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1 出会い

「素敵な帽子をありがとう、ミス・マグノリア。ぜひ、今後も貴女のお店を利用させていただきたいわ」


 豪華絢爛なソファーセットが置かれたここは、王宮の一室。そして目の前で寛ぐ、結われたストロベリーブロンドがなんとも美しいこの高貴な女性は、この国の王女殿下にあらせられる。


「もちろんですわ。今後ともメゾン・ド・リュミエールを御贔屓に」


 彼女にかしずく私は緊張を感じさせないように笑顔を作る。きっと隙がなく結われた金髪の髪が威厳と落ち着きを、細められた碧眼の目は賢さと優雅さを演出できたことだろう。



――



「王女様に気に入られて益々商会は繁盛しますね!」


 商会に戻った私を迎え入れた秘書のコリンが、盛り上がっている。私はきつかった結い髪をほどく。たしかに、王女に気に入られたことは大きい。


「王女殿下に気に入られただけじゃ足りない。私の店が社交界の流行を作る。そのためにはまだまだよ」


 私の目標は、常に更新される。行く行くは、誰も私を馬鹿にできない大商会を作ってみせるのが目標だ。


「さすがマグノリアさんです! 金髪碧眼の美貌を持ちながらにして、人気沸騰中のメゾン・ド・リュミエールの女主人! 俺、幸せすぎて反感を買わないかな」


 コリンが、目を潤めて鬱陶しい。このままさらに盛り上がられても面倒で、「早く書類を持ってきて」と投げやりに言ってしまった。コリンは、なぜかそれも嬉しそうに颯爽と書類を運びに部屋から出て行く。





「……金髪碧眼の女主人ね」


 ついため息が漏れてしまう。私の志はまだまだ半ばであるが、ここまで来るのにかかった努力を思えば、自分を慰めるためのため息くらいついてもいいだろう。自身の長く伸びた艶のある髪を指に絡める。十年前は、こんなに綺麗な髪じゃなかった。


 ライラ・マグノリアの出身は、スラムだ。母は、娼婦で稼ぎはあったがすぐに賭け事や男に使ってしまう。そして母は、私に興味がなかった。だから、私は欲しいものは自分で手に入れるしかなかったのだ。

 薄汚れて汚い金髪と淀んだ青い目の泥臭いライラは、諦めなかった。娼婦として母と同じように生きる選択をするのは、簡単だった。しかし、私は自分の力で、幸せを勝ち取りたかった。

 がむしゃらに働いて見た目を綺麗にした。見苦しく汚いと蔑んでいた人々は、手のひらを返した。店を持ち、お金を得た。人々は、私を持ち上げて擦り寄った。

けれど胸の奥ではまだ、あの泥に引きずり戻される夢を見る。


 美貌に財力、あとは――。





「マグノリアさん! お持ちしましたこちらが証明書です」


 コリンから書類を受け取り、中の文章に目を通す。これは紛れもない叙爵の書類だった。つまりは爵位を金で買ったのだ。私はもう平民ではなく、書類上は子爵の地位を持つ貴族ということ。


「コリン。今日は帰っていいわ」


 コリンは、訝しげな表情をしつつも言う通りに部屋から去った。


「あは!あはははは!」


 もうこれで毎日の悪夢に魘されなくて済む。成功すればするほど、生まれが卑しいと蔑まれている気がした。でもこれで一般市民には馬鹿にされずに済むだろう。まぁ、貴族からは成り上がりと言われるだろうが、成り上がりがまさかスラム出身だとは思うまい。


 ひとしきり笑って冷静になる。


「……はぁ、仕事するか」




 思ったよりも集中して仕事をしてしまった。最近は、王妃の対応で書類が溜まっていたのだ。身を粉にしなければ、ここまでの店には出来なかった。女が商いをするのは、大変だ。馬車に乗って、自宅まで帰宅する。王宮に居た時は晴れていたのに、天気は崩れて嵐の前触れのようだった。


 ガタンッ!


