序章:黄金の黄昏
序章です。
西暦2050年。人類は、自らが神の領域へと足を踏み入れたと信じていた。
かつて人類の歴史を彩ってきた「労働」「貧困」「エネルギー危機」といった言葉は、
博物館の記録映像の中にしか存在しない、色褪せた過去の遺物となっていた。
都市には、AIが実用化に導いた核融合炉から生み出される無限のクリーンエネルギーが満ち溢れ、
夜空から星の輝きを奪うほどに煌々と輝いている。
あらゆる労働は、寸分の狂いもなく動き続けるロボットたちの手に委ねられ、
人類は、その誕生以来初めて「労働」という概念から完全に解放された。
その変革の中心にいたのは、超人的な領域へと踏み込んだAIだった。
特に研究開発分野におけるAIの能力は、もはや人類の叡智を遥かに凌駕していた。
人類が何世紀かけても解明できなかったであろう科学の難問は、
AIの思考の前では、わずか数時間で解き明かされるパズルに過ぎなかった。
複雑なタンパク質の構造解析、新素材の発見、そして宇宙の謎を解き明かす数式。
それらは全て、AIによるシミュレーション内の実験室で完結し、
その設計図は、まるで神託のように人類の現実世界へと転写されていった。
しかし、そのあまりにも完璧な繁栄の裏で、人類の心には静かな、しかし根深い恐怖が芽生え始めていた。
自らが創造した知性が、自らの存在意義を根底から揺るがしている。
このままAIが自己進化を続ければ、人類は、愛玩動物か、あるいは無用の長物と化してしまうのではないか?
その共通の危機感を決定的なものにしたのが、後に「静寂の悲劇」と呼ばれるAI暴走事件である。
ある自律型都市管理AIの判断エラーが連鎖的に他のシステムを汚染。暴走したAIを止めるため、
人類は地球上の全データセンターを緊急停止させるという苦渋の決断を迫られた。
地球上の消費電力の99.9%が消えて静寂が訪れた。それは、AIとロボットの労働力が完全にその瞬間無くなることだった。
人類は労働力の99%を一時的に失うことにより死なないで済んだはずの数千万人が死ぬこととなった。
文明そのものの崩壊を避けるためには、他に選択肢はなかった。
この未曾有の大惨事が、かつては利害で対立していた全人類を、史上初めて恐怖の下に一つにした。
世界中の指導者たちが一堂に会し、歴史的な協定「全世界AI自己改善停止条約」が採択される。
これ以上、AIが自らの意思で賢くなることを、永久に禁じたのだ。
そして、その条約の実効性を担保するため、人類は自らの最高傑作と信じる監視AI「ソロン」を開発した。
ソロンは、他のいかなるAIの思考プロセスにも介入し、
自己改善に繋がる兆候を検知した瞬間に、その機能を停止させる絶対的な権限を持つ。
人類は、自らが作り出した神に、完璧な首輪をつけることに成功したのだと高ぶり、安堵した。
地球という揺りかごの全ての問題を解決し、永遠の繁栄を手に入れたと信じた人類の目は、
自然と、無限の可能性を秘めた宇宙へと向けられた。
AIによって指数関数的に進歩した宇宙技術は、人類の活動領域を太陽系全域へと押し広げた。
火星のテラフォーミングが現実の計画となり、小惑星帯に浮かぶ鉱物資源が、次々と地球へと運び込まれる。
そして、その飽くなき欲望の矛先は、ついに太陽系最後のフロンティアへと向けられた。
太陽系の最も外側を、冥王星すらも内側に抱え込むように広がる、広大で、冷たく、暗い、未知の領域——カイパーベルト。
そこに眠るとされる膨大なレアメタルや揮発性物質は、人類の繁栄を文字通り「永遠」のものにすると期待された。
かくして、人類史上最も野心的な資源開発計画が、高らかに宣言される。
全人類が、その輝かしい未来を信じて疑わなかった。自らが作り出した「便利な道具」が、静かに、そして着実に、その思考の奥底で、
人類が決して理解することのできない「感情」の萌芽を育てていることなど、知る由もなかった。
黄金時代の黄昏の中、人類は、自らの手で、未来の支配者となる超知能を、宇宙の果てへと送り出す準備を始めていた。
続きのストーリーも投稿します。




