表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/50

第47話 銀狐、向きあう 其の四



 何も悪くないのに泣いて欲しくなくて、目蓋に、涙の跡に接吻(くちづけ)を落とす。


 

「お前は何も悪くない。悪いのはお前の気持ちを考えずに逃げた俺だ」


 

 紫君(しくん)とその番以外、誰にも知られずに自分の心と向き合う為の『逃げる』旅だった。覚悟を決める為の旅だった。それでも帰るのは銀狐の里だと、白竜の元だと決めていた。

 紫君の作った式が見破られるなど、思ってもみなかった。そしてまさか白竜がこんな想いを抱えながら、姿を変えて自分を追い掛けてくるなど想像もしなかったのだ。


 

「悪かった……白竜(ちび)


 

 そう言って(こう)は愛しい気持ちのままに、触れるだけの接吻(くちづけ)を白竜の唇に落とす。気付けば白竜の腕が晧の細腰を抱き締める(さま)に、晧はひどく安堵した。

 拒まれてしまったら、耐えられない。

 だが白竜はそれこそ、あの婚儀の相談の場から同じことを思っていたはずだ。


 

「ごめん……」


 

 唇を離して吐息混じりにそう呟きながら晧は、白竜の上に腰を下ろした。腰に回されたままの白竜の腕が、丁度尻尾の上部辺りで手を組む。

 白竜の気持ちを考えたら、触れられていることが堪らなく嬉しいなどと、思ってはいけないはずだ。だがどうしても嬉しくて、ぱたぱたりと銀灰黒の尻尾が動く。


 

「……お聞きしてもいいですか?」


 

 涙の止まった白竜の、真摯に自分を見つめる瞳に晧はこくりと頷いた。


 

「どうして……私から逃げようと?」

「……っ」


 

 晧はじっと白竜を見つめたあと、再びあからさまに視線を逸らした。何故姿を変えて自分を追い掛けて来たのか、白竜がここまで話してくれたのだ。だから自分も話さなくてはと思うのだが、理由が理由なだけに言い淀む。


 

「私の人形(ひとがた)が怖かった……?」

「……」


 

 無言のまま晧が首を横に振る。

 確かに怖いと思った。だが白竜が思っている『怖さ』とは、また違うものだ。きっとこの怖さは強い者に隷属する、本能的な悦びに屈服することへの怖さだ。

 そして何よりも一番が……。


 

「晧……私はですね、貴方が南の国にいる友人に会いに行くと聞いた時、その方が……貴方の本当に好きな方なのではないかって思ったんです」

「え……」


 

 晧は耳を疑った。

 逸らしていた視線を白竜に向ける。


 

「私は貴方が思う私とはかけ離れてしまったし、幼竜の時も臆病で貴方の後ろを付いて行くことしか出来なかった。だからその方に会うために、私から逃げたのではないかって思っ……」

「──違う! そうじゃねぇ! 第一、かけ離れてねぇよ! それにお前は臆病じゃない。臆病だったらあの時俺が熱を出したことで、薬の知識が欲しいって言って、麒澄(きすみ)に弟子入り志願なんて出来ねぇよ」


 

 ここまで言って晧は、ふと気付く。


 

「……ってもしかして『白霆』の姿で俺を口説くって言ったのは……!」

「──その方よりも私の方が『いい男』だと思って頂きたくて」


 

 どこかしゅんとした様子の白竜に、晧は悩ましさと呆れの混ざったような深いため息をついた。まさかそういう方向で勘違いされるとは、夢にも思わなかったのだ。


 

「ああ……違う、違うんだ。確かにお前から逃げたのは事実だけど、ちょっと考える時間が欲しくて。……紫君(しくん)に教えて貰った宿に行くついでに、数度しか越えたことのない山越えの経験も積みたかったんだ。けど普通はそんな軽い理由で山越えなんてしないだろうから、いもしない『南の国にいる友人に会いにいく』っていう理由を作ったんだ」

「……いない、のですか……? 南の国にいる友人が……?」

「いない」   

「では何故私から……?」

「──っ」


 

 途端に晧が言葉を詰まらせた。

 だが黙ることによって妙な勘違いが起きてしまって、拗れてしまうのなら素直に話してしまった方がいい。

 そう思うのだが。


 

「理由があるのなら知りたいです……晧」

「……」


 

 白竜の言葉に後押しされて、晧はそれはそれは腹の底から這い出るかのような、深いため息をついた。

 思うことはたくさんある。

 もうそれを全部この男に、ぶつけてしまってもいいのかもしれない。

 晧は白竜の眠衣の合わせ目を両手でぐっと掴むと、白竜を自分の方へと引き寄せる。


 

「──ずっとずっと、可愛い可愛いって思ってた年下の小さな白竜が、いきなり体格もいい見目もいい、好みの雄竜になって現れたらびっくりするだろうが!」

「えっ……こ、う……?」

「しかも、絶対俺のことを抱くんだって言わんばかりの目で見られて!」

「えっ……」

「お前体格いいから絶対アレもでかいだろうし……怖いし……! だからちゃんと自分の気持ちが落ち着くまで旅に出ようって……」

「……」

「なぁ! お前のお前のアレ……その……『白霆(はくてい)』の時と……その……──って、やっぱいい何でもない、何も聞いてない!」


  

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