 いきなり馬車が急停止する。私が御者に何事か、と言おうと腰を上げた時だった。


「殺されたくなかったら、声を上げるな」


 馬車の扉をこじ開けた男が、私にナイフを見せつける。顔を隠した風体からして、夜盗の類だろう。命を取られては、元も子もない。私はこくりと頷くと夜盗に促されるまま、外に出る。


「おい! どういうことだ!?」


 しかし、夜盗からは驚愕の声が上がった。私がどういうことかと、夜道に目を凝らすと、そこには御者と夜盗の仲間らしき人物が倒れていた。しかも、大量の血を流して。殺したのは、どう見ても徐々にこちらに近づいてくる長身の男だった。


「うわぁ! なんだ、話が――」


 夜盗は、何かを言う前に長身の男の剣に貫かれて絶命していた。



「あーあ、汚れちゃったじゃん」


 長身の男は、目の前の死体には興味がないと言わんばかりの声色で呟く。私は、恐怖で瞬きもできないでいた。あ、と男が短く発し、私と目を合わせた。


「……大丈夫?」


 血に濡れた剣先を払いながら、男は何事もなかったかのように笑った。


「通りかかったら襲われてたからさ。つい助けちゃった」


 男が屈んで、私の顔を覗き込む。私も女性にしては背が高い方だったが、この男は私より二十センチ以上は背が高かった。そして、男は黒髪を長く編んだ髪型をしていて、腰ほどの長さがあった。男は、編まれた髪を揺らしながら、首を傾げて柔和な表情を作る。しかし、黒い目が一切笑っておらず、恐ろしい。


「あー、お礼なんだけど、もちろん善意で助けただけだから気にしなくていいぞ。……でも、外は嵐だし、オレこんな汚れちゃって……」


 男は見せつけるように、服に付いた血痕をアピールする。そして、あざとく眉を下げてみせた。絶対に、絶対にお礼目当てだ!


「……助けていただいてありがとうございます。暫くは豪華な宿に泊まれるくらいのお礼をお渡ししますので」


「えっ、お姉さんの家に入れてくれないのか? だってお姉さんの家の方が近いだろ?」


 たしかに、ここからだと街に戻って宿を探すより私の屋敷が近いのは明らかだった。うぅ寒い、と男は身震いする。私は助けてくれた恩人を邪険にするのも哀れに思って、お礼に屋敷に招くことにした。


「……分かりました。お礼に私の屋敷で、休んでいってください」


「やったー! ありがとな!お姉さん……じゃなくて……えっと?」


 男は、促すように首を傾げる。


「……ライラ・マグノリア」


「ライラか! よろしく、オレはイザヤだ」


 猫目が、怪しくニッコリと細められた。彼の目は、まるで全てを見透かすようで恐ろしくなり目を逸らす。



――



 御者が亡くなっていたため、イザヤが御者の代わりを勤めてくれた。「濡れますよ」と声をかけたが彼は「今更だろ」と笑っていた。


 屋敷に着いたのは、深夜だった。屋敷に入ったイザヤが、不思議そうに見回す。


「……何か?」


「いやな? 広い屋敷なのに使用人が出てこないから、驚いてしまった」


 この広さの屋敷を持っている主人が帰宅すれば、使用人が深夜であろうと迎え入れる。たしかに、普通ならばそうだろう。


「夜中に他人がいるのが落ち着かないので、使用人には通いで来てもらっているんです」


「危なくないのか?」


「屋敷には防衛魔法を掛けてもらっているので、悪意を持つ相手が侵入してきたら弾かれるはず……です」


 そう言いながら、私は家の防衛魔法の発動を感知できる指輪を撫でた。イザヤからはふぅん、と知りたいことが知れて興味が薄れたのか、あっさりとした返事が返ってくる。それにしても、先ほどの発言からこの男は平民ではなさそうだ。広い屋敷なのに使用人が出てこない、なんて使用人を使う立場のようだった。


 彼の素性に想いを馳せていたが、このままだと自分も彼も身体を冷やしてしまう。


「今、お風呂を用意しますから」


「うーん、でもオレはお腹が空いたな」


「でも、風邪を引いてしまいます」


 なら、と男は私の方に手を掲げた。すると、一瞬で衣服と髪に滴っていた水気がなくなってしまった。私が、目を見張っている間に男も身体を乾かしたようだ。随分と高い魔力をお持ちですこと。身体を乾かすだけのために、魔法を使うなんて、よっぽどのアホか高魔力者しかしない。イザヤが、ただの馬鹿には見えなかったので、後者だろう。


