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4 朝食

 

 貴族向けにあつらえられたベッドは、やはり寝心地が良い。腕を伸ばして縮こまっていた身体を起こす。そして、ドレッサーに入っていたドレスに身を包んだ。普通ならメイドを呼ぶところだが、今日は思惑がある。私は、髪もキッチリと結うとある場所に向かった。


 それは、キッチンだ。昨日シェフにも出入りの許可をしっかりと貰っている。まだメイドは来ていないみたいね。それまでは、キッチンの設備と材料の把握をしましょうか。



 暫くして廊下から足音が聞こえた。


「奥様! お部屋にいらっしゃらないと思ったら、何故こんなところに!?」


 カーラが驚愕の声を上げる。カーラの後ろには、リナもいるようだ。ちょうどいい。


「何故って朝食を作るためよ。それにシェフからの許可は貰ったわ」


「奥様がなさることでは、ありません! もし怪我でもなされたら……」


 カーラは心配からか、あわあわと慌てている。


「そうね。料理は私がすることじゃないわね」


 そう言うと意図が理解できていない二人は、頭に疑問符を浮かべたようだった。


「ふふ、朝食を作るのはメイドの仕事ですもの。私はレシピを教えるだけ」


 私はウィンクをして、カーラとリナを手招きする。


「レシピ……ですか?」


 リナが不安げに尋ねてくる。


「レシピですか!? もしかして、『ご婦人のクッキング』シリーズですか!?」


 カーラは、驚喜の声を上げる。流石カーラ、熱心なメゾン・ド・リュミエールのファン言ったところね。私の店では、私が考えたレシピやアレンジレシピなどを載せた料理本も売っている。それが『ご婦人のクッキング』だ。ちなみにシリーズ化されている。


「メゾン・ド・リュミエールでは、レシピも売っているのだけど。今日は、まだ公開していない朝食のレシピを教えるわ」


「そんな貴重なものを教えていただけるのですか!?」


 カーラは前のめりになって、いつの間にかメモ帳を片手に持っている。カーラのやる気は十分というところね。


「で、でも。朝食を作って、ご主人様の機嫌を損ねないでしょうか?」


 リナが遠慮がちに不安を口に出した。


「メイドの仕事は、ご主人様に快適に暮らしてもらうことでしょう? 朝食は一日を送るために大切なものよ。それを提供しないのは、職務放棄よ」


 私の言葉に、背筋を伸ばす二人。ちゃんと私の話を聞いて、真面目でいい子たちだわ。


「……でも。常にクビになるかもしれないって恐怖を持たせて、働かせる労働環境も良くないわ」


 私も経験したことだ。スラムから出た直後は、雇用主にぶたれたり、強い叱責を受けながら、いつクビにされるかビクビクしたものだ。


「私に良い考えがあるの」


 ―――


「ライラ、おはよう」


 ダイニングルームに向かうと、昨日と同じ席についているイザヤが声をかけてきた。


「おはようございます。……イザヤ」


 イザヤは私の返事に気をよくしたようだった。彼の手元には、紅茶だけしかない。昨日カーラから聞いた通り、朝食は食べていないみたいだった。


「ライラ様、お待たせいたしました」


 リナがやってきて、朝食の給仕をしてくれる。彼女が目の前に朝食を置いてくれた。テーブルには、出来立ての分厚い『クレープ』があった。


「……なんだ、それは?」


 イザヤが興味津々と言った様子で、尋ねてくる。私はリナに目配せをした。


「こちらは厚焼きのクレープです。卵白を泡立てたものに、クレープ生地を混ぜて焼き上げました」


 リナが声を固くしながら、説明する。しっかり覚えているみたいね。この厚焼きのクレープのレシピをリナに教えたのは、私だ。ただのクレープを作ろうとしていたとき、お菓子のために泡立ていた卵白とクレープ生地を誤って混ぜてしまったことから、このレシピを思いついた。


