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第35話 銀狐、縁を思い知る 其の二



 (こう)は絶句した。

 思わず震えてしまいそうになる唇を噛み締めてから、言葉を紡ぐ。


 

「それは……天から定められているということか……?」

「こんな(えにし)()たことがないから、確かなことは言えないけど…恐らくはそうなんだろうね」

「俺の縁は、誰と繋がってるって……?」


 

 答えは知っているようなものだった。

 話の流れからして、たったひとりしかいない。

 赤子が生まれる前に霽月(さいげつ)は、少しだけだが話をしていたのだ。

 それでも聞いたのは確実な答えを目の前に晒されて、突き付けられたかったのかもしれない。

 天から定められた縁を持つ者の名前を。





  

「──白霆(はくてい)だよ、晧」 

    


 

 

          ***


 

 霽月の部屋を辞した晧は、湯を貰い、離れに続く渡廊をとぼとぼと歩いていた。


  

 ──これだけ縁の強い二人なんだから、しっかりと話し合いなよ。


 

 霽月から掛けられた言葉が、頭の中に浮かんでは消えていく。自分は彼女に何と返しただろう。そうだなとか、話し合ってみるよとか、そんな当たり障りのない言葉を言った気がする。察しの良い彼女はきっと気付いただろう。

 晧に全くその気がないことを。

 確かに彼から離れたくないのだと、本能が叫んでいた。

 だが縁の話を聞いて、色んな想いが冷え始めたのは事実だった。

 次期長の証である紋様を持った銀狐が生まれてくると、数年後に必ず番となる同じ紋様を持った真竜が生まれてくるという。

 それこそがまさに天の采配であり、天から繋がる縁なのではないだろうか。 

 本来ならその相手は白竜(ちび)だ。

 心という水面に冷水を落とされて、その波紋がじわりと広がっていくのを、ただ見ていることしか出来ない。

 どんなに縁が強く繋がっていても、どんなに離れたくないと思っていても、この旅が終われば別れがやってくる。


 

(……元々その予定だったはずだ……!)


 

 なのにどうして心はこんなにも、痛みを訴えてくるのだろう。 

 やがて離れの部屋の前に辿り着く。

 そっと引き戸を開けて中に入れば、卓子(つくえ)と二つの寝台が目に入った。寝台のひとつに膨らみがある。

 白霆(はくてい)はもう寝台に入って、眠っているようだった。 

 丸い形をした紙灯籠が卓子の中央に灯されていて、時折ゆらりと影が揺れている。

 そして彼の端正な顔にも、大きな影が落ちる。

 駄目、だった。

 白霆の顔を見た途端に、心の奥底からせり上がってくる本能的な想いがある。

 あの重みと温かさを腕に抱いた須臾(しゅゆ)に、漠然と感じていたものがいま、はっきりと示された。


 

(──ああ、俺は)


 

 この男の子供を孕みたいのだ、と。

 この男の子供を生み、育てたいのだと。


 

「白霆……」


 

 彼の存在に引き寄せられるかのように、白霆の眠る寝台の際に座る。そして上から覗き込むようにして白霆を見れば、巧緻でどこか凛とした顔が目の前にある。

 この顔が優しく笑むのを知っている。

 時に男の顔を覗かせることも知っている。

 晧、と耳心地の良い声で呼ばれるだけで、心と本能は自然と喜びに満ちるのだ。


 

「白霆、俺はお前が……」


 

 晧は更に顔を近付けた。

 ふわりと薫る、春の野原の草花のような瑞々しい香りに誘われるかのように、晧は白霆の薄い唇に口付ける。

 まさにそれは自分の心の中で、区切りを付ける為の儀式だった。今のままでは白霆にも白竜(ちび)にも不誠実だ。

 自分が代わりの式を置いて逃げたことなど何も知らないまま、婚儀の日を城で待つ白竜(ちび)がいる。しかもいまは遊学として同じ城にいるのだ。もしかしたら、身代わりの式の自分と、何かしら話をしたのかもしれない。この接吻も、この男の子供が欲しいと思ってしまった心も、白竜(ちび)にとって裏切り以外の何者でもないというのに。


  

(……だから、これで……)


 

 これで、もう終わりだ。

 軽く音を立てて唇を離すと、晧は白霆の眠る寝台から降りて、隣の寝台へと潜り込む。

 あの香りに包まれたいと、温もりに包まれたいと慟哭し始める心を、晧は腿の内側を思いきり抓ることでやり過ごしたのだ。


  

           ***

 

 

 きゅうきゅうと、幼竜の泣き声が聞こえる。

 ああまた、あの夢かと意識のどこかでそんなことを思う。

 全身を包み込む白い霧のようなものからは、春の野原の草花のような瑞々しくも甘い香りがした。優しい香りに包まれていると、やがて身体中にあった激痛が跡形もなく消え去る。動くこともままならなかった身体が、何の痛みもなく動くのだ。

 それはまさに真竜が持つ、奇跡とも言われている神気の『力』だった。

 ありがとうと晧は白竜(ちび)に言おうとした。

 お前のおかげで動けるようになったと。

 さあ、一緒にこの果実を食べようと。

 だが起き上がろうとした刹那の内に、目の前が急に真っ暗になる。

 次に気が付いた時には、寝台だった。

 体中が熱くて意識が朦朧とする。

 寝台の際で心配そうにこちらを見ている白竜(ちび)に、大丈夫だと言ってやりたいのに、出るのは熱い吐息ばかり。


 

『──……い。あら、ここにいたの? ──……い』


 

 ああこの声は、母だ。

 母が白竜(ちび)の名前の呼んでいる。


 

『晧は大丈夫よ。少しね、神気に反応しすぎて熱が出ちゃっただけだから、すぐによくなるわ。──ううん、違うわ。貴方の所為ではないのよ。貴方は晧の怪我を治してくれた。ありがとう、──……い』 

 

         

  

 

 

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