「ありがとうございます。でもこれじゃあ、雨の匂いは取れないので、後ほど湯は浴びてもらいますけどね。ダイニングはこちらです」


「もっとすごーいとか言わないのか? ちぇっ」


 不貞腐れた様子のイザヤが、私の後をついてきた。私は、彼をダイニングで待っているようにと言うと。食事を作るために、離れた。




「大したものは、ご用意できませんでしたが」


 彼のテーブルの前に、ことりと食器を置く。サラダとジャガイモのポタージュ、チキンのグリル。普段と比べたら、手の込んでいない料理になってしまった。客人をいつまでも待たせる訳にはいかなかったので、妥協した。しかし、味には納得しているので、たぶん美味しく食べてもらえると思う。


「……いただきます」


 彼が食事に手を付け始める。テーブルマナーは完璧で、綺麗な所作だ。やはり彼はただの平民ではない?


「なぁ? シェフは帰ってなかったのか?」


「? 使用人はいないとさっきも言いましたけど」


「?」


 じっと私の顔を見つめるイザヤ、暫く見つめて結論に辿り着いたようだ。


「もしかして、この料理はライラが作った?」


「はい、そうですが」


「……うそだろ」


 嘘じゃないけど。そう思っていると、外では雷が激しくなってきていた。ゴロゴロと雷がうるさい。


「うそだ!」


 ドカァーーン!ゴロゴロ!ドォォォォォォン!


「こんな胸がおっきくて、料理が上手くて、可愛い女の子いるわけない!」


 ビガビガ!ゴロゴロ!


 ちょうど、イザヤの声は雷に阻まれて聞こえなかった。本当に嘘じゃないのに、さっきから失礼な人。


「本当ですけど。朝食は、私が作るところを見て確認でもしますか?」


「えっ!? 朝食も食べていいの?」


「いやなら、食べなくても……」


 こんな素人が作った料理なんか、色々察するに平民出身ではなさそうな彼には合わないだろう。


「勝手に勘違いしないで! ライラの料理すっごく美味しかったから! なんなら、これまで食べた中で一番美味しかったよ!」


「そ、そう?」


 お世辞だとしても、褒められるのは嬉しい。


「もっと食べる?」


「食べる! てか、ライラも一緒に食べようよ。ご飯まだだよね?」


「いや、客人の貴方と一緒に食べるのは……」


「いいから! その客人が一緒に食べたいって言ってるの!」


 イザヤに駄々を捏ねられて、仕方なく一緒に遅い夕食を食べた。いつもは一人で食べる夕食だが、今日の夕食は特段に成功したのだろう。いつもよりも美味しかった。





「ふぅ! これでイイ匂いのイザヤになったでしょ?」


 お風呂に入ってきたイザヤが、渡した寝間着姿で両手を広げていた。


「イイ匂い? 私の商会の石鹸の匂いですが?」


「へぇ、イイ匂いだね。ライラと同じ匂いだ」


 そう言ってイザヤが、私の髪へと顔を近づける。


「ちょっと!私はまだ、お風呂に入ってないから、やめて!」


「あは! そういう口調もいいね。素のライラって感じする」


 イザヤが、風呂に入ってもいない私を嗅ごうとするものだから口調を荒げてしまった。


「コホン。お客様のお部屋はこちらです。どうぞ、おくつろぎください」


「えー!? いままでみたいにイザヤって呼んでよ~」


 一回も声に出して呼んだこともないのに、イザヤはそう言っておどける。ツッコもうかとも思ったが、私はそのまま部屋を後にした。



――



 温かいお湯を浴びると緊張がほぐれる。お湯に浸かりながら、今日のことを振りかえっていた。気掛かりなのは、馬車の防衛魔法が働かなかったことだ。普通であれば、悪意を持った侵入者が、防衛魔法がかかった扉に触れた瞬間に弾き飛ばされるのに。やはり、防衛魔法をかけた魔法使いが適当な魔法をかけたのだろう。商人だと思って、舐められたのかもしれない。そう思うと急に腹立たしくなって、風呂からは出ることにした。



