7.再会
努力してようやく宮廷魔導士になる事が叶った私を、両親は褒めることも祝う事もなかった。第八貴族のサルビア・スコーピオを引き合いにして、また、イグドラシルの高位の司書に選ばれなかったことを蒸し返し、第一貴族としていかに劣っているかを列挙して否定の言葉を投げつけた。それも、感情的にではなく、ただ事実を述べるように淡々と。
イグドラシルの司書資格は、その資質を世界樹に問われる。
基準の一つが魔力量なのは間違いないが、最も重要な資質は奉仕の精神だと言われている。
魔力量のみで選ばれるなら、膨大な魔力量を誇るノディマー伯爵家の全員が高レベルの司書であるはずだが、実際は母子の二人だけ(この二人が特別ではあったが)が選ばれ、あとは辞退が可能なレベル判定に留まっている。
世界樹を中心に築かれた国家であるイグドラム国において、世界樹そのものを守る司書と、世界樹を取り巻く環境と国家を守る王宮が同等の位置に存在している。
宮廷魔導士は王宮を守るために存在し、他の組織に比べ、能力がそのまま個人の評価につながる組織でもある。
ゆえに称号持ちの放つ光というものは、時に無遠慮に他者の心の奥に差し込み、劣等感を浮き上がらせる。第四位魔導士のサルビア・スコーピオは、生まれながらの才覚と、他の追随を許さない術の多様さから王家の信頼と、組織からの期待を受け、彼女と彼女以外という強烈な違いを見せつけていた。
王族と共に最も古くからこの国を支えて来た、第一貴族のエリース家の者は、他の貴族に後れを取ってはならない。
家名に泥を塗ったクレイ・エリースは、見つけ次第排除するのが家のためだ。
また、新興勢力である第十三貴族のノディマー伯爵とイグドラシルの第一司書の二人は、このまま消えてくれた方が、私にとっては都合がいい。
第一貴族の存在感を高めることに貢献することで、私は貴族としての矜持を取り戻し、両親が呼ぶ私の「アネモネ」という名に纏わりつく侮りや蔑みの響きを、拭い去ることが出来るからだ。
自分を認め、誇りを持って生きようと藻掻くこと、他を下し勝利することが悪ならば、私もクレイ同様に悪人になることを厭わない。
伸ばした手が、男の上下する胸の上に触れる。
目の前にいるこの男は、十三貴族の伯爵家の一人だ。
憑依の能力を使い、体から精神の離れた無防備な状態で目を閉じて横たわり、健やかな呼吸音をさせている。
甲板から消えた王宮騎士のライフ・スコーピオを探し回って立ち寄ったこの船室には、ベッドの上に横たわるノディマー海軍中尉だけがおり、彼を守る兄弟達の姿はなかった。
ここで一人、邪魔者を減らせたら。
ミトゥコッシー・ノディマーを、自分の仕業と知られずに殺害出来る絶好の機会である。
精神がここにない彼に、私の顔を見られることはない。私の存在を知らないまま死ねば、第八貴族の霊視でも、死者の口から犯人の名が伝わることはない。
自然死に見せかけた殺害方法がいくつも、気泡のように膨れ上がる。
だが、膨れ上がるそばから、理性や道徳心、臆病な気持ちが、その泡を次々と潰していく。葛藤という鎖が体の自由を奪い、伸ばした手を下ろさせた。
彼一人を手に掛けて、一体何になるというのか。
理性による制止、だが獣の本能が、機会を逃すなと焚きつける。
ノディマー家の兄弟は皆、他者を強く惹きつける容貌を持っている。目を閉じ、静かに眠るノディマー海軍中尉もまた、高位の精霊の如く人界の生物ではないような非現実感を持った、異性の心をざわつかせる容姿をしている。
私はノディマー家の者達に興味はない。
与えられた美しさや、端から備わっていた実力よりも、自分で手にした勝利こそが美しい。勝利のための行動こそ、生き物を輝かせるのだ。
やはりノディマー海軍中尉には、十三貴族衰退の切っ掛けとなってもらうために、ここで消しておくべきだろう。
水流を操る魔術で、彼の心臓に集まる血液を逆流させてしまえばいい。
再び眠る彼の胸に手を伸ばす。
それが切っ掛けのように、彼がこちら側へ寝返りを打って体勢を変える。
驚いて引いた指先が痺れていた。
見ると、アメジスト色の光が彼の身体を守るように覆っている。
こんなにも無防備な状態でなお、掠り傷ひとつ負わせられないどころか、逆にこちらがダメージを負う羽目になるとは。
