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第14話 銀狐、口説かれる 其の二


「私は……どうやら貴方に一目惚れをしてしまったようです」

「──へ?」

「もちろん姿形だけではありません。貴方の勇ましい部分と愛らしい部分、そして真っ直ぐで潔い部分を見て、好きになってしまいました。旅の間、どうか貴方を口説かせて頂きたいのです。(こう)

「──は? ──……はぁぁぁぁぁ──!?」


 

 白霆(はくてい)の言葉がようやく理解出来た刹那、晧はあまりの感情の混乱に、場にそぐわない素っ頓狂な声を上げた。


 

「──いやいやだめだだめだ。第一、俺の服を着替えさせたんなら見ただろう? 俺の胸にある紋様を! あれが何なのか、魔妖と真竜を診る麒澄の弟子が知らんとは言わせないからな!」 

「……勿論知っております。知っておりますが……貴方のこの手の甲が私の接吻(くちづけ)から逃げないのは……無意識ですか?」

「──っ!」


 

 手の甲に当たるのは白霆の薄い唇の柔らかさと、吐息の熱さだ。軽く食むようにして繰り返される接吻を自覚して、途端に晧の顔に朱が走る。

 本来なら昨日今日に知り合ったばかりの男から手の甲に接吻(くちづけ)を受けるなど、無礼だと振り解いてもおかしくないはずだった。不快に思ってもおかしくないはずだった。

 だが。


 

(……どうしてだ……?)


 

 手の甲に感じる唇の柔らかさも、吐息の熱さも何故か離れ難くて仕方なかった。身体が心が一番奥で叫んでいるのだ。

 ようやく会えたのに、と。

 離れるのは嫌だ、と。

 その理由がどうしても分からない。

 分からないままに気付けば、ぐいっと手を引っ張られて、白霆の腕の中にいた。

 ふわりと香るのは、春の野原にある草花のような瑞々しい香り。ほんのりと甘さの感じるその香りが、懐かしくて仕方がない。

 ふと湧いてくるのは庇護欲と愛しいという記憶だ。


 

(俺はいつどこで……)


 

 この香りを嗅いだのか全く覚えていないというのに、この懐古的な気持ちに捕らわれてしまっている。


 

「……駄目だ。だめなんだ、白霆」


 

 晧はその全てを振り切るようにして、白霆の腕から抜け出した。

 途端に身を裂かれそうな、寂しくて悲しいものが胸の中を占めてしまって堪らなくなる。

 理由の分からない感情に襲われることが、どうしても理解出来なくて晧は白霆を見上げた。

 白霆はそんな晧を見て、くすりと笑う。


 

「本当に駄目なら駄目だという顔、して頂かないと貴方に一目惚れしてしまった男は付け上がりますよ。胸の紋様の意味、理解しております。銀狐一族の次期長と定められた者が生まれ持ってくるもの。そして対の紋様を持った、定められた(つがい)がいらっしゃることも知っております。ですが……惹かれてしまったのです。どうか旅の終わりまででいい。貴方を好きでいることを許して下さい、晧」

「──だから! それじゃあお前が!」

「少なくとも『私の方がいい()だ』と貴方に思って貰える程度には、口説く予定ですので」


 

 お覚悟を。

 

 

 そう言ってにっこりと笑うと白霆は、宿の者に朝餉の用意をして貰いますね、湯も使えるか聞いてきます、と言いながら悠然とした態度で部屋を出て行った。

 ひとり残された晧は白霆の変わり身の早さに唖然としたが、すぐに力が抜けたかのようにごろりと寝台に転がる。ひどく顔が熱いと、天井の木目を見ながらそんなことを思った。

 

 自分の心の中にある相反する二つの感情が苦しい。

 白竜(ちび)を裏切ってしまったような気持ちが心内を占める。確かに成竜となり立派な人形(ひとがた)を持った彼に、戸惑いを感じたのは事実だ。一目見て本能的に分かってしまったのだ。白竜(ちび)が自分を屈服させ、食らい尽くす自分の雄なのだと。一体どんな剛物で胎内を蹂躙するのかと思うと、いまでもひやりと冷たいものが背筋を駆け上がってくる。それでも白竜(ちび)を裏切るつもりなんて毛頭なかった。今は逃げてしまっているが、心が定まれば里に帰り、(つがい)と共に祝言を上げて、いつかは銀狐一族を引き継ぐ覚悟はあった。

 だが……。


 

 ──どうか旅の終わりまででいい。貴方を好きでいることを許して下さい。



 白霆のこの言葉に、甘やかな気持ちと鋭い痛みを心内に感じるのだ。昨日初めて出会った男と、幼竜の頃から知っている許婚とでは、比べ物にならないはずだというのに。 

  

 

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