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第32話 銀狐、助ける 其の三



「えに、し……?」

「私の先祖に人や魔妖、竜の巡り合わせの(えにし)を『光の糸』として()ることの出来た人がいたみたいでね、私はいわゆる先祖返りさ。私にはあの変わり者の弟子と(こう)が……」


 

 何を言われるのかと晧が身構えたその時だ。

 霽月(さいげつ)の顔が痛みで歪む。ぐっと息を詰めて痛みを我慢している様子に、晧は先程白霆(はくてい)がしていたのと同じように、霽月にゆっくりと息をするように促した。

 痛みの間隔は白霆の言う通り、徐々に短くなってきている。気付けば晧は霽月に片手を縋るように、ぎゅっと握られていた。


 

「霽月、もうすぐだ。すぐに白霆が村の人を呼んできてくれるから……!」 


 

 痛みを逃しながら息を詰めずに、懸命に呼吸をする霽月を見て、晧は声を掛けずにはいられなかった。共に同じように呼吸をして、何度も彼女を励ます。

 想像もつかない痛みだ。

 だが自分も近い将来に経験する痛みだ。

 こんな風に自分は人の言うことを聞いて、呼吸など出来るのだろうか。痛いことが苦手な自分は、痛みで暴れてしまうのではないだろうか。


 

 ──ほら、ゆっくり呼吸を……。


  

 ふと頭の中で浮かんだ顔と声を、晧は即座に打ち消した。それは決して有り得ない。有ってはならないことだ。

 何より晧は既に自分が本能的に『産むこと』を認めてしまっていることに驚く。


 

(……俺は……いつから……)


 

 そんな晧の思考は、道の向こうからようやく聞こえてきた、あちらですという白霆の声によって引き戻された。

 びくりと身体が震えてしまったが、霽月には気付かれていない。

 男衆によって霽月が、柔らかい敷物の敷かれた荷車に乗せられる。姐貴(ジエ)、姐貴と声を掛けられる霽月は随分と慕われているようだった。

 荷車がゆっくりと動き出す。

 これで一安心だと晧は小さく息をついてから、何気に視線を白霆へと向けた。

 白霆は男衆のひとりと話をしていた。

 徒人ならば聞こえない距離でも、晧の耳なら話す内容が聞こえてくる。

 どうやら出産を仕切る『御取り上げ様』の到着が遅れるというのだ。この先にある集落は最近出来た新しいもので、出産を経験した者も少ない。紅麗の薬屋『麒澄(きすみ)』の弟子として『御取り上げ様』が来るまでの間、どうか助けてほしいというものだった。


 

「──晧」

「おう! わかった」


 

 白霆が何を言いたいのか、即座に理解した晧が応えを返す。一瞬きょとんとした表情を見せた彼だったが、すぐに晧に向かって、ありがとうございますと言って微笑む。

 白霆と話していた男衆は晧の姿を見て、吉兆だと喜んだ。


 

「人の間では、銀狐は加護を授けて下さる真竜様と子を成し、しかも安産だという伝承があります。白霆様と晧様、何と有り難い巡り合わせでしょう! さ、さ、どうぞ! どうぞこちらに!」   

 

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