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生贄姫は鬼に溺愛される ~とこしえの蜜月~  作者: 小達出みかん


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一緒にご飯を

 畳の敷かれた座敷の中央に置かれた土鍋から、ふんわりと湯気が立っている。百夜は澪子に見せるように、その蓋を開けた。


「お腹が空いたでしょう、ほら」


 中には卵を散らした雑炊がぐつぐつと煮立っていた。粥の中には紅色の鮭や青々とした山菜も混ざっていて、たちのぼる匂いが鼻をくすぐる。


「ありがとうございます…」


 彼がたっぷり椀によそってくれたので、澪子はありがたく受け取った。実を言えば、かなりお腹が空いていた。朝から何も食べていないからだ。彼がじっと見つめる中、澪子は最初の一口を味わった。


「どう…ですか?」


 澪子は素直に、思ったままを言った。


「おいしいです!温かいご飯を食べたのは久々です…鮭が大きくて嬉しい。だしも効いていて…」


 とてもお腹が減っていたので、匙が止まらない。澪子はあっという間に椀を空にしてしまってから、赤面した。


「す、すみません、先に箸をつけて…」


「よかったです。おかわりはどうですか?」


「百夜様は、いただかないのですか?」


「私は先ほど味見したので」


 そこで澪子は首をかしげた。


「これは、どなたが作ってくれたのでしょう?狐…の方ですか?」


「いいえ、私が作りました。上手くできているでしょうか?」


「えっ」


 澪子は驚いた。とても料理をするようには見えない。だって人間を食べるのではないのか?


「お、お料理なんて、するんですね…。あ、失礼な事を言ってすみません…」


 その言葉を聞いて、彼の表情がすこし翳った。まるでどこかが痛んだような顔だった。


「ええ、以前はしませんでした。ですが…人間の料理もいいものですね」


「そ、そうなんですね。普段は、どんなものを…その、食べているのですか?」


「実はあまり食べないのです。でもあなたが居れば、あなたと一緒のものを食べます」


 それは、人間も食べないということだろうか。少しほっとした澪子は、折敷の上に置かれた新しい椀に、彼の分の雑炊をついだ。


「それなら、百夜様もどうぞ。一緒に夕餉にしましょう」


 自分ばかりお替りするのはさすがに図々しくて食べづらい。澪子は椀を彼に差し出した。


「…ありがとう、ございます」


 彼は両手で大事そうにそれを受け取った。椀に添えられた指は長くしなやかで、鬼とは思えないほど白くきめ細かな肌をしていた。澪子は自分の手が水仕事で荒れ切っているのが恥ずかしくなった。


「ふふ、では、いただきます」


 食事をしながら、2人はぽつぽつと当たりさわりのない会話をした。百夜は澪子に好きな色や食べ物を聞いたが、澪子はよく答えられなかった。どんな色でも綺麗だと思うし、どんな食べ物でも食べられればありがたいからだ。澪子の椀が空になるたびに、彼は雑炊をついだ。


