お迎え
その晩、上機嫌だったのは娘の蝶子だけで、叔父も叔母も機嫌が悪かった。閨でむっつりと黙り込む叔父に、叔母はため息をつきながら話しかけた。
「ねぇあんた、蝶子の嫁入り支度、これじゃ到底足りないよ」
「馬鹿言うな。今日あれだけ買い込んできたろうが」
「着物だけじゃないんだよ、家財道具だっているし、恥ずかしくないように人だって雇わなくちゃあ」
「ったくお前らは、どれだけ使い込む気だ。金が湯水のように沸いてくるとでも思ってるのか?」
叔父は憎々し気に言ったが、叔母も負けてはいない。
「よく言うよ、あんなにたくさんあった神社の金を賭け事に溶かしちまったのはどこの誰だろうねぇ。」
叔母の愚痴は止まらない。
「私はね、あんたと違って無駄遣いしたいわけじゃないんだよ。あぁあ、せっかく神社の娘って箔がついたんだから、あの子を少しでもいいところに嫁がせてやりたいってあたしの親心が、あんたにはわかんないかねぇ。」
叔父はしばし黙っていたが、チッと舌打ちをした。
「だから言っただろ、もうすぐ金が入るってよ」
「ああ、金持ち娘をだまして泰信に嫁入りさせるって話かい?で、いったいその娘はいつになったら来てくれるんだい。泰信ももう18になるんだよ」
叔父ははぁとため息をついた。
「それが、あっちも足元みやがってな…うちの娘には他にも縁談が来ているから、もう少し待てといってきやがった」
叔母は大げさに首を振った。
「なんだ、結局取らぬ狸の皮算用じゃないかい」
「うるせえ。もうすぐ村人どもが上納米を持ってくるころだろうが。それであいつの嫁入りはなんとか都合をつけろ」
「上納米ってたって、あれっぽっちじゃどうにもならないよ。あぁ、なんであれしかもらえないんだろうねぇ」
叔母は恨めしげに言った。
「それもこれも、ここらの田んぼが隣村の山から水をもらっているからだよ。隣村の水分の神社は、食っても食っても食いきれないほど米をもらってるっていうじゃないか」
「仕方ないだろ。うちの神社は、大昔に水分をやめちまったんだから」
「ねぇ、もう一回水をうちのものにできないのかい?山の上の水は枯れちまったわけじゃないんだろ?」
「駄目だ。あの山は…」
「もしかして、鬼が封じられてるとかいう話が怖いのかい?たたられるって?」
「馬鹿にしちゃいけねぇ。祖先の巫女様があそこに人喰い鬼を封じたと言い聞かされて俺は育ったんだ。一度言いつけをやぶって峠を越えようとした事があるが…」
「どうなったんだい?」
「霧で迷ってどこへも出れなかった。ありゃ人を惑わす山だよ。それに俺はこの目で…鬼の姿を見たんだ。あそこで引き返してなきゃ、お陀仏だったよ」
叔父は身震いをしてそう言ったが、叔母は諦めきれずかきくどいた。
「でもあんたは生きてるじゃないかい。それにさ、鬼とやらを封じる前は、その山から出る水でここは潤ってたんだろ?もう一度水を引ければ、うちは一生金の心配をしなくてよくなるよ。あんたが好きな賭け事だって、我慢しなくていいんだよ」
その言葉に叔父は少し心を動かされたようだったが、顔をしかめて首をふった。
「お前、俺に山に入って鬼退治してこいって?とんだ鬼女房だよ」
が、叔母はにんまり笑って言った。
「別に退治しなくたっていいじゃないか。うちらは水さえ使わせてもらえりゃいいんだ。貢ぎ物でも持って、ちょいと鬼様に頼めないかねぇ」
「貢ぎ物ってお前、うちにそんな金はないってわかってるだろ」
「別に金じゃなくたっていいじゃないか。澪子を差し出しゃいい。あんななりだけど、若い娘だからきっと美味いだろ」
「澪子をか…」
あまりに残酷な提案に叔父は思わず二の足を踏んだが、叔母はそこで畳みかけた。
「あの娘にゃずっとただ飯食わせてやったんだ。それくらい働いてもらわなくちゃ。あんな貧相じゃ嫁の貰い手もないだろうし、かといってずっとここに置いとくのも邪魔になるしねぇ…」
叔母のその言葉に、叔父ははたと気が付いた。
(そうだ、澪子は邪魔だ。泰信は、どうもあの娘に入れ上げてる。まぁたしかに、よく見りゃ器量は悪かねぇが…あれと結婚するなんて言い出しちゃあ、面倒だ。こっちは縁談待ちの身だってのに)
澪子が鬼に喰われるとしても、喰われずに逃げるとしても、いなくなってくれればこちらにとって好都合だ。食いぶちも一つ減る。
「そりゃいい考えだ。あれに巫女の仕事を与えてやろうじゃないか。ご先祖様と同じ、誉れあるお仕事だ」
叔父は叔母とそっくりなにんまり笑いを浮かべた。
◇◇◇
そうしたわけで、秋のその日、澪子は一人川へ向かってもくもくと紅葉の中を歩いていた。
峠から山道に入ると、木々が空を遮るほど茂っていて、まるで真っ赤に染まった洞窟にいるようだった。ところどころ葉の間から差す木漏れ日が、赤い道を照らす。
その小さな木漏れ日の下に、何か真っ白なものがいた。
「!?」
澪子は驚いて目をこらした。それは、見事な毛並みの白狐だった。
「わ、すごい…」
ずっと山のそばで暮らしてきたが、こんな白い毛をもつ狐など見た事がなかった。澪子は珍しさにそっと近づいてみた。逃げるかと思ったが、狐は堂々と顔を上げて澪子の顔を見た。ずいぶん妙な狐だな…と澪子が思っていると、その口がくわっと開いた。
「人間!ツイテコイ!」
「はっ!?」
澪子が自分の耳を疑っていると、狐はさっさと歩きだして、立ち尽くす澪子を振り返った。
「お前ヲ、案内スル」
「ええ?案内ってあの…どこに?もしかして…鬼?」
シャッと狐は牙を見せた。
「鬼と呼ブナ!ご主人サマ!」
どうやらこの白狐は、鬼の手下らしい。案内してくれるなら、願ってもいない事だ。澪子は自分の死が近づいてきた事を意識しながら、黙って彼の後についていった。
白狐のましろくん、初登場です^^




