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New Days!

New days!


 朝食はフレンチトースト食べて 

 朝の情報番組を見て

 途中で止まった駅のホーム

 すれ違いの電車が反対側のホームに止まっている

 カバンを身体の前にかけた人が右往左往と動いている


 そんな駅のホーム、車窓の向こうに女の子がいる 女の子はホームの真ん中でへたれこんでいた

 不思議な女の子だった

 ふと目が合うと、女の子は口を開いた


「私は、世界を救いにきたんです」


 声は聞こえないが、そんなことを言った気がした

 馬鹿らしいと思った

 電車のドアが閉じた

 次の日、同じ駅で、同じように彼女は倒れていた 彼女と再び目が合った

 他に目のやり場がなくて、仕方なく自分は彼女を見ていた

 彼女はゆっくりと身体を起こして、スケッチブックの1ページを僕に見せた



 【Lest@1105】



 僕のSNSのアカウントだった

 運が悪いことに、僕はそこで誹謗中傷を繰り返していた

 悪いとは思っていない。ただ、ストレスの発散をしていただけだ

「ごめんなさい、降ります」

 僕は人混みをかき分けて慌てて駅に降りた




 彼女は僕を見ると、ニヤリと笑った

 それは妙に涼しくて、夏の青空のような顔だった




「こんにちは、誹謗中傷家さん」

 僕は頭が痛くなった

「どうして、僕のアカウントが分かったというんだ?」

「簡単ですよ、私は未来から来たんですから」

 もう頭が痛くなった

 いよいよ伝播な話に、僕も巻き込まれたらしい

 彼女は言った


「世界は、あと3日で滅びます」


 運の悪いことに、僕は彼女に裏アカウントを握られている

 だから、話を聞くしかなかった

 彼女は話を続けた 

「それを救うためには、あなたの協力が不可欠です」「なんで」 

「原因不明のウイルスが発生するんです。それを阻止するためにも、ウイルスの発生源を根絶しておかないといけないんです」 

 意味がわからない

「どうして僕なんだ」

 そう僕は答えた


 彼女は少し逡巡した後、こう答えた 

「あなたじゃなきゃだめなんです。あなたじゃなきゃ」

 そう言って、彼女は僕の手を握った 

「なにをするんだ」 



「いきましょう。世界を救いに」


 ばかを言え、僕には仕事があるんだぞ

「いいえ、関係ありません。あなたは私に連れ従って、世界を守りに行くんです」

 僕を完全に無視して、彼女は言った

 そして明朝の風を切るように、青空に似た涼しさが僕の頬を切った

「仕事なんて、休んでしまいましょう。そして私と、世界を救いにいきましょう」

 それは短くて長い旅だった



 僕みたいに電車で通勤するサラリーマンと反対の電車に乗って、本来乗るべき電車に何度も何度もすれ違って、青空はどんどん明るくなって、気温も春の陽気のように温もりだして、人もまばらになって、昔の電車に2人だけでゆっくり揺られて、車窓も都市部のオフィスから田園風景と白雲みたいになりだした



