第5話 銀狐、魔妖狩りに遭う 其の一
翌朝、城下街を出発した晧は、南に向かって歩いていた。山までの道のりは街道と呼ばれる、大小様々な大きさの石を地面に埋め込んだ石畳の道を歩いて行けば、特に迷うことはない。
城下街からしばらくは、なだらかな平原が続くが、一日も歩けば大きな森にぶつかる。愚者の森という名前の、多種多様な魔妖達の住処だ。故郷でもある銀狐の里も、この広大な森の中にある。
道中の朝市で晧は、頭巾の付いた外套を購入した。これから行くもうひとつの街は、愚者の森を抜ける為に旅人が支度をする為の街だ。そして何よりも里から一番近い大きな街でもあるのだ。銀狐は里からあまり出ることはないが、それでも月に一度は入用の物を買い出しに街に出たりする。街で里の者に顔を見られてしまったら、それこそ厄介だ。
姿を変えることが出来ればいいのだが、生憎とそこまでの妖力が晧にはなかった。転変といって人形から本性でもある狐に、そしてまた人形になることが精一杯だった。姿を丸々変えることが出来るのは、それだけ『力』のある証拠でもあるのだ。
夕暮れ近くになって晧は、ようやく街に到着した。頭巾を深く被って街の大通りを歩く。だが昨日訪れた城下街とは違って、人はまばらで開いている屋台も少なかった。
ここに来て晧は、自分がこの街の特徴を失念していたことを悔やむ。
愚者の森が近いこの街は、日が落ちるのと同時にほとんどの店が閉まるのだ。
森を住処としている魔妖は夜に行動する者が多い。特に知性のない獣に近い小物の魔妖は、夜になると森から出て来て街の近くまで徘徊する。
銀狐である晧にとって小物の魔妖など、睨み付けるだけで去っていく何でもない存在だ。だが人にとっては脅威なのだろう。
日が落ちるのと同時に閉まる店には、宿も含まれている。晧は空いている宿探しに奔走した。街の入り口近くの宿に入ったが、当然のことながら満室。旅人同士数人が身を寄せ合う相部屋も満室の有り様だった。
他に宿があるか聞いてみたところ、街外れの森に近いところなら空いているかもしれないという情報を貰った。ここで駄目なら、森に入って木の上にでも登って野宿するしかない。
「……こんなことなら、城下街出てすぐに銀狐に戻って走れば良かったな」
そうすれば人形よりは早くこの街に着いたはずだ。
ため息をついて晧は満室と言われた宿を後にし、街外れに向かう。
歩く晧の、長い長い影が道に落ちていた。
石畳の街道を晧はひたすら駆けた。
だんだんと店の数は少なくなり、建物自体も少なくなっていく。歩く人の影すらない。果たしてこの先に本当に宿などあるのか。そう思っていると、遠い視線の先に建物の集まりがあった。すぐ近くにはもう愚者の森の木々が見えている。
本当に街外れなんだなと晧は思った。
確かに主な街の店通りから離れている為、この宿なら空いているかもしれない。
晧は走る速度を上げた。
日がもうすぐ沈む。沈んでしまえば宿が閉まってしまう。
決して夜や野宿が怖いわけではない。だが旅の初日で紫君との約束を破ってしまうのは憚れる。
ふと。
何か違和感がして銀狐は立ち止まった。
銀灰黒の耳をぴんと立てて、辺りを伺う。
先程走っていた時に、自分以外の足音が聞こえた気がしたのだ。そして僅かに感じていた気配が、不自然なほどにぷつりと途絶えた。
「──出て来いよ。そこにいることは分かってるんだ!」
晧の声に、ぶわりと殺気立つ気配がある。
その数は、三。
晧を取り囲むようにして現れたのは、黒衣を身に纏った男達だった。
彼らは武器らしいものを持っていない。だが明らかに自分に向かって殺気を飛ばしている。
(……暗器使いかそれとも術者か)
どちらも厄介だったが暗器使いならば、自分の耳が役に立つ。武器を取り出す際の僅かな物音と気配の揺れで行動が読める。だが術者ならかなりの苦戦を強いられることになる。魔妖に対抗できる『力』を持つのが、真竜の『力』を借りた術者だ。手練れになると『力ある言の葉』だけで魔妖の動きを止め、従わせることが出来るのだという。
男のひとりが二本の指を立てる。剣を表す所作に晧は、瞬時にこの男が術者であると理解し、息を詰めた。
(──あれは……!)
術者の男が填めている手甲に施されている紋様に、晧は心当たりがあった。
(魔妖狩りの連中だ……!)
文字通り魔妖を狩り、毛皮や角や牙、希少な翼などを売り捌く者達のことだ。また人形の執れる幼い魔妖や、見目麗しい魔妖などを攫って、金持ちの好事家達に売るようなこともしているという。
「……攫って来いとの命令だ。傷を付けるなよ」
「是」