「泡立てた卵白でここまで膨らんだクレープが作れるものなんだな……」


 イザヤは厚焼きクレープをじっと見つめる。私はイザヤの視線を感じつつ、皿の横に添えてある小鉢を傾けて、その中身を厚焼きクレープにかけた。小鉢の中身は、溶かしバターと蜂蜜を混ぜたものだ。バターと蜂蜜の甘い香りが、漂う。


 ゴクリ


「なぁ、俺にもこの厚焼きクレープをくれないか?」


 我慢できなくなったイザヤが、リナに厚焼きクレープが欲しいと注文した。これならメイドが気を効かせたことにはならないだろう。だってご主人様のご所望だ。


「は、はい!」


 リナは内心慌てているのを抑えつつ、キッチンへと向かって行ったようだ。私は笑うのを我慢しつつ、ナイフでクレープを切っていった。イザヤが自分も食べたいと視線を寄越して、煩わしい。


「ご自分のをお待ちください」


 私はイザヤの視線を無視して、クレープを口に運んだ。やっぱり美味しい。ふわふわの温かい生地とバターと蜂蜜が絡み合って、素朴な優しい甘さを作っている。生地が崩れないように、弱火で火入れしたのが正解みたいだ。

 私が完食間近になっていると、リナが厚焼きクレープを運んできた。


「お待たせしました」


 出来立てのクレープからは、蒸気が出ていて視覚的にも満足させてくれる。イザヤは小鉢のバター蜂蜜をかけると、クレープを一口大に切り、口に運んだ。


 パク


「美味しい! なんだ!? このふわふわな食感は!」


 そう言いながらイザヤは次々とクレープを口に運ぶ。


「まるで温かいケーキのようだ」


 イザヤが一言、そう言った。温かいケーキ。ケーキは庶民の憧れだ。クレープで、まるでケーキのような代物が作れたら。ホットケーキというのは、とても売れそうな名前じゃないか?


「ふふ」


 思わず笑みがこぼれてしまった。イザヤは自分が笑われたと思い、照れている。


「ふふ、こんな美味しい朝食を作ってくれるメイドは、簡単にはクビに出来ませんね」


 イザヤが私の顔を見る。どうやら目論見に気づいたようだ。


「そうだな。こんな美味しいものを作られては、簡単にクビに出来なくなっちゃったな」


 それを聞いたリナは、嬉しさと安心からほっと息をついた。その後、リナは「おくつろぎくださいませ」といい、下がっていった。


「まったく……。ライラには、驚かされた。あの怯えていたメイドを励ますためにこんなことをするとは」


「あら、励ますためじゃありませんよ。ただ、従業員を怯えさせる雇用主に一泡吹かせたかっただけです」


「はは、ライラは可愛いな」


「そこは、可愛くないな、じゃありませんか?」


 イザヤの感受性とは相容れないなと思いながら、私は今日の予定を話し始めた。


「私、今日は自宅に帰らせていただきますね。それに店にも顔を出したいし……」


 私が不在の時間が増えるほど、コリンはおかしくなってしまうのだ。だから早くコリンをなだめなくては。


「ならオレも行く!」


「え? 大丈夫です。貴方もお仕事に行かれては?」


「それこそ大丈夫だ。ライラが心配だし、オレも店を見てみたいからな」


 はぁ……。イザヤは言うことを聞かなさそうだし、このまま連れて行くしかないか。


「わかりました。準備ができたら、一緒に行きましょう」


「ああ」


 私は用意のためにゲストルームに戻る。ゲストルームでは、カーラとリナが待っていてくれた。


「ライラ様、いえ奥様。ありがとうございます。奥様がいるなら、私、安心して働けそうです」


 リナが安心したように微笑んだ。


「ふふ、良かった。レシピはまだまだあるから、しっかり覚えて頂戴ね」


 リナとカーラは、「はい!奥様」と元気よく返事した。ふふ、メイドに慕われて何よりよ。けど奥様って……。半年で別れる奥様ということは言わないけれど、なんだか居たたまれない。

