2話
「悪いね、今日はもういっぱいさ」
「満室だよ、納屋までね」
「ああ、すまんな。どこもかしこも人で溢れてるんだ」
「嘘だろ……」
これでもう五軒目だぞ。ものの見事にどこの宿も満室満室満室……。どうなってるんだ、まさか隣の街まで行かなきゃならねえのかよ。ネリスはやっぱりと言う顔をしていた。
「ダンジョンの深層を守ってたド、ドラゴンが倒されたでしょ?」
「ああ」
「ふ、普通ならSからAランク以下がいけないような危険度の高い場所に、大勢の冒険者が詰めかけてるの」
とネリス。
ドラゴンが守っていて、普段レア率が高いけど危険度が跳ね上がる場所、か。それで深層にいつもより人がいたのか。
隣町でも宿が取れないのなら野宿もあり得る。最悪だ。野宿なんてやったことねえぞ。
「あ、あの……うち、そんなにいい場所じゃないけど、泊まる?」
「え、マジで? いいの?」
オレは目を剥いた。
「う、うん。護衛してくれて、話も聞いてくれたお礼」
オレは薄暗い路地を歩きながらも、怪訝に尋ねる。
「なあ、ほんとにこの道なのかよ」
足元に広がる石畳は、不揃いな形の石がぎっしりとはめ込まれ、長年の往来で角がすり減っていた。両側には建物が迫り、せり出した木の梁が頭上を圧迫するように覆いかぶさっている。
「うん。もうすぐだよ」
案内するように先を歩むネリスがアーチ状に曲がった低い通路をくぐる。崩れかけた階段が現れる。
木箱が雑に積まれた障害物。細い隙間のような通路をネリスはすいすいと進んでいく。その時、踏み締めた地面がガコンと沈む。一瞬の静寂と緊張の中すぐに頭が正解を叩き出す。罠──!!
「お前、騙し──」
くそっ兄貴の差金か? もう居場所がバレたのか?
「あっ、そうだった」
だがネリスはすぐに腰のポーチから工具を取り出すとオレの足元にしゃがみ込みかちゃかちゃし始めた。見るに鍵穴のようなものに棒を差し込んで何かを操作しているようだった。よくよく目を凝らせば魔法陣が刻まれている。
「はい、終わり。ここから増えるから気をつけてね」
「…………もしこのまま足動かしてたらどうなってた」
「ば、爆発してたかな」
「……」
冷や汗が額を伝う。危うくここでオレの人生が爆散するとこだったのかよ。
他にも罠はたくさん。オレは周囲に注意しながら進み始めた。目の端に見えた微かな光。その瞬間、俺は咄嗟に足を引いた。次の瞬間、鋭い槍が壁から飛び出し、鼻先からほんの数センチ先で静止する。……間一髪だった。
そしてこの赤茶けたレンガだけが、なぜか微妙に盛り上がっている。ふと目を凝らせば、その間から鋭い鉄杭の先端が覗いていた。踏めば、一瞬で足が貫かれるだろう。慎重に進むしかない。汗がじわりと滲んで、オレは注意深く足を置くところを選び始めた。
それから数々の罠を潜り抜けてついに小さな扉へとたどり着く。その扉はまるで隠れ家のように、周囲の壁と同化するほどに古びている。その中には廊下が続いている。そうして、二つの扉の前に来た。ネリスがその右側にあった薄紫の扉を指して言う。
「ここは私の部屋。もう罠はないよ」
「そりゃ助かる」
その広い部屋はネリスが作った発明品で溢れている。小さな金属の筒、魔法陣の描かれた手袋、魔石と歯車のついた重そうなブーツに、訳のわからない機械。フラスコやビーカー、鋳型、炉。壁には一面設計図がびっしり。机の横には小さな植木。奥にはベッドがあった。
部屋の隅には、壊れた時計や埃をかぶったガラクタが山のように積まれている。窓は小さく、薄暗い光がカーテンの隙間から漏れているだけで、部屋全体は静寂に包まれていた。
その時だった。扉が開く。
「ネリス! どこに行ってた。お前……まさかダンジョンに行ったんじゃ」
