだが面白くない気持ちで唇を尖らせた。それにサイレは苦笑する。

 

「……まあいいけど。もう終わりにしようぜ、腹減ったよ」

 

 オレは悔しさを押し殺すとため息を吐いて立ち上がる。屋上の風が少し冷たく頬を撫でていく。遠くの街のざわめきが反響していた。

 オレの言葉にサイレはニコリと微笑んだ。

 

「ああ、じゃあお茶にしようか。……甘いものでも食べるか? 今日はワッフルとタルトがある。ネリスも呼んで一緒に食べよう」

「はあ〜? ワッフルにタルト?」

 このバカ強くてかっこいい冒険者の男が、甘いもの好き? オレのサイレのイメージが崩れる。だがサイレは首を傾げる。

「ビスコッティの方が良かったか?」

「……なんでもいいよ」

 

 

 

 

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