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生贄姫は鬼に溺愛される ~とこしえの蜜月~  作者: 小達出みかん


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奇跡(ヒーロー視点)

 毎回自分の食事をあげ続けていると、とうとう澪子は「百夜様のために作っているのに、困ります」とおずおずと言い出した。

 そういわれた百夜は、代わりに何をやるのがいいか、しばし悩んだ。どんなものなら澪子は喜ぶだろう。

 そこで百夜は鮭を釣って持って行った。すると澪子はとても喜んで、ぱっと笑みを浮かべた。それを見て百夜は胸が詰まるような、息苦しい感覚を覚えた。しかしそれは、決して嫌な気持ちではなかった。


(やっと…私に向かって、また微笑んでくれた…)


 その顔がもっと見たかった。その切ない気持ちに苦しめられた百夜は、次に蔵に眠っていた着物をもっていった。すると、澪子は驚いたあと、頬を染めて礼を言った。


「あ、ありがとうございます、百夜様…こんなにいろいろ、いただいて」


「別に…いつまでそんな粗末なものを着ているのかと思っていただけです」


 物をもらった時以外でも、澪子はどんな事でも礼を言う。百夜がただ茶碗を取ってあげたとかそんな事に対してもだ。だが素直な澪子に対して、百夜は自分の気持ちをなかなか口に出せなかった。


 本当は、澪子が喜んでくれて嬉しいのに。

 もっともっと、喜ぶ顔が見たいと思っているのに。


「えへへ、すみません…これしか持ってなかったから」


 照れたように微笑む澪子から、百夜は思わず目をそらした。


(可愛いなんて…思って、ない)


思っている事を口に出せないのは、自分の中にあるその気持ちを、認めたくなかったからだった。つまらない意地だ。しかし今までの長い孤独が、百夜に意地を張らせていたのだった。


(もし…また一人に戻ったら、どうするのだ…惨めすぎる)


 今の所、屋敷でこうして居てくれるが、澪子はいつでもここを出ていけるのだ。隙を見て逃げ出す事などたやすいだろう。峠を越えてしまえば、もう追う事もできない。

 それが不安で、夜になるといつも百夜は気が気でしかたがないのだった。澪子がこっそり逃げ出すのではないかと気が張り詰めて、なかなか眠りにつけない。ある夜、ささいな音にも敏感になってしまった百夜の耳が、澪子のしゃべり声を捉えた。


「…え…あなた…そう…?」


 何をしゃべっているのかまではわからないが、誰かと問答しているようだ。百夜は飛び起きて声のする方へ向かった。


「誰と話しているのですか?」

 

 するどく誰何した百夜に、澪子ははっと振り向いた。


「あっ、百夜様…!あの、」


 澪子は蔵の入り口に立ちすくんでいた。そしてその影から、ふらりと狐が顔を出した。


「ごしゅじん…サマ?」


 狐がいきなり口を利いたので、百夜は度肝を抜かれた。「人形」に過ぎないこの狐が、なぜ自分で言葉をしゃべっているのだろうか?


 驚いて狐を見る百夜を見て、澪子は謝りだした。


「勝手な事をして、ごめんなさい。お、お米を取りに来たら、うっかり別の箱に触れてしまって―…そしたらカタカタ音がして、開けたら狐さんが…」


 澪子を見上げて、狐はちょんと首をかしげた。その可愛らしい仕草を見て、澪子はおもわずと言った様子で微笑んだ。


「あの…この子、名前はなんて言うんですか?」


そう聞かれて、百夜は頭が痛くなった。


「…名前などありません。狐、お前は一度死んだはず…どうやって目覚めたのです?」


 狐は今度は百夜を見上げた。そしてちょんと澪子の手に触れた。


「えっ、私…?」


澪子はうろたえて百夜を見た。当たり前だが、人形に説明などできない。百夜が自分で推察するしかない。百夜は狐が勝手に動くようになった理由を考えた。


(つまり…寝ている間に、わずかに残った気が頭や体を修復したと言う事か?そして澪子の手が触れたのをきっかけに、新しい気を得て、澪子に従うため動き出した…)


 完璧に納得できたわけではなかったが、百夜はとりあえずそう仮説を立て、二人を連れて屋敷へ戻った。狐は以前と同じように、炉端の隣で丸まって目を閉じた。眠り始めたようだ。なので百夜も寝所へ戻った。いきなりの事で、まだ頭が動転していた。


(ボロボロにされたはずの狐がなぜ…?まぁいい…明日、考えよう)


 原因も取り調べも、詳しくは明日だ。百夜はそう思いながら目を閉じた。




 次の日の朝、百夜は早起きして狐を調べようと炉のある部屋へ向かった。しかしそこには狐はいなかった。自分の部屋にいるはずの澪子の姿もない。さてはと思った百夜は、炊事場へと向かった。