「サイレ! なんで起きてきたの!? だめだよ寝てなきゃ!」
男の影が扉の奥から現れる。銀の髪。鋭くも焦点の合わない琥珀の瞳。──その瞳が、オレを射抜いた。
「お前……誰だ」
低く、警戒を含んだ声。壁に肘をつくその左腕の先がない。よく見れば足も右足が欠損している。だがそれは最近失ったものではないようだった。包帯も巻かれていないし血も滲んでいない。
だが、シャツの隙間から覗く胸元の包帯には、血が滲んでいる。ネリスが慌てたように口を開く。
「この人は──」
だが、サイレと呼ばれたその男の肩がかすかに揺れ、膝がわずかに折れ曲がる。まるで糸が切れたように力が抜けて体はバランスを失い後ろへ、ゆっくりと傾いていく。オレは慌てて手を伸ばし男を抱き止めた。サイレはぐったりと力を失っていて、その身体は熱い。完全に意識を失っている。
「本当は寝てなきゃいけないのに」
ネリスは唇を噛み締めて苦しそうにじっとサイレを見た。
「お前の言ってた大切な人ってこいつか? なんでこんな大怪我を……」
「ダンジョンの深層を棲家とするドラゴンを倒して、怪我を負ったの。……私のためにって。レアな部品になる素材が取れるから。……それでこんな怪我を負ったんじゃ嬉しくないのに」
ドラゴンを倒した!? あのSランクの冒険者ってこいつだったのか。オレは驚愕と共に腕の中のサイレを見下ろした。……オレより、遥かに強い。
「そうか……それで腕と脚を失ったんだな」
「あっそれは元々。わ、私が作った義手と義足は壊れちゃったけど」
「元々!? 義手と義足だったのにドラゴンに勝ったのか!?」
「うん、すごいでしょ」
ニッとネリスが笑う。オドオドしていた態度からは想像がつかないほど自慢げな笑顔だった。
オレがサイレを隣の彼の部屋のベッドに運ぶと、ネリスはすぐに自室に戻って机に向かった。ゴーグルをして、グローブをしながらガチャガチャと部品を組み立て着々と義手と義足を作っていく。オレは腹が減ったのも忘れてそれを眺めていた。
「魔法道具を作るのが好きなのか?」
「うん」
ネリスはこちらに背を向けたまま頷いた。相変わらず視線は手元に落としている。
「ふーん、やっぱりどこかの貴族と契約したりしてるのか?」
それが普通の魔法技師の生き方だ。金だって地位だって手に入る。一生遊ぶ金にも困らない。だから当然ネリスもそうだとばかり思っていたが、ネリスはそれに対しておかしそうに笑った。眉を顰めるオレに、ネリスは言う。
「だ、だって貴族と契約したら平民はみんな私の道具を買えないじゃない」
ネリスは楽しそうに部品を組み立てながら、でも少し照れたように理想を語った。
「技術は、王や権力者のためだけじゃなくて、……もっと多くの人々のために使われるべきだよ」
作業を進めるネリスの背中をオレは見つめる。不思議とその言葉はオレに響いた。その後もオレはネリスを質問攻めにする。
「どこで発明を学んだんだ? 魔法学校とか通ってたのか?」
「そ、そんなお金ないよ、貴族が通うところじゃない」
確かに、この国にある国立魔法学校は莫大な金がかかる。だが魔法を学べる場は貴重だ。騎士になるために城で騎士見習いとして扱かれていたオレだって基礎的で初歩の魔法しか使えない。ファイアボールとか。それも長々と詠唱しなければ使えないから、戦闘にはまるで役に立たない。
長い詠唱を必要とし、威力も低い詠唱魔法が、基礎として一番低いレベルの魔法だとすると、次がルーン魔法だ。魔法を物体や装備に刻み、発動する魔法。ただ魔法道具としては、使えるのは一回きり。刻まれたルーンは何回も繰り返し使えるわけじゃない。
そしてその次が固有魔法。生まれつき魂に刻まれた「才能の魔法」とも呼ばれる、「詠唱不要の魔法」のことだ。