「はぁ、はぁ、もう、大丈夫です…おなか、いっぱい…」


 結んだ帯が少し苦しくなって、澪子はふうっと息をついた。


「よかったです。澪はもっと、栄養をつけた方がいいです」


 暗に体が貧相だと言われている気がして、澪子は少しうつむいた。


「そ…そうですね」


「今も美しいですが、そしたらもっと、澪は綺麗になりますよ」


「え、ええ…?」


 困惑に顔をひきつらせる澪子に、百夜は嬉しそうに言った。


「先ほどの衣は澪の気に入らなかったようですから、もっと別のものを作らせましょう。桂も唐衣も…」


 心から楽しみにしているようなその口ぶりに、澪子は首をかしげた。まったく心当たりがないのに親切にされるのは、居心地のいいものではない。


「あの…どうして、そんなに良くしてくれるんでしょう?もしかして、私の事を前から知っているのですか…?」


 百夜はふっと宙へと視線を浮かせた。その瞳にはやるせない光が浮かんでいた。


「それは…」


 しかし彼はすぐに澪子に視線を戻し、微笑んだ。


「ひみつです」


「はぁ…」


 嫣然としたその微笑みに、澪子はただうなずくより他なかった。




 夕餉を食べ終えた後、彼は澪子を別の部屋へと案内した。


「ここが澪の寝所です」


 板張りの程よい広さの部屋に、帳の降りた帳台が中央に据えてあった。百夜はその帳を引いて、澪を中へと促した。澪は中をのぞきこんだ。


「どうです?寒くはありませんか?この布団で大丈夫でしょうか?」


 中には絹の、柔らかそうな三つ布団が鎮座していた。澪子は首を振った。


「とんでもないです…こんな良い布団も、帳台の中で寝るのも初めてです」


「ならよかったです」


 澪子はおそるおそる聞いた。


「あの…あの、百鬼様は、どこでお眠りになるのでしょう?」


 もし、一緒に寝ると言い出したらどうしよう。だが、彼は何でもないように言った。


「自分の部屋で休みます。何か不便があったら、遠慮なく言ってください」


「そ、そうですか…」


 尻すぼみになってしまった澪子の言葉を聞いて、百鬼は澪子の顔を覗き込んだ。


「もしや、添い寝をご所望ですか?」


「はっ!?い、いや、そ、そんなことは…」


 顔を真っ赤にして否定した澪子に、彼はふふと笑ってみせた。


「冗談ですよ。では…ゆっくり休むことです。起きたら迎えにきますから」

 

 からかわれたおかげで、百鬼が行ってしばらくしても、澪子の頬は熱いままだった。


(そ、添い寝、なんて…っ)


 芋づる式に、さきほど体をまさぐられた事を思い出す。


(食われるために来たのに、なんでこんな事になって…?いやでも…)


 澪子は目の前の布団を見た。いかにも柔らかで、とても暖かそうだった。とりあえず澪子は袴を脱ぎ、上等の布団に体を差し入れた。ふかふかの雲にくるまったような心地だった。美味しいごはんに、暖かいお布団。今朝死出の旅に出るのだと思っていたことを考えると、まるで天国にいるようだ。


(そうだよ…こうして命があるだけで、幸せじゃないか…)


 細かい事を気にするのは、いったんよそう。澪子はそう念じて目を閉じた。




 翌朝、いつもの習慣で澪子は朝早く目覚めた。帳の外へ出ると、障子の隙間から明け方の光が漏れ出ていた。澪子はそっと外をのぞいた。標高の高いこの屋敷の空気は冴え冴えとしていて、庭からは山々の峰に掛かる雲海をつぶさに眺める事ができた。


(きれい…でもちょっと寒い)


 澪子は両腕をさすりながら障子を閉めた。昨日百夜から与えられた綾絹の単衣は、動くたびにさらさらと涼やかな音がし、織り込まれた花の模様が光沢と共にうっすら浮かび上がる。上等な品には違いないが、とても薄いし、身に着けているのはなんだか落ち着かなかった。しかし、昨日着てきた衣は手元にない。仕方なく澪子は与えられた袴と羽織を着て、自分の状況について考えた。


(…昨日は、食われはしなかった…。)


 それどころか、鬼は澪子を丁重にあつかい、客のようにもてなしている。彼は澪子の事を知っているようだったが、それを聞くとはぐらかされた。


(ということは何か、裏があるのかしら…)


 一見鬼は優し気だが、腹の底はわからない。澪子をもてなす理由も教えてくれない。となると…あまり手放しに信用してはいけないという気がした。

 だが一方で、彼が澪子を見るあのまなざしに、嘘や偽りは感じられなかった。あんな優しい目で見られるのはいつぶりだろう。まるで、大事な人を見つめるような目。ずっとあんな目を向けられていたら、なし崩し的に心を許してしまいそうな気がする。


(危ないな…あまり油断してはいけない…けど、こちらも礼は尽くそう)


 少なくとも、彼は澪子に食事や着物を与えてくれたのだ。その恩には報いるべきだろう。そう考えて、澪子は立ち上がって部屋を出た。

 大きな屋敷だから、家事仕事はきっとたくさんある。あの狐以外に、使用人の気配もない。澪子が手伝える事は、きっといろいろあるはずだ。


 どんな家も、炊事場がある場所はだいだい同じだ。澪子は土間になっている台所を見つけ、草履を履いて降りた。


(誰もいない…まだ早いのかな)