「みおこ…これで、イイ?」


「そうそう、包丁はそうやって…ましろ、上手ね。助かるよ」


「ウン…ましろ、ガンバる」


 どうやら澪子は、狐に炊事を教えているようだった。なごかやな空気が、そこには流れていた。時々二人の間に笑い声が上がる。

 朝の光を浴びて微笑む澪子と狐。澪子の笑顔は優しく暖かく、狐の白い毛並みはつやつやと輝いている。その空間はただただ平和で、美しかった。それを見て、百夜は肩の力がふいに抜けた。

 狐が生き返った原因も、取り調べも、どうでもよくなってしまった。


(あの狐…しまい込んだ時は、ぼろぼろで惨めな姿だったのに)


 兄たちにいたぶられて、狐は惨めな有様だった。その形を保っていただけ奇跡と言ってもいい。天塩にかけた狐の傷ついた姿を見ることは、辛かった。彼に振るわれた拳は、百夜へ振るわれた事と同じだった。だから耐えられなくなり、百夜は彼をしまったのだ。


だが今澪子の隣で動く狐は健康そのもので、まるで生きている本物の狐のようだった。かつての友たちのような…。


(こうして…元気な姿にもどって、良かった)


 その暖かな気持ちが、百夜の心に巣食っていた最後の意地を溶かして消してしまった。仮説が正しければ、澪子はただ狐をしまった箱に手を触れただけだ。狐は勝手に動き出したわけではなく、かつてと同じく気を分け与えられたあるじに従うために動いているだけだ。だが―…


(彼女がいなければ、こんな事はおこらなかった。澪子が、よみがえらせてくれた…狐だけではない。私に手に入らないと思っていた、大事なものを)


 自分を認めてくれる人。暖かく迎えてくれる場所。今百夜は、その存在をたしかに感じていた。

 微笑みながら立ち働く澪子の姿を、百夜は熱いまなざしでじっと見つめた。その後ろ姿が愛おしかった。諦めていた様々なものを、彼女はこうしてもたらしてくれたのだ。


 ついに百夜は、はっきりと自分の気持ちを認めた。


(…私は、私は彼女を大事に思っている。澪が…好きだ)

 

 するとその瞬間、百夜に気が付いた澪子が声を上げた。


「百夜様!どうされたんですか、こんな早くに…」


 突然注がれた澪子のまなざしに、百夜は動揺していしまった。心臓の音がうるさい。


「べ、別に…たまたま、早く起きてしまっただけです」


 言い訳するようにそう言って、百夜は逃げるようにその場を後にした。


 


 その後朝餉の席でも、百夜は落ち着かなかった。そんな百夜に、澪子は優しく聞いた。


「今朝は…ましろの具合を、心配してらしたんですよね?」


「ええ、まぁ…名前、あなたがつけたのですか」


 狐らしく庭を駆け回るましろをちらりとみて、澪子は微笑んだ。


「ええ、名前がないと呼ぶのに不便なので、とりあえず…勝手にごめんなさい」


「いえ、別にそれは」


「…狐と友達になれるなんて、びっくりしました。百夜様は、すごいものを箱にしまっていたんですね」


 笑い交じりにましろを見るその目は優しくて、百夜はまた自分の胸がぎゅっと痛むのを感じた。そして思わず口にしていた。


「しまっていたのは…私が不甲斐なかったからです。人形一つ、守る事ができなかった」


「…え?人形…?」


「はい。彼は生きた狐ではありません。私が作った人形に過ぎない。それが…」


 こちらを見た澪子の手を、百夜はそっと取った。奇跡を起こしたその指先は、ほのかに温かい。そのぬくもりが自分の手の中にある事がうれしくて、百夜は微笑んだ。


「この手が触れたから、彼はよみがえった。…礼を言います、澪」


 澪子は驚いたように口を開けた後、なぜだか頬を赤くして、うつむいた。


「そ、そんな…大層な事では!たまたまです、たまたま…!」


「なぜそんな目をそらすのです…?」


 もしかして、自分に触れられて嫌だったのだろうか?そう思うと百夜の胸はひゅっと冷たくなった。だが澪子はきゅっと百夜の手を握り返した。


「百夜様が笑った所を見るの…初めてです」


そして照れたように笑って、百夜を見上げた。


「あ…」


 その笑顔の眩しさに、百夜は思わず唇をかみしめた。


(なんと…愛らしい…)


「百夜様も…もっとお笑いになればいいのに…」


 ふにゃりと笑んでつぶやいた彼女の言葉に、百夜は初めて気が付いた。自分は彼女の笑顔が見たいと思っていたくせに、自分はまったく笑う事などなかったことに。


「すみません。私は…笑い方をずっと、忘れていたようです」


 でも、今なら笑える。澪が笑ってくれたから。百夜の胸に、その新しい喜びがじわりと染みた。

 そんな百夜を見て、澪子はふっと安心したように息をついた。


「よかったです…。大したことなどしていませんが、百夜様が喜んでくださって」


 見上げてそういう澪子の頬は、ほんのりと色づいてなんとも美味しそうな色になっていた。今すぐその頬に触れて抱きしめたいのを、百夜はぐっとこらえたのだった。

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