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第43話 銀狐、安堵する




(ああ……)


 

 あの時の男だと(こう)は思った。

 婚儀の相談の時に現れた、自分よりも遥かに体格の良い、冷たい焔を宿したような灰銀の目を持つ男。

 彼に視線を送られた瞬間、ぞくぞくとしたものが背筋を駆け抜けたことを、今でも覚えている。

 

 自分を屈服させ、食らい尽くす雄だと。

 自分の胎内を、剛竜と化した雄蕊で蹂躙する雄だと。

 

 本能的な恐怖を感じて自分は、この男から逃げたのだ。

 だが今だから思う。

 あれは『恐怖』ではなく『戸惑い』だ。

 勿論、体格の良い男のアレを受け入れることになる恐ろしさもあった。 

 だが一番は、ずっと可愛い可愛いと思ってきた年下の許婚竜が、成竜になって人形(ひとがた)を成した途端、雄の目で自分を見てきたことに対する戸惑いだった。

 不思議なことに今はもう、あの時のような恐ろしさや戸惑いは感じない。


 

(……でも……)


 

 晧の中に全く別の種類の戸惑いが生まれつつあった。


 

(今から……俺、白竜(ちび)に薬、飲ませる、のか……?)


 

 酔血払いの薬を。

 戸惑いは、一気に緊張へと変わった。


 

「──っ!」


 

 同じ人物だ。

 姿が変わっただけだ。

 先程まで薬を飲ませていたというのに、人の気配から真竜の気配に変わってしまった所為で、今から初めて接吻(くちづけ)をするような気分になってしまう。

 晧は震える手を鼓舞するかのように、一度ぎゅっと拳を握り締めた。そうして深く呼吸をして震えが止まるのを待ってから、緑色の小瓶の蓋を開ける。

 先程と同じ要領で少量を口に含んでから、白竜(ちび)の口に薬を送り込んだ。


 

(あ……)


 

 唇が触れ合う。

 同じだ、と晧は思った。

 優艶な薄い唇の柔らかさが、全く同じだと。

 緊張で張り詰めていた身体が途端に緩む。

 こくりと白竜(ちび)が薬を飲んでくれたというのに、この唇から離れて薬を含む時間すら惜しいと思ってしまうほど、離したくないと思う自分がいる。

 

 あとほんの少しだけ。

 少しだけ触れ合っていたい。

 そうしたら離れるから。

 

 晧がそんなことを思った時だ。

 まるで応えを返されるかのように、舌を僅かに舐められて晧は思わず顔を上げた。


 

 灰銀の目と視線が合う。


 

 あの時見た、冷たい焔は一体どこに行ったのだろう。

 蕩ける白い蜜のような優しい瞳で見つめられて、嫌というほどに胸が高鳴った。まるで彼の熱がうつってしまったかのように、顔が熱い。


 

「……くすり、飲ませて下さらないんですか……?」

「あ……」 


 

 声も口調も同じだ。

 もしかしたら『白霆』は『白竜(ちび)』の素の部分そのままだったのか。

 考えようとした思考は白竜(ちび)の言葉で霧散する。


 

「飲ませて……晧」

「──っ!」


 

 どうしようもなく気持ちが昂って仕方なかった。

 晧は小瓶に残った薬を全部口に含むと、白竜(ちび)に齧り付くかのように口付けた。こくこくと喉を鳴らして薬を飲む彼の姿に、言い様のない庇護欲と劣情が生まれてくる。

 やがて口の中の薬がなくなって、晧が僅かに唇を離した刹那。

 唇ごと食らい付くかのような接吻(くちづけ)が降りてきて、晧はびくりと身体を震わせる。だが気の遠くなるような気持ち良さに、いつしか二人はお互いに貪るように接吻(くちづけ)を求め合ったのだ。 

 

   

 

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