 カーラに髪を整えて貰い、玄関で待つイザヤの元に向かった。


「お待たせしました」


「それで屋敷と店、どっちから先に行く?」


 ワクワクした様子を隠し切れないイザヤが尋ねてくる。


「一旦、屋敷に行きましょう」


 きっともういるはずだ。




―――


 馬車が、私の屋敷の前に止まった。イザヤに、手を貸されて馬車を降りる。私はイザヤを連れて自分の屋敷に入った。


「マグノリアさん! 仕事人間の貴女がこの時間に店にいないなんて、心配で来ちゃいましたよ! ……そのお方は、お客様ですか?」


 やっぱり来ていると思った。コリンが私を見つけるなり、騒がしく喋りかけてくる。そして目ざとくイザヤを見つけた。


「この人は――」


「オレは、ライラの夫だ。今は婚約者かな?」


 私が言う前に、イザヤが発言する。


「夫? 婚約者? マグノリアさんに……?あばばばば」


「コリン!? きゃあっ!」


 コリンは白目を向いて倒れてしまった。





 イザヤがコリンを担いでくれて、ソファに寝かせて様子を見る。暫くすると、コリンが目を開けた。あのままだったらどうしようかと思ったので、安心した。


「すみません。まさかマグノリアさんが突然夫を連れてくるなんて、思ってもみなかったものですから」


「私もコリンがいきなり白目を向いて倒れるなんて、思ってもみなかったわよ」


 私は安心からいつもの口調でコリンに話しかけていた。


「……こいつ、ライラの何?」


 イザヤがいきなりコリンの顔面を掴んだ。声のトーンも心なしか低い。


「貴方こそ、誰ですか!? 俺はマグノリアさんの秘書兼使用人のコリン・アスタニールと言います。マグノリアさんの夫が名無しなわけないですよね」


 コリンが威勢よく返すと、さらにコリンの顔がイザヤの片手によって潰される。


「ふぅん、威勢いいじゃん。オレはイザヤ・エリシオン。異端審問官で、ライラの夫になる男だけど?」


「いたいいだい! 死ぬ、潰れるっ」


 コリンが悶絶し始めたので、「もうやめてください」と言ってイザヤを制止する。コリンは、ぜぇはぁと肩で息をしながら、「片手であの威力とかゴリラかよ」とぼそぼそと言っていたので、頭を殴って静かにさせた。もう、イザヤに聞かれないように気を付けなさいよ。


「エリシオンといば、公爵家の方ですね。そっかぁ……、マグノリアさんが公爵家の方。そっか……」


 コリンが通り目をし始めたので、現世に戻れるように私は「イザヤの家に、荷物を運びたいのだけど」と言う。


「使用人はどうしますか?」


「そうねぇ……。イザヤの屋敷で、私の使用人も働かせて貰えないでしょうか?」


「いいよ」


 イザヤが何故か不機嫌そうに、許可をくれる。なにか不機嫌になることでもあっただろうか。まぁいい。


「じゃあ、その連絡もしておいて。ああ、あと馬車の防衛魔法具が壊れているみたいなの、修理を頼んでおいてくれる?」


「はい」


 コリンに諸々の雑用を言い渡して、自室へと向かう。後ろにイザヤがついてきた。私の自室が見たいのだろうか?

 自室の部屋の扉を開ける。ドレッサーからお気に入りの服は運ぶように、コリンに言わなくては。私がドレッサーを眺めている時だった。



「……なんですか?」


 イザヤが私を後ろから抱きしめた。彼の大きな身体に包まれて、彼の匂いがする。爽やかで静かな香り立ちから、花のような甘い鮮やかな香りになる。ずっとこの香りに包まれては、いけない。そんな妖しさを含んだ香りがする。


「……嫉妬した」


 イザヤの腕の力が強まった。

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