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生贄姫は鬼に溺愛される ~とこしえの蜜月~  作者: 小達出みかん


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そんなのゆるせない

「ど…どういう、こと」


 澪子は途切れ途切れにつぶやいて、手紙をめくって2、3枚目を見た。そこには、土地屋敷の権利書と、薬の保管方法や売買の手順が事務的に記されてあるだけだった。


 澪子は穴が開くほどそれらの紙面を見つめたあと、混乱する頭を振った。


「私とましろだけ、出て行くなんて…そんな事できるわけない…!」


 ましろはそんな澪子を見上げて、不安げな表情だった。


「ましろ、戻ろう!地震が来るなら、百夜様を助けないと…!」


 しかしましろは首を横に振った。


「ご主人サマ、山から、出レナイ…」


「でも…でもこのまま私たちだけ逃げるなんて、できないよ…!」


 ましろはぐるると苦し気にうなった。


「…ましろ、戻りたい。デモ、みおこ、助ける。ご主人サマの、最後の、メイレイ」


 澪子は唇をかみしめた。ましろのいう事のほうが、正しい。戻っても自分ができることなどないのだから。だが澪子は、このまま山から離れることなど、到底できそうになかった。爪がくいこむほど拳を握りしめて、澪子は彼の事を考えた。


(ずっと一緒だって…約束、したのに)


 百夜がずっと悲し気にしていた理由がやっとわかって、澪子の胸はいっそう辛く痛んだ。百夜は最初から、いずれ澪子と別れることを知っていたのだ。


(だからいつも…あんなに優しかった。私が喜ぶことばかり、しようとしていた…)


 そしていつも、孤独の影が彼と共にあった。今頃百夜はどうしているだろう。ひとり屋敷で、地震を待っているのだろうか…。


 そう思うと、澪子はいてもたってもいられなくなった。後先考えず、澪子の足は山へと走り出していた。


「みおこ、待ッテ…!」


「おい…!今から登るのはやめとけ!危ない!」


 その時だった。地響きのような音がし、地面が揺れた。


「っ…!!」


 澪子は立っていられず這いつくばった。それでも体ががくがく揺さぶられるほど、大地は揺れていた。

 澪子はただただ混乱していた。


(うそ、本当に、地震がきた…!百夜様…!)


 地面が割れるような揺れに、立ち上がることさえままならない。山の上はもっと危険に違いない。


「びゃ、百夜様…!」

 

 揺れが小さくなり、澪子はやっとの事で起ち上がった。ましろが足元へ駆け寄った。


「みおこ…大丈夫カ…!」


「大丈夫です、でも今のうちに、屋敷に、屋敷に戻らないと…!」


 必死にそういう澪子の肩に、風来が手を置いた。


「落ち着け澪子、まだ動かないほうがいい。地震ってのは2回、3回ってあるもんだ」


「で、でも…」


 言いつのろうとした澪子を遮って、ましろが山の上を指さした。


「みおこ、アレ…!」


 ちょうど屋敷のあるあたりに、火の手が上がっていた。真っ赤な炎が夜空を照らしている―…


「燃えてる…!?私たちの屋敷が…!」


 澪子の脳裏に、勝ち誇って去っていった蝶子がよぎった。そういえば、目覚めてから彼らの姿を見ていない。もしかして彼らが今―…!?


「ダメ、行かなきゃ…!」


 澪子は風来の手を振り払って走り出した。

 危険も無意味も関係ない。ただただ百夜に会いたかった。


 一目会えるのならば、どうなったってかまわない。



◇◇◇


 灯りのない山道を、澪子は一心不乱に駆け上った。だが、土はくずれ岩は落ち、歩くのすら容易ではない。頑として引き返さない澪子に風来もましろも根負けし、術で灯りを出してゆく手を照らした。風来もカラスの姿となってついてきた。

 

