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第36話 銀狐、縁を思い知る 其の三



 

          ***

   

  

「──え」


 

 (こう)は飛び起きた。

 何が起きたのか分からなかった。

 いま自分のいる場所すら、分からなくなって戸惑う。

 知らず知らずの内に、詰めてしまっていた息を吐き出して呼吸を整えれば、少しずつだが晧は落ち着きを取り戻した。


 

(そうだ……昨日は)


 

 霽月(さいげつ)の家の離れに泊まらせて貰ったのだ。

 そのことをようやく思い出して、晧は隣の寝台を見る。

 すでに白霆(はくてい)は起きてしまったのか、寝台は蛻の殻だ。

 だが今は白霆がいなくて良かったかもしれない。

 もしここにいれば何も考えなしに、問い詰めてしまったかもしれない。


 

「……まさか、そんな……」


 

 有り得ない。

 有り得ないというのに、あの香りをどう説明すればいいのか分からない。

 たかが夢だ。

 しかも覚えのない記憶だ。

 だが部屋に残された香りが少しずつ、記憶を断片的に引き連れてくる。

 あの時、熱出したことは覚えている。白竜(ちび)が寝台のそばにいたことも覚えている。

 その理由があの夢の通りなのだとしたら。

 白霆は……。


 

「──晧?」


 

 呼ばれて晧はびくりと身体を震わせながら、敏速に声のする方を見た。

 すでに着替えを終えた白霆が、引き戸を開けて部屋の中に入ってくるところだった。彼もまたびっくりした表情で晧を見ている。


 

「……おはようございます。どうしました? 晧」

「──っ、いや何でもない。おはよう」

「朝餉の用意が整ったと、家の者が教えて下さいました。行きましょう」

「……着替えたらすぐに行く。先に行っててくれないか?」 

「部屋の外で待っていても? 一緒に行きましょう」


 

 白霆がにこりと笑って、そんなことを言った。

 これ以上強く言う理由もなくて、わかったと応えを返す。白霆が部屋を出て、引き戸を閉めたのを確認してから、晧は深い深いため息をついた。

 眠衣を脱ぎ、いつも着ている旅装束に着替えながらも、晧の頭の中は色んな感情が入り混じる。

 全てが憶測でしかない。しかも根拠が曖昧な記憶と泡沫のような夢だ。だが自分の思っていることが真実なら、この香りと霽月の言っていた縁に納得がいく。


 

(……話を、しよう)


 

 順調に旅路が進んだなら、今晩は紫君(しくん)が勧めてくれた温泉のある宿に辿り着くだろうから。


 

(そこで、ちゃんと……話をしよう)

  

  

 晧は寝台を整えると、眠衣を綺麗に畳んでその上に置いた。

 いつも通りを装って部屋の外で待つ白霆に声を掛ける。

 どこかいつもと違う彼の表情に、晧は安心させるように微笑んでみせたのだ。   

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