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第49話 銀狐、覚悟する



「……っ!」


 

 気付けば(こう)の背中を強く抱き締める、強い腕があった。ぐっと白竜の身体に引き寄せられて、彼のたくましい胸に頬が触れる。


 

「──晧……っ!」


 

 甘く名前を呼ばれるのが、気恥ずかしくも嬉しい。

 彼の身体から放たれる、春の野原の草花のような香りを堪能しながら、晧は白竜の背中に腕を回した。

 すると背を抱く力が更に強くなる。

 その力強さが愛おしい。

 苦しいほどに抱き締められることが、こんなに愛しい。

 どれだけそうしていただろう。

 少しばかり身体を離して晧は、白竜を見た。

 灰銀の瞳と、灰銀の長い髪。

 まるで氷のように冷たい印象しかないと思っていたものが、今は宝物のよう。


 

「……白竜(ちび)、好きだ」


 

 晧の言葉に灰銀の瞳が揺れる。だがすぐに白蜜のように優しい目で、晧を見つめ返す。


 

「私も……貴方が好きです。やっと……捕まえた」


 

 吐息が唇に触れる、そんな近い距離で囁かれて、晧の胸は高鳴って仕方がなかった。


 

「晧……」


 

 その声に、色付いた唇に誘われるかのように、お互いに口付ける。濡れた音を鳴らして離しては、啄むような接吻(くちづけ)を繰り返して、名残惜しそうに晧の下唇を甘噛みして、白竜の唇が離れる。


 

「……ところで晧は、婚前交渉は大丈夫なんでしょうか?」

「は? そんなの今更だろうが……、あ……」


 

 しゅるりと腰紐が緩められたと思いきや、白竜の熱い手が旅装束の中を進み、晧の上半身を撫でる。直に触れられる感触に、力が抜けそうになるのを何とか耐えた。


 

「いえ……里にそんな掟がなかったかと思いまして」

「あってもそんなに……っ、厳しくないものだから。仮に掟で駄目だって言ったら、ここで我慢するのか? 白竜(ちび)

「……無理ですね」

「んっ……だろう……?」


 

 上半身を弄る手の動きによって、晧の衣着の合わせ目が緩む。露わになった白い肩が外気に晒される感触に、ふるりと身体が震えた。


 

「寒い……?」

「大丈夫だ……白竜(ちび)


 

 寧ろ触れられているところから、肌が猥りがましい熱を帯びているようで、熱くて仕方ない。まるで白竜の手から伝わる体温に、酔わされているかのようだ。

 その狂おしいまでの熱をどうにかして欲しくて、白竜(ちび)と繰り返し名前を呼ぶ。

 ふと晧は思った。


 

(──そういえば……)

 

 自分は彼の名前を知らない。  

 『白竜(ちび)』は彼がまだ幼竜の時に付けた、云わば愛称だ。彼が姿を変えていた時に名乗っていた名前もあるが、本当の正体を隠していたのだ。


 

「なぁ……白竜(ちび)。『白霆(はくてい)』は偽名だろう? 本当の名前、教えてくれないか?」


   

 (こう)の言葉に白竜の手の動きが止まる。

 驚いているような、信じられないものを見るような彼の表情に、晧は首を傾げた。


 

「──『白霆』です」

「……へ?」

「だから……白霆です」

「──……へ!?」

「まさか晧……貴方……」

「い、いやいやだって昔からずっと『白竜(ちび)』って呼んでたし!」

「貴方の言う『昔』初めてお会いした時に名乗りましたよ。ただ幼竜の時は、意志疎通の思念を発するのが慣れていなくて、貴方のご両親が私の代わりに伝えて下さいましたが」


 

 にっこりと白竜が笑う。

 だが目が笑っていないことに気付いて、晧の背筋を冷たいものが伝った。

 竜形の真竜は言葉を発することが出来ない。その代わり思念のようなものを発して、頭の中に直接言葉を伝える方法で意志疎通を図る。確かに白竜が幼竜の頃は、脳に伝わってくる言葉が極僅かで、ずっときゅうきゅう鳴いていた。

 そういえばと晧は思った。

 初めて白竜を紹介された時、両親は確かに言っていた。

 白竜の名前を。 


 

「いや、その……悪い。あまりにも綺麗で小さくて可愛い白竜が目の前に現れて、自分の将来の許婚竜(いいなずけ)だって紹介されたんで、見惚れて聞いていなかった……と思う」

「……っ」


 

 晧の言葉に思わず息を詰めた白竜……白霆は刹那の内に大きくため息をついた。


 

「婚儀の相談の時で里にお伺いし、初めて貴方に人形(ひとがた)を披露した時にも名乗りましたよ」

「あ──……」


 

 そういえばそんなこともあったなぁと、晧はしみじみ思う。

 あの時は確か……。


 

「あ……あの時はお前の人形(ひとがた)に見惚れ……い、いや、お前からどう逃げようかって考えてて……」


 

 白霆が名乗ったことも全く気付いていなかったし、聞こえていなかった。

 再び白霆から大きなため息が洩れる。


 

「……悪かった、白霆」

「──許しません」

「……っ!」


 

 肌に触れていた白霆の手に腕を掴まれたかと思うと、そのまま彼の胸に引き寄せられる。横に倒されながら、気付けば白霆に組み敷かれ見下ろされる体勢になった。

 先程まで優しかった灰銀の瞳に、ぎらついた焔が灯る。

 それは初めて彼を見た時と同じもの。

 ぞくぞくとしたものが尾骶から背筋に這い上がってくるが、晧はもうこの感覚も彼の瞳ももう『怖い』とは思わなかった。


 

(……だってこれは)


 

 お互いがお互いを欲しがっている証のようなものだから。


 

「……許しませんよ、晧。貴方が私の腕の中で啼きながら、私の名前を何度も呼んで下さるまでは」

「──はく……てい……」

「そう、私の名前を呼びながら、私の為に啼いて下さい。ちなみに……」


 

 白霆がぐっと腰を押し付ける。


 

「あ……」


 

 擦り付けられるその感触に、晧は弱々しく(かぶり)を振った。


 

「先程の答えですが、あの『白霆』の姿より、今の『白霆』の姿の方が、ほんの少しばかり大きいのですので」

「──へ?」

「先程から散々私のことを煽っていた自覚ありますか? ないですよね? ──どうぞお覚悟を、晧」

     

 

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