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第12話 銀狐、謝る


        ***



 懐かしいな。

 そんなことを思いながら(こう)は、ゆっくりと目を開けた。

 どうやら昔の夢を見ていたらしかった。

 白竜も自分もまだ子供の時だ。

 自分の方が年上だからと、白竜に対して先導を切って、色々と面倒を見たがっていたことを思い出す。

 頭はまだ、ぼぉうとしていた。だがずっと感じていた嵐のような色情はすっかり消え、身体の怠さも消えていた。

 ふと気配を感じて視線を向ければ、寝台の縁に突っ伏すようにして眠る男の姿がある。

 そういえば夢の中で、ちびも寝台の同じ場所で眠っていたことを思い出した。姿形も気配も違うというのに、どうして白竜と姿が重なるだろう。

 白霆(はくてい)の手によって導かれた後、熱を出してしまったことを晧はなんとなく覚えていた。熱冷ましの薬を口移しで飲ませてくれたことや、額の布巾を甲斐甲斐しく何度も替えてことも、薄っすらと覚えている。身体がすっきりしていて衣着がさらりとしているのも、きっと白霆が身体を拭いて着替えさせてくれたからだろう。


 

(……どうして)

(……いくら強力な媚薬の所為とはいえ、あんな……!)


 

 自分の痴態をありありと思い出す。

 あの気持ち良さはきっと忘れることは出来ないだろう。

 これも媚薬の効果の一種だと、初めに説明したのは白霆だ。確かにこれを常用されてしまえば薬の虜に、そして調教者の虜になってしまう。

 媚薬の作用とはいえ、白霆の前で何故あんなに無防備でいられたのか、晧には分からなかった。

 そして彼がどうしてここまでしてくれるのかも分からなかった。医生の弟子として、熱を出してしまった者を放って置けなかっただけなのかもしれない。あのまま無理矢理強姦されても文句の言えないことを、自分はこの男に仕出かしたというのに。


 

「白霆……」



 眠っている白霆を労るように手を伸ばして、そっと男の頭に触れてみる。手櫛で梳く髪は、とても手触りの良い上質な布のようだった。さらさらとして流れる薄青色は、清流に似ている。

 ふわりと。

 春の野原にある草花のような、瑞々しいのにどこか甘い、そんな香りがした。媚薬の熱に浮かされている時に、散々縋った香りだった。


 

(……ただこの男の香りが……)


 

 昔どこかで嗅いだ気がして、懐かしくて堪らなくなるのだ。


 

「ん……」


 

 白霆の目覚める気配に晧は、彼に気付かれないように髪から手を離した。

 しまった寝てしまったと言わんばかりに、彼が慌てて顔を上げる。

 視線が、合った。

 良かったと、吐息混じりの声で言う彼の銀灰の瞳が、途端に柔らかくなる。自分を思い遣る優しい眼差しに、とくりと胸が高鳴るのを、晧は身を起こすことでやり過ごした。


 

「もう、身体は大丈夫ですか? どこか辛いところや痛いところなどはありませんか?」


 

 優しい口調で話す白霆の声にも、何故か心は翻弄される。大丈夫だと、安心させてやりたい気持ちが湧いてきて仕方がない。だがそれよりも先に、しなければならないことがある。

 晧は寝台の上で正座をしたかと思うと、白霆に向かって頭を下げた。


 

「──済まなかった、白霆! 助けて貰ったというのに、あんな……!」

「や、やめてください。頭を……」

「いや、謝らせてくれ! それに魔妖狩りの連中から俺を助けて、媚薬からも救ってくれた。身体はすっかり良くなった。ありがとう白霆、感謝する。銀狐は恩に報いる一族だ。何でも言ってほしい」

「そんな、お礼だなんて」

「お前が助けてくれなければ、今頃俺は物好きな好事家の為に仕込まれてる最中だった。恩を返したい。何かあれば言ってほしい」


 

 晧の言葉に白霆が息を詰めた。

 何やら言いたげな表情を浮かべたまま、じっと晧を見つめている。そして晧もまた直向きなまでに、真っ直ぐに白霆を見つめていた。

 やがて。

 根負けしたかのように白霆が小さく息をついたかと思うと、くすりと笑った。


 

「それでは貴方にお願いしたいことがあります」

「ああ」

「実は私の師匠、麒澄(きすみ)医生に南の隣国の街に薬を取りに行けと、お遣いを頼まれておりまして。この街で森越えと山越えの護衛を探そうと思っていたのです。銀狐の一族ならば愚者の森も南の山も庭のようなものでしょう? どうか私の護衛をして頂けませんか?」


 

 護衛、と聞いて晧は途端に気まずい思いがした。

 白霆は不安に思わないのだろうか。

 自分はたった三人の魔妖狩りの連中に攫われそうになったというのに。

 そのことを白霆に話せば、彼は問題ないとにこりと笑うのだ。


 

「私が見た時、二人が地に塗れていました。気配からしてあの者達は術者。彼らが敵の中にいる場合、真っ先に狙うのは鉄則です。あとは玉鎖の使い手ですが、媚薬さえ使われなければ貴方は決して負けることはなかったはず。状況を判断し、即座に動ける判断力と攻撃力は申し分ないと私は思っています。……私も嗜み程度でしたら戦うことは出来ますが、やはりひとりですと色々と心細いですし。どうかお願い致します」


 

 そう言って白霆が再び嫋やかな所作で頭を下げようとするのを、晧は慌てて止める。


 

「だから頭を下げるなって。……わかった。俺も実は山を越えて南へ行こうと思ってたんだ。愚者の森は確かに庭みたいなものだが、山越えは数度しか経験がない。それでもよければ白霆を護衛する」

「はい、よろしくお願い致します。改めまして私は紅麗で薬屋『麒澄』にて、麒澄医生の弟子として働いております、薬師の白霆と申します。宜しければ貴方の名前を教えて頂いても?」 

  

 

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