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第9話 銀狐、治療される 其の二


 説明しながら白霆(はくてい)は薬包紙の包みを開けた。中に入っていたのは黒い色をした小さな丸薬だ。


  

「この薬は媚薬の『激化状態』を弱めて鎮静化させるものです。ですが貴方は短時間に二度掛けられ、しかも少し口にしてしまっている。効きが悪いかもしれませんが、飲まないよりはいいかもしれません」


 

 (こう)は少しばかり戸惑った。

 小康状態という表現を白霆はしていたが、まさにその通りで晧の心の中に冷静な部分が生まれている。『媚薬』という薬で痛い目を見ているのだ。それを弱める薬だと目の前で差し出されても、信用出来る要素がないのだ。

 では何故、彼に自分は身体を預けてしまったのか。

 冷静な今の内に答えを見つけ出そうと、じっと白霆の銀灰の瞳を見つめた刹那。

 

 

 ──どくり、と。



 心の臓が、大きく鳴った。

 どくり、どくりと嫌な脈の打ち方のする鼓動が、酷く五月蝿い。

 やがて足元から頭の先まで、舐めるように這い上がってくる熱い快楽に。


 

「……っ──ああぁっ……!」


 

 晧は艶声を上げた。

 身体が熱くて仕方がない。熱さを逃がしたくて息を吐いているというのに、吸い込む空気すらも熱い気がして、嫌でも身体が昂っていくのが分かる。

 だが身体がもうずっと痺れていて、全く言うことを聞かない。甘い息を吐きながら晧は、喘ぎ呻いては手を何とか動かそうとする。だがやはり動かない。


 

「……申し訳ございません、貴方に薬を飲ませます」


 

 白霆の声を意識のどこか遠くで聞いた気がした。

 気付けば身体を起こされて、背中を白霆の胸に預けるようなそんな体勢になる。

 すっぽりと収まってしまう自分の身体。

 ふわりと彼から香るのは、思わず懐かしいと感じてしまう香りだった。昔にも嗅いだことのあるような、本能的にとても安心してしまう香りだ。

 一体自分はどこで嗅いだのだろう。

 頭の中を快楽に冒されながらも、晧はすんすんと鼻を鳴らしながら、白霆の胸に顔を寄せる。

 そんな晧の(おとがい)に触れて、くいっと上を向かせる優しい手があった。

 すぐ目の前に白霆の顔がある。

 初めて見る男の顔だというのに、初めて会ったような気がしないのは何故だろう。

 そんなことを思っていると、白霆の形の良い薄い唇が、しっとりと晧の唇と合わさった。

 口腔に流れてくる水と小さな丸薬を、晧は喉を鳴らして飲み込む。

 唇が離れると、白霆の穏やかな銀灰が視界に入った。


 

「ちゃんと……飲み込めましたか?」


 

 先程よりもどこか低く掠れたような優しい白霆の声に、晧はまるで子供の時分にでも戻ったかのように、こくりと頷く。

 接吻(くちづけ)は初めてだった。

 今日会った誰とも知らない者と唇を合わせたというのに、不思議と晧は不快に思わなかった。柔らかくて甘くて、寧ろもっと欲しいと感じてしまったのは、全て媚薬の所為だと心内で言い訳をする。


 

(……全部、この男の)


 

 匂いがいけない。

 懐かしいと思わせる、この匂いがいけない。


 

「これで少しは貴方の苦しみが軽減されれば良いのですが……ただ……」


 

 白霆は晧を再びゆっくり寝台に寝かせると、卓子(つくえ)の上に置いてある布巾を手水(ちょうず)に浸して絞る。

 前髪を上げて、額に置かれる布巾が冷たくて気持ちが良いい。



「この薬を服用しても再び『激化状態』に戻るようでしたら、今度は幾度か熱を発散させなくては、ならなくなります。『()()()()()()の繰り返しだけでは媚薬は中々抜けず、何よりも心の臓の負担が大きいのです。どうか心積もりを」



 熱を発散させる。



 その意味をぼぉうとする頭でようやく理解出来た時、再び足元から這い上がってくるかのような官能に、晧は息を荒くして身を震わせた。

 身体の動かない自分の熱を、どう発散させるのか。

 想像をするだけで、頭の中が煮え滾りそうだった。

 だがしばらくして薬が効いたのか、頭の中をまるで蹂躙するようだった色欲への渇望が、すっと消えていく。

 だが身体はまだ動くことがままならない。

  

   

 

 

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