 やがて、澪子たちは懐かしい門までたどりついた。今朝、百夜が見送ってくれた場所。


 澪子は無我夢中で、門をくぐって中へ走った。中はひどいありさまだった。屋敷は地震で崩れている上、炎が燃え盛っている。火の粉が澪子の上にもちらちらと降り注いだ。


「百夜様―…!」


 どこもかしこも火の手が挙がっている。澪子は屋敷のまわりをぐるりと一周し、彼の名を呼び続けた。


「どこに、いますか!返事をください、百夜様…!」


 燃えているせいで空気がいがらっぽい。立て続けに大声を出した澪子の声はすぐに枯れた。しかしいっこうに返事はない。

すかすかになった声で、澪子は最後にくずれた蔵のそばへ行って呼びかけた。蔵だけは、石造りのせいか燃えていなかった。


「びゃくや、さま…」


 瓦礫に向かって澪子は呼びかけた。まだあきらめたくなかった。彼は生きていると思いたかった。

 その時、何かがごとりと動くような音がした。はっとした澪子は蔵の残骸へと足を踏み入れた。


「百夜様…!」


 壁がくずれきっていないせいで、暗くて中まで見渡せない。だがその時澪子の耳が、小さい声を捉えた。


「み…お…?」


「百夜様…!」


 澪子は声のする奥へと走った。蔵の内部は、天井まで積んであった棚や壺、屋根の瓦や倒れた壁が積み重なり惨憺たる有様だった。だが、その瓦礫の中から確かに声がした。


「百夜様…!そこに、そこにいるのですか!?」


 澪子は地面に伏せて叫んだ。すると声が返ってきた。


「澪…なぜここに」


 澪子は積み重なる瓦礫をどかそうと手をかけた。


「くっ――!」

 

 だが、澪子がいくら力を入れても、倒れた石の壁はびくともしない。中からおぼろげに声がした。


「澪…無理ですよ。私の力でも動かないのですから。だから…早く逃げてください」


「嫌です!なぜ、そんな事をおっしゃるんですか」


「ここにいてはいけません。きっとまた揺れるでしょう。そしたらあなたは…きっと死んでしまう。だから…」


「でも…!百夜様を置いていくなんて、絶対に嫌です…!」


「困りましたね…」


 百夜の声はだんだん小さくなっていった。ましろと風来も蔵へ駆けつけたが、小さな動物の彼らには瓦礫をどうすることもできない。澪子は一人で動かそうと、腕が折れんばかりに力をこめた。すでに痛んでいた肩から、ぐきりと嫌な音がした。百夜は懇願した。


「お願いです澪…もう、やめてください…ましろ、風来…彼女を、外、へ…」


 澪子は瓦礫から手を離し、だらりと下ろした。その頭の中は、焼き切れそうに考えを巡らせていた。


(私一人の力じゃ、この瓦礫はうごかない…かといって、助けを呼ぶこともできない…)


 この結界の中には、巫女ゆかりの者しか入れない。となると…澪子はあっと叫んだ。


「蝶子と泰信…あの人たち、どこへいったの?!火をつけたのはきっとあの人たちでしょう、それならまだ近くに…!」


 だが、風来とましろが澪子を諭した。


「ましろとみおこを、襲った、ニンゲン…!危険…!」


「…それに人間二人増やした程度で、この瓦礫が動くとは思えねぇ…。澪子、残念だが百夜はもう…」


 澪子はそれでも首を振った。


「い、嫌…嫌です、そんなの…!」


 ここに百夜を置いていくなど、絶対にできない。だがその時、切れ切れの声が聞こえた。


「澪…お願いです…あなたが助かれば…巫女も、きっと私を…許すでしょう…」


 その言葉に、澪子の中で何かが切れた。


「い…いや…なんでそんな事言うんですか…!!」


澪子は声を振り絞って絶叫した。彼を置いて逃げる。そう考えると、まるで体が暗い底なしの穴へ突き落とされたような心地がした。


 大事なものを失う感覚。それは、身に覚えがあった。両親を失った時、澪子はあらゆるものを失った。物だけではない。澪子が安心して丸くなれる場所。暖かい団らんに満ちた家の空気。自分をいつくしんでくれる空間。そんな大事なものを失ったのだ。

だからその大切さを、貴重さを、身に染みて知っている。ずっと百夜と共に、その時間を抱きしめるように大事に過ごしていきたいと思っていたのだ。

 愛おしい人。新しいかぞく


(また…私は大事なものを、失うの…?)


 そう考えた澪子の内に沸いてきたのは絶望ではなく、純粋な怒りだった。 


「いや…!絶対にいやです。なんで百夜様を、あきらめなければいけないの…!!」


 もう失うのは、嫌だ。なぜ自分ばかり失わなければならないのだ。封印も鬼も、蝶子も泰信も関係ない。巫女が喜ぼうが怒ろうがどうでもいい。


(百夜様を―…私の夫を、死なせるもんか…!)


 怒りのままに、澪子は走り出した。



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