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生贄姫は鬼に溺愛される ~とこしえの蜜月~  作者: 小達出みかん


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唯一の友(ヒーロー視点)

 目覚めると、巫女の姿はどこにもなかった。あの鏡もない。

 百夜はあたりを見回した。以前とは何かが違っていた。景色は変わらないし、見上げれば夜空で月も浮かんでいるというのに、この息苦しい閉塞感はどうしたことだろう。自分の力が、半分も出せないような圧迫感があった。

百 夜はその違和感を探るため、彼女の気を探って歩き回り、あの湖にたどり着いた。月に照らされた湖面をのぞいて、百夜はあっと声を上げた。


 鏡のような湖面には、夜空と月、そして周りの木々が映っていた。しかし、覗き込む自分だけが映っていない―…。


 強烈な閉塞感の正体に、百夜はやっと気が付いた。

 ここはあの鏡の中なのだ。巫女は、百夜を鏡の中に封じこめた。外の世界と隔てられた百夜は、その湖面に映りすらしない―…。


 百夜はがばりと立ち上がった。自分が、この地に閉じ込められた?そんな事は認めたくなかった。人間が作った封印など、きっとすぐにやぶれるはず。百夜は山を出ようと歩いたが、何度降りようとしても峠に差し掛かると霧で迷ってそれ以上は進めない。同じ場所へ何度も戻り、百夜は諦めて空へと翔んだ。だが結果は同じで、天高く逃げようとすると見えない障壁にぶつかり阻まれる。障壁に目を凝らすと、かすかに透明な膜のような鏡面がきらりと光るのが見えた。


 …つまりどこまで行っても、ここは鏡の中だった。巫女は鏡の中に山ごと、百夜を閉じ込めたのだ。悔しさと憤りで、百夜は歯噛みした。


(あと、あと少しで…薬が完成するはず、だったのに…!)


 材料がなくては、薬を作ることができない。万が一できたとしても、出れないのだから故郷へ戻る事ができない。親族に認められる夢が、果たせない…。


 そこではっと百夜はひらめいた。なんとか火ノ原へ、助けを求められないだろうか、と。だが自分はここから出れない。百夜は毎日、山を歩き回りながらどこかにほころびはないかと見てまわった。時々村人らしき人間を見かける事もあったが、あちらから百夜は見えず、接触できない事がわかった。村人が歩いている山は鏡の外なのだ。二重写しで近い場所にあるが、鏡の中からは働きかけることができない。


 そんなある日、百夜は狐の死体といきあった。白い妖狐のようだった。そのふわりとした体は、故郷の友たちを思い出させた。ばかばかしいと思いながらも、そのまま捨てておけなくて、百夜はその遺体を屋敷へ持ち帰って埋めようとした。

 だがその時、百夜の脳裏にある考えが浮かんだ。


(この妖狐は―…この結界の中に入ってきた。人間は無理だが、動物なら出入りが可能ということなのだろうか…?)


 そう思った百夜は、狐を一たん解体し、都合の良いように組みかえて人形として使役することにした。中身はほぼ空洞だが、百夜自身の「気」を分け与え、手足を動かす。最初は頭を動かすのがやっとだったが、次第に慣れ、歩いたり走ったり動かす事ができるようになった。


 毎日訓練をし続け、百夜は狐を封印の外に出す事に成功した。だが、遠隔操作には限りがあった。こちらの気を送るのも限界がある上、封印によって百夜の力は削られているのだ。

 だが、百夜は諦めなかった。気が足りないのなら、増やせばいい。昔から、困難な目標に向かって努力することは得意な性分だった。

 百夜は今までしなかった厳しい鍛錬を己に課し、体を鍛え力を強めた。体が頑強になると、気の力も増幅する。狐は百夜の意を察して、陰陽師が使う式神のように自ら動けるようになっていった。雨だれが石を穿つような努力を重ね、百夜はとうとう青井山にいながら、狐を火ノ原へと到達させた。