 家では、朝起きて一番にする仕事は水くみだった。そのあと朝餉の準備にかかる。この屋敷がどうなっているのかはわからないが、とりあえず澪子は庭の井戸から水を汲み、水甕を満たした。そのあと竈で米を炊くために火を起こした。


(どのくらい食べるのかしら…)


 どこまでやっていいものだろうかと思いながら竈の機嫌を見ていると、後ろから音もなく狐がやってきた。


「オマエ…、何をシテイル?」


 狐がとがめるように言ったので、澪子は慌てて振り向いた。


「竈に火を起こしていました、朝餉の準備をしようと思って…」


 ぱち、ぱちと瞬きをした狐に、澪子は申し出た。


「あのよかったら、私やります。炊事や家のこと」


 狐はしゅんと鼻を鳴らしたあと、どこか期待するように澪子をじっと見た。


「お前、ご主人サマに…ゴハン、作れル?」


 狐が澪子を見上げるその姿はどこか愛らしく、澪子は思わず笑顔でうなずいた。


「はい。では米を焚きましょうか?」


 狐はこくこくとうなずいたが、澪子が動き出すとはっと何かに気が付いたように言った。


「ヤッパリ、作ラナクテ、イイ…ご主人サマ、怒ル…」


 狐の眉間に、ぎゅっとしわがよった。だが澪子は明るく返した。


「そうですか?でも、ご飯もお風呂もいただいたのに、仕事一つしないのは気が咎めます。もし百夜様が怒ったら、私がそう言いますから」


 澪子のその言葉に、狐は少し迷ったようだったがやがてうなずいた。


「ワカッタ。手伝ウ」


 澪子は土鍋に水とひしおを入れ火を起こした竈の上に乗せた。


「これは青菜汁にしましょう。なにかおかずにできそうなものは、ありますか?」


「アル」


 狐はまな板で重しをした桶をどこからか持ってきて、ぱかりと開けた。中には、緑の葉に

きっちりとつつまれた、小さい四角いものがずらりと並んでいた。何なのか気になった澪子は思わず覗き込んだ。


「わ、これって、柿の葉寿司…?」


 澪子は一つ取り出して、葉を剥いてみせた。つやつや光る四角い握り飯の上に、ふちが珊瑚色にすきとおった鮭の刺身が乗っていた。


「す、すごい…あなたが、作ったんですか?」


 澪子もよく作らされていたが、自分の口に入る事はめったになかった。思わず口の中に唾が沸く。


「ご主人サマ、昨日、作っていた」


 澪子は感心した。


「そうなんだ…百夜様は、料理上手なんですね。じゃあ、これを朝食にしましょうか。えっと、狐さんは…何を食べるんですか?」


 狐は柘榴石のような丸い紅い目で、じっと澪を見つめた後、自分の胸に前足をあてた。


「狐ジャナイ、ましろ。」


「わかりました、ましろさん。私は、澪子といいます」


 なんだか受け入れられたような気がして、澪子は少し嬉しかった。狐はそのあと、桶に目を戻して言った。


「ましろ、みおこを手伝ウ」


 ましろは澪子に椀を持ってきてくれたので、2人は一緒に朝食の膳の盛り付けをした。誰かとこうして台所仕事をすることは久々で、澪子は意外にも楽しいひと時を過ごせた。


「ありがとうございます。これ、素敵なお皿ですね」


「ご主人サマのお皿、ここ以外にもたくさんアル。みおこも、見るとイイ」


「ここはずいぶん…いろんなものがありますね。ましろさんは…百夜様とは、長いお付き合いなんですか?」


 ましろはちょっと上を向いて、数を数えるような仕草をした。


「いつダッタカ…ましろ、怪我ヲシテ山で迷った。ご主人サマ、助けてクレタ」


「へぇ、そうだったんですね」


 するとその時、土鍋の蓋がカタカタとなって蒸気がふきこぼれた。澪子は蓋をとってましろと共に中の様子を見た。


「青菜汁ができましたね、一緒に持っていきましょう?」


 それぞれひとつづつ膳を持って、ましろと澪子は昨晩の畳の座敷へと向かった。

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