普通は一人につき一種類しか使えない。
上級貴族や選ばれた者しか使えないことがほとんど。詠唱不要、直感発動。その人間だけに最適化された魔法。オレはこれが使える人間を一人しか見たことがない。
そして、最後に一番難しいのが、発明魔術、複合魔法だ。魔法道具を作り出す魔法のこと。魔術と技術を融合させるのは至難の技。
だからオレは本当に驚いた。ネリスが学校にも通わずに、この技術をマスターしたことに。
ネリスは本当に平民として魔法技師になったのか。
「じゃあ、独学で? そこまでして、魔法技師になりたかったのか」
オレは嘆息するように呟く。ネリスは頬を掻きながら言葉を紡いだ。
「……まあね」
「できた!」
ネリスがゴーグルをあげて満面の笑みを浮かべる。
「じ、自信作だよ! 前よりも性能がいいと断言できる」
「性能って?」
「元々義手の掌には、磁力のような力を発生させられるように仕込んでたんだけど、その力を強めたの。魔石ももっと良いものを使えたから。ここまで部品を小型化するのは大変だったけどでも、重力操作の能力を巨大な魔法陣なしで使えるようにしなくちゃ話にならない。義足は、簡単な加速の魔法を。地面を蹴る瞬間、義足に魔力を通して爆発的な加速を生み出す仕組みなんだけど──」
「あーお前のパターンもわかってきたよ」
オレは呆れて乾いた笑いをこぼす。
それにしても……。机の上の発明品たちを眺めてオレはちょっと口角を上げた。これだけ用途の分からない発明品があるとワクワクするな。
「なあ、これなんだ?」
「これは?」
オレは質問を繰り返す。ネリスはきょどつきながらもそれに一つ一つ答えていった。苦味や辛味を抽出する道具に、勝手にご飯を口に運んでくれる魔法のスプーン、靴下編み機。うーん、でもなんか惜しい気がするんだよなあ。もっと捻ればすごい発明になるのに。
「これ何?」
オレはある発明品を指差した。
「あっ、それは、その……アンチマジカ・キャッチャーって言うんだ」
「アンチマジ……は?」
「サイレに頼まれたものなの。魔物を無力化するための銃で。発射されると網が飛び出してその網にかかった動物は魔法が使えなくなるの」
「それって……すげえじゃん!」
こんな技術、王宮の技術班でも作れねえんじゃ……?
「でしょ!? でもちょっと重くて……」
オレはその銃の形をかろうじて保っている道具を手に取った。それを持ってみて驚愕した。
「ちょっとどころじゃねえぞ!? こんなの持ち運び無理だろ!」
「え? え、そ、そんなこと」
「ほら持ってみろって」
それを受け取った途端、ネリスの手は重力に引っ張られるように沈む。
「た、確かに」
「実践を考えてねえだろ」
技術はあるが、おそらく使用者目線が足りないのだろう。
「ど、どうせ私なんかの発明は──」
「そういうんじゃねえって」
オレはため息を吐く。なんでそう卑屈なんだこいつは。
ネリスは少し恥いるように俯いた。
「でも、結局使えないのなら意味ないよ……」
違うな、ちゃんと使える形にすれば、価値がある。こいつは少し惜しいだけなんだ。
「オレと組め、ネリス」
オレは自然と口に出していた。それに、それはいい案のように思えた。オレの記憶の中の技術も、こいつなら再現できるかもしれない。
「オレが考えて、お前が作る! お前の発明の凄さをオレが大陸中に広めてやる。ぜってえ楽しいぜ」
オレは心の底からワクワクしていた。こいつの才能を、絶対に埋もれさせたりしない。そしてオレは新しい人生を築く。完璧な計画だ。オレは自信満々にニヤッと笑う。ネリスはポカンと口を開けてそんなオレの顔を食い入るように見ていた。