 「不思議ですね」

 誰もいない車内で彼女は耳打ちした

 「なにが?」

「電車で小一時間揺れてるだけで、こんなに景色が違うんですもの」

 彼女は目を輝かせて、流れる車窓に目を奪われている


「未来には、こんなものがなかったのか?」

「いいや、多分世界のどこかにはあるんです」


 彼女は息を吸った

「ただ、私がそれを知らなかったというだけで」

 僕は頬を緩ませた

「そっか。なら、いい機会になったじゃないか」

「ええ。良い機会になりました」


 そして僕たちは《そこ》についた

 ここがウイルスの発生源か、と子供のようなことを思った

 見渡す限りに田畑が広がっていて、歩く人もいない、まるでそこは時間という概念が存在しないような場所だった

 彼女は言った


「ここが、私たちの求める場所です」

「到底こことは思えないけどな」

「ですが、ここなんです。ここで、全てが終わるのです」

 伏し目がちに彼女は言った 

「じゃあ、早く終わらせよう」僕は彼女にあくびをした 

 彼女は頷くと、足元の土をおもちゃのスコップで掘り出した

 それはなかなかにシュールな光景だった まるで砂場遊びを初めて知った少女のような……

 やがて彼女は呟いた


「見つけました」


 それは手の爪くらいに収まる小さなカプセルだった「これが十数年後、近いうちに露出します。そして、世界を原因不明治療不可能の病気と混乱に陥れるのです」

「早速こわそう」

 僕は彼女に進言した。



 しかし、彼女は首を縦に振らなかった



「どうして」僕は言った

 すると、彼女は予想外のことを口にした

「これは、私が飲み込んで未来に持ち帰ります」

「なんでだ」


今までで一番強い声が出た


「なんで、飲み込む必要があるんだ」

「そうじゃなきゃいつか地表に現れ、同じ未来を辿るのです。だから、だから、私はこれを飲み込んで、病原菌が蔓延る世界線に帰る必要がある」

「意味がわからない。ここで病気を無くしておけば、お前も病気のない平和な世界に暮らせるじゃないか」 しかし、彼女は首を横に振った 

「いいえ。私が生まれたのは病気と混乱が蔓延る世界線。未来に帰る時、私はその世界線に帰らなきゃいけないんです」 


 彼女は呟いた


「だから、ごめんなさい。私とは、ここでおさらばです」

 彼女はうっすら消えかかっていた

「意味がわからない」僕は改めてそう叫んだ

「なんで、なんでお前が消える必要があるんだ。別に消えなくても良いじゃないか」

「そういえば」


 突然、彼女は口を開いた

「少しの間ですけど、あなたとプチ冒険できて、楽しかったですよ」

 彼女は寂しそうに、涼しそうに笑った


「待てよ」僕は彼女に向けて叫ぶが、彼女は薄い微笑みを浮かべたままだった


「ああ、そうそう」と彼女は言った「お互い、名前を伝えてなかったですね」


 今にも消えようというのに、彼女はやけに能天気だった

「いまはそんなことしてる場合じゃないだろ」

 しきし、彼女は僕を無視して自己紹介した

「私の名前は、ナギサと言います。よろしくお願いします、そしてありがとうございました」


「いやだ」彼女の両目を、まっすぐに見る


 黒く潤んだ瞳が、彼女の目いっぱいに膨らんでいた


「でも、もうお別れなんです」彼女は続けた

「だから、自己紹介をするんです」

 彼女は仕切り直すように、頭を下げた


「私の名前は、ナギサと言います。よろしくお願いします、そしてありがとうございました」


 彼女はもう、何を言っても譲らないような強い瞳をしていた

 ……僕の息を呑み込む音が、身体の中を落ちていった

 彼女とはもう、お別れなのだ、ようやくそう、理解をした

 僕の自己紹介が終わった瞬間、僕と彼女の不思議な逃避行は、終わりを告げるのだ

「……僕の名前は、カオルだよ。ここまで、ありがとう。冗談抜きに、とても楽しかったよ」


 ——その瞬間、つん、と彼女の頬に、一筋の滴が流れた。


 そして、彼女がじわじわと消えかかる

 夏の青空の下、その白くて透明な雲に溶け込むように、彼女はじわじわと消えていった

「ナギサ!」

 咄嗟に僕は声を出すも、彼女には届かない

 だが、消えかかる寸前、最後の刹那、彼女は口を開いた



「あなたのこと、好きでした」



 気がつけば、僕も涙に溢れていた

 そして彼女の言葉に応えようとした。でも、それよりも先に彼女は、微笑みながら儚く消えていった——


それから、僕はいつもの日々に戻っている

朝、眠気を必死に堪えながら、肩パッドが入ったスーツを着て、満員電車でぼうっと揺られている 何も変化することはない

 同じような日々の繰り返し


それでも、ふと思うことがある 車窓の涼しくて青い空を見るたびに、駅のホームにうずくまっていた彼女のことを 通勤途中、電車があの駅に止まると無意識に彼女のことを探してしまう自分がいる


でも、そこに彼女はいない あるのはぽかんとした青空と、真っ直ぐ広がる駅のホームのみ


今日もいないか、そう思って、今日も同じような日を初めていく

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― 新着の感想 ―
ナギサちゃん、もしかしたら元の世界線でかおるくんと知り合ってたのかなぁ。なんだかいろいろ想像してしまういい話でした。
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