「兄さん、父上、聞いてください…!私は百夜です。巫女に山に閉じ込められ、薬を作る事ができません…」


 百夜は狐の口を通して、自分の状況を生家に伝えた。だが…。


「百夜?誰だそれは」


「父上、家の末子に、そんな奴がいたような」


 父も兄たちも百夜の事を忘れていたばかりか、狐を見て嘲った。


「ほう、で、お前が百夜だって?狐になり下がったというのか」


「ちがいます、これは私が使っている人形で…」


 兄の一人が、狐の尻尾を乱暴につかんで持ち上げた。


「ただの化け狐じゃないだろうな?」


「本当に百夜なら、俺たちと取っ組み合いをしてみろ!」


 兄たちは、狐を振り回して地面へたたきつけた。


「無理だ無理だ、百夜はもともと弱かったのだから、どちらにしろ証明にならないぞ」


 兄たちの暴挙を見て、父は肩をすくめて一言発しただけだった。


「それもそうだ…どっちみち、お前のような役立たず、助ける義理もない」


 兄たちの笑い声が、狐の耳を通して百夜の頭の中に響いた。兄は狐を踏みつけにした。


「こいつ、どうしてくれよう?」


「狐鍋にでもするか!!」


 狐が…。やっと作り出した唯一の、外への架け橋が、壊されてしまう。そう思った百夜は、必死で狐の身体を動かし、兄たちの手から翔け去らせた。


 ぼろぼろになって手元へ戻ってきた狐を抱えて、百夜は一人呟いた。


「…すまない…」


 そういって、百夜は自分のおかしさに笑った。この狐はただの死体だ。痛みなど感じるはずもない。だが、ふわふわの毛並みに伸びたしっぽは、故郷の優しかった友人たちを改めて思い出させた。


「ああ…痛い思いをさせたなぁ、悪かった…」


 言いながら、百夜の目から涙が滴った。

 痛いのは自分の胸だった。

 いつか父や兄たちに認められたいと、頑張ってきた。

 薬をもって戻れば、自分の居場所がきっとできる。数に入れてもらえるはずだ。だがその希望は、今見事に砕かれた。

 自分の甘さに、百夜は狐を抱いたまま笑いながら泣いた。

 もともと居場所なんて、どこにもなかったのに、何を無駄に足掻いていたんだろう。

 自分は勝手に期待をして、幻想を抱いていただけの愚か者だ。

 自分を愛してくれる存在など、認めてくれる者など、この世のどこにもいないのだ。

 だったら火ノ原だろうがこの鏡の中だろうが、どこにいたって変わりないじゃないか。

 

 ここであらゆるものを憎みながら、自分は一人で朽ちていく…。


 だがそう考えると、百夜はぞっとした。思わず狐を抱きしめてうずくまった―…

 


 それから何年が過ぎただろう。気が遠くなるほどの時間を、百夜はただ無為に過ごしていた。何もする気にならないし、する意味もない。傷けられた狐を見るのも辛くなり、防腐処理をほどこして箱へしまいこんだ。


 絶望し、無気力になった百夜の胸の中に最後にやってきたのは、自殺願望だった。

 どうせもう生きていても、苦しいだけだ。ならばいっそ、ここでこの生を終わらせた方が楽なのではないか。日々、その思いが強くなっていく。その願望に抗いがたくなったある日、百夜はついに蔵へ向かった。

 

 どうせ死ぬのならば、薬がいい。薬づくりは自分の唯一の存在意義だった。百夜はしまい込んであった今までの研究の成果を漁った。どれが死ぬのに一番適しているだろう?

 色々な物があった。人の気をため込んで封じた箱や瓶、作りそこなった丸薬、水薬…過去に植物から気を取り出そうと苦心していたころに作った水薬は、変質して強い匂いを放っていた。これを飲めば、死ねるかもしれない―…そう思った百夜は、いっきにその液体を煽った。

 喉が焼けるように熱くなり、胃の腑にその液体が落ちた…が、死はやってこない。

 逆に、頭に霞がかったようにぼんやりとしてきた。百夜を苛む現実があいまいに溶けてしまい、不思議と楽になった。もうろうとした頭で、百夜は気が付いた。


(ああ、これが酒というやつか…この植物の実が、発酵していたんだな)


 それが、初めての酒の飲み始めだった。

 それからは貯め込んであった酒を、毎日浴びるように飲んで過ごした。酒を飲めば、一時的にだが楽になり、何も考えずに済んだ。


(もはや私の友は、この液体だけだ…)


 ひねもす酒を抱いてすごし、いずれ酔いの中でゆっくりと死んでいく。死への楽な道筋が出来上がったので、百夜は安堵すらした。

 そして酒が尽きかけたその日。百夜は重い腰を上げて、屋敷を出た。原料となる果実を探しに行くためだ。それなりに重労働だろう。なにせ死ぬまで飲めるほどの量を作らなければならないのだから。

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