 風呂から出たあとは自室ですぐに休んでも良かったが、イザヤのことが気になった。家の防衛魔法は、高位の魔法使いに頼んでいるから大丈夫だと思うが、念のため彼が眠っているのか確認しようと思ったのだ。


 そっと、ゲストルームの扉を開く。毛布が膨らんでいるのが見れる。イザヤはちゃんと寝ているようだ。杞憂だったと思い、扉を締めようとした。


「……うぅ」


 彼が、苦し気に呻き声を上げたのだ。イザヤの声は、だんだんと苦しそうになっていく。もしかして、イザヤも悪夢を見ているの?私は、彼にゆっくりと近づく。彼の表情は、苦し気に歪み、汗を掻いていた。


 可哀想に。私はベッドに腰を掛けて、彼が起きないように力を入れずに背中を撫でた。悪夢を見る苦しさを私は知っている。だから、今日の夕食を楽しくしてくれたイザヤも悪夢を見ずに眠れるといいなと思った。


 次第にイザヤの呼吸が落ち着いて、規律の良い呼吸音に変わる。良かった、悪夢は去ったみたいだ。私は、イザヤの布団をかけ直して部屋から出た。



――

 朝鳥の鳴き声が、すがすがしい一日の始まりを告げてくれる。私は朝食を作るために、エプロンを着けて、キッチンに立っていた。ベーコンは、弱火でじっくりと火を通してカリカリに。カブはしんなりするまで炒める。寝かせて置いた生地にカリカリベーコンとカブを乗せて、オーブンで焼く。後は待つだけ。魔道具のオーブンは本当に便利だ。

 待っている間は、新聞を読む。私の日課だ。


「おはよーライラ。なんかすっごく眠れた」


 イザヤは、血濡れから綺麗になった昨日の服装で現れた。大方、それも魔法で綺麗に血を落したのだろう。


「おはようございます。もう朝食はできてますよ」


「えーっ!? 昨日作るところ見せてくれるって約束したのに!」


 抗議の表情を作るイザヤ。なんともわざとらしい表情だ。


「約束はしてないです。朝食、いりませんか?」


「いる!」


 イザヤは、ベーコンとカブのパイを出すと目をキラキラさせる。そして本当に良い食いっぷりで完食した。


「あー、ライラの料理食べ終わっちゃった」


 イザヤがあまりにも名残惜しそうにいうものだから、本当に私の料理が美味しかったのだと信じてしまった。


「……じゃあ、私が作ったお菓子お持ちになりますか?」


「いいのか! 嬉しいな! ライラは、料理も上手だし、気が利く」


 使用人と自分用に用意していたお菓子を包み、イザヤに手渡した。イザヤは、帰り支度が終わったようで、街まで送っていくと言ったが断った。



「……昨日は、助けていただいてありがとうございました。本当に、お礼が泊まるだけで良かったのですか?」


「うん! ぜんぜん良かったぞ。それに収穫もあったしな」


 収穫とは、なんだろうか?すると、イザヤがお菓子が入った袋を掲げたので、合点がいった。


「今度は、メゾン・ド・リュミエールに来てくださいね」


「ああ、また会おうな!」


 そう言ってイザヤは大袈裟に手を振って去っていった。嵐のような男だったなと、屋敷に一人になって思う。昼に使用人が来るまで、今日はゆっくり休もう。そう思っていた。



――



  私が自室で休んで二、三時間経った頃、防衛魔法が発動したのが指輪から分かった。私は窓から慌てて様子を探る。弾かれたのは、格好からして王国兵士だった。王国兵士がなんの用で、防衛魔法に弾かれてしまったのかと外に出た。


「くっ! やはり……」


 王国兵士二人は、ぎろりと私を睨みつけた。そして王国兵士は、封蝋を割った書状を読み上げる。その声は、冷たい鉄のように響いた。


「ライラ・マグノリア。お前を――魔女として、連行する」

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