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第18話 銀狐、約束してしまう 其の一



 離れの湯殿は大きく、湯船からは木のとても良い香りがした。本来ならば湯の温かさとこの香りに、身体も心もほぐれてとても癒されていただろう。

 だが湯に浸かりながら(こう)は、どこか気配を尖らせていた。

 実は警戒していたのだ。

 湯殿に白霆(はくてい)が入ってくるのではないかと。

 だが洗い場に上がって頭を洗い、身体を洗い、耳と尻尾を洗って泡を流してもそんな様子は全くない。

 再び湯に身体を沈めて、晧はどこか拍子抜けしたかのように身体を弛緩させた。


 

(──ってこれじゃあ、入ってきて欲しかったみたいじゃないか……!)


 

 駄目だ。

 絶対に駄目だ。

 だが、昨日の今日だ。媚薬の所為とはいえ、ふたりで果てた。そして白霆は言ったのだ。自分を口説くと。この耳に接吻(くちづけ)まで落として。


 

(だから……湯殿で何かされるんじゃないかって思うじゃないか)


 

 怖れとも期待とも言えない悶々とした複雑な気持ちを抱えたまま、しかも妙な想像をしてしまいそうになって、晧は勢い良く湯から上がる。

 白霆の言う通り脱衣処には、清潔な眠衣(ねむりぎぬ)が用意されていた。袖を通すと気持ち良く、とても晴れやかな気分になる。

 下袴も身に付けてしっかりと衣を整えて、湯殿の建物から出た。

 途端に食欲を唆るいい匂いがして、誘われるがままに晧は先程の部屋に戻ってくる。


 

「お帰りなさい、晧。湯は気持ち良かったですか? さっぱりしたでしょう?」


 

 にこりと爽やかに笑う白霆(はくてい)に出迎えられて、変に胸が高鳴るのと同時に罪悪感のようなものが込み上げてきて、晧は無言でこくりと頷いた。

 先程まで白霆は晧の脳内で、いつ湯殿に侵入して来るか分からない不審者だったのだ。しかも湯船にまで入ってきて、こちらが駄目だと言ってるのに聞かずに悪戯をしていた。

 脳内で。



「丁度良かったです。いま朝餉の支度をして貰ったところなので、食べましょう。食欲はありますか?」

「……ああ、いい匂いがするなって思ってたんだ。お腹が空いた」

「それは良かった。たくさん食べて下さい、晧」


 

 さり気なく椅子を引かれて席につく。

 妙な想像をしてしまったことを、晧は心内で謝った。

 だがそれはすぐに撤回することになる。

 白霆が再び晧の耳先に触れるだけの接吻(くちづけ)を幾度か落とした。

 そうしてくすりと笑うと、向かいの席についたのだ。


 

「な……っ」


 

 顔に朱を走らせた晧が何か言いたげに白霆を見たが、清々しいまでの笑みと優しい眼差しに、途端に何も言えなくなる。

 さぁ食べましょうと、白霆が手を合わせた。

 卓子(つくえ)の上には米粥を始め、焼き魚や根菜の煮付けた物、香の物が並んでいた。

 晧も手を合わせてから匙で米粥を口に運ぶ。昨日の昼から何も食べていない上に、昨晩は発熱もしていたこともあって、朝から食べる温かい粥がまるで身体に染み込むように美味しかった。

 思わず美味いと呟いた晧に、白霆がゆっくり食べて下さいね、一気に食べると苦しくなりますよと気遣いの声を掛ける。

 焼き魚の塩加減と米粥の相性が堪らなく美味しくて、晧の椀の中はすぐに空っぽになった。

 おかわりされますか、と白霆が晧の椀を受け取る仕草を見せる。頼む、と椀を渡せば彼はあらかじめ用意されていた土鍋から、どこか優雅な手付きで大匙で粥を掬い、晧に渡した。

 今度は根菜の煮付けた物と共に粥を食べるが、これもまた美味しい。

 ふと晧は思い出した。


 

「そういえば紫君(しくん)が言ってたな。山に入る手前で、とても美味い川魚の煮付けを出してくれる宿があるって」

「川魚の煮付け、いいですね。山の手前と言いますと麗川(れいせん)のほとりですね。あの辺りは確かに川魚が豊富な地です。山越えの前は是非そこに泊まって食べましょうか」

「うん……あと、山の中腹辺りにある宿の温泉もお勧めされたな」

麗東(れいとう)は温泉地で有名ですが、麗南(れいなん)にもあるんですね。紫君は川魚と湯殿好きですものね。これで山越えの前と中腹の宿は決まりですね」

「ああ」

「温泉、一緒に入りましょうね」

「は──!」

 

 

 

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