俺は恋をしている。
静かな空間。
俺は大好きな読書をしている。
静寂の中、ページをめくる音がかすかに聞こえる。
ここは、田舎町にある図書館。
俺は毎週土日は、ここに来て読書をしている。
俺は憎い!
この図書館で働く司書達が。
毎日本に触れ、次読みたい本を仕事中に吟味する。
それが可能な奴らが俺は、
憎い・・・。
ただ、1人を除いて。
俺は、緒川 凪。
IT系の企業に勤め、人と関わらない部署で働いている。
名前の通り、口数の少ない大人しい人間だ。
背は高いし、顔もそこそこいいと言われるが、俺の中身を知ると、誰も好きになったりはしないだろう。
面白みのない、空っぽで、大人しい性格。
わかっている。
わかっているから、これまで恋なんかせず、読書に打ち込んできた。
だが、今、
この図書館。
俺の聖域を、
俺の心を、
1人の女が荒らしている。
その女は、
この図書館の司書、
森山さんだ。
なんで名前が無いかって?
名字は胸の名札を見た。
名前は、俺なんかが知る由もない。
彼女は、この春、突如として現れ、
俺の心を鷲掴みにした。
読書の効率は以前の半分以下だ。
本よりも森山さんを見ている時間の方が長い気がする・・・。
まるでストーカーだ。
だが、彼女がやってくる前から、
俺は毎週、この図書館に通っている。
悪いのは彼女だ。
俺じゃない。
俺は、図書館の司書達を恨めしいと思いながらも、彼女だけは憎めないのだ。
そして、彼女を見つめる視線、
それは、一つ・・・ではない。
俺以外に2つ。いや多い時は、3つ、4つ。
彼女が現れてから、この図書館には、
同年代の男が数人、毎週現れる様になった。
彼らは、彼女に声をかけるでもなく、
直視するでもない。
ただ、俺が彼女に近づくと、
高確率で邪魔をしてくる・・・気がする。
そして、今日は待ちに待った土曜日。
図書館の開館時間から、
俺はこうして彼女の見える席に座り、
本を読みあさる。
「あー。今日も充実した1日だった。」
俺は小さく呟く。
今日は、口座に給料が振り込まれているはず。
帰りに居酒屋でもよるかな。
俺は立ち上がり、今日借りるつもりだった本を手に、受付カウンターへ向う。
よしっ!誰もいない。
受付カウンターに二人座っている。
俺は、森山さんの方へ真っ直ぐ向う。
っと、まただ。
俺の行手を遮る様に、1人の男が乱入。
森山さんに本を渡す。
「この本借ります。」
男は、こちらをチラッと見た。
そんな気がした。
「お待ちの方、こちらへどうぞ。」
もう一人の受付の司書が俺に声をかける。
ありがた迷惑だ。
そう思いながら、俺は本を手渡した。
今日も、森山さんとの接触は叶わなかった。
俺は、名残惜しさをかかえながら、
図書館の出口に向かった。