嫉妬と羨望の眼差しを向けていると、ノディマー海軍中尉の目が開かれ、そのアメジストに光る瞳とかち合った。
「なんや、夜這いか?」と掠れた声は、そういう意味では興味のなかった目の前の男を、多大に意識させるほど魅力的だった。
「あ、中尉殿、憑依は、お体にお戻りになられていたのですか」
「そうや、だから、一人で寝とったんや」と訳知り顔で、口角を上げる。
「あ、その」
アネモネは一歩後退り、どう返したものかと思考を巡らせる。
ミトゥコッシーは起き上がり、首を鳴らしながら開いていた襟元を直してアネモネを見据える。
「どういう事情か分からんが、次は正々堂々と仕掛けてきや」
「あの、私は」
「宮廷魔導士の制服に、クレイを追っているこの軍艦に同乗できる人材、かなり高価な香水の匂い、第一貴族が好んで使用するもんやな、どちらかというと男性エルフが嗜む中性的な香りや。うちの末っ子が香水好きでのう、休日に買い物に付き合わされるんよ、まあ、あそこの樹精獣たちが造った香水が、ソゴゥの一番の気に入りのようやけどのう」とミトゥコッシーが目を細める。
「可愛い弟たちを助けに行くのを邪魔さえしなければ、どうこう言う気はないがのう。もし、邪魔するのが目的でここに居るなら、先に言うておくわ『あんたが気の毒や』と」
静かに告げられた言葉に、背筋が凍るような恐怖を覚えた。
アネモネがその場に凍りついていると、ドアがノックされた。
ミトゥコッシーの返事の後に、ライフ・スコーピオが入って来る。ライフはアネモネの存在に気付き、一瞬立ち止まるが、その後ろから来ていたヨルに押されてつんのめってバランスを崩したところを退かされる。
「ヨル、見つけられんかったんか」
明らかにしょんぼりとしたヨルが、ミトゥコッシーの言葉に「ああ」と頷く。
ヨルは、憑依を解いて体に戻ってきたミトゥコッシーからソゴゥ達の居場所を聞いて、一人軍艦から飛び立って探しに行っていたのだ。
島の位置を記した地図も持たせていたが、それでも見つけられなかったらしい。
万能に思えるソゴゥやヨルは、探索や探知、それに索敵などにはあまり向いていなようだ。
「一刻も早く、この目で無事を確認したいのだが」
ヨルと視界を共有している樹精獣たちの「早くソゴゥの姿が見たい!」という気持ちと相俟って、焦燥感を募らせていた。
「まあ、この調子なら明日には着くだろうから、もう少しの辛抱よ。ライフ殿のお陰で、船は真っ直ぐ島を目指しとった、本当に感謝しとる」
先程から、アネモネとミトゥコッシーを見比べていたライフは慌てたように「隊長に命じられただけなので、感謝される覚えはありませんね」と応えた。
緋色の癖のある厚い前髪に覆われ、その目は見えない。
ミトゥコッシーが身体に戻ってきたため、ライフは光を追うことが出来なくなり、不眠不休の探索から解除され、艦内を自由に過ごしていた。
「ライフ様、夕食がまだでしたら、私と一緒に食事にしませんか?」とアネモネはライフの腕にしがみ付く。
ライフが勝ち誇った視線をミトゥコッシーに向けていたが、その前髪のせいでミトゥコッシーには見えていなかった。
起きる寸前にトイレを探している夢をよく見る。
ある時、自分は何処かのジャングルでゲリラ戦を強いられ、敵の罠を掻い潜り、ひたすらトイレを探していた。開けた場所の小高な丘の上に公衆トイレを発見し、猛ダッシュするが、まるで沼に嵌ったように足が重く、前に進んで行かない。
自分の足を、自分の思うように動かせない感覚。
そうこうしているうちに、上空の味方の爆撃機から投下された爆弾によって、トイレが跡形もなく吹き飛び、何もなくなった焼けた地面に呆然と立ち尽くして「なんでだよ!」と叫んで目を覚ました。
またある時は、トイレのドアを開けた瞬間床に亀裂が入り、底が抜けるようにが崩れ落ちた。逃げ出そうとするが、水中を歩くように体が上手く動かせずに、崩落に巻き込まれて目を覚ます。
そんな明け方に見る夢のように、自分の意思がそこにあっても、思うように体を動かせないという、もどかしい数日間だった。
獣風邪に罹って熱が上がってからは、断片的な記憶しかない。
昨日、ようやく自分の状態を理解し、それまでの数日間を振り返ることが出来るようになったが、この正気に戻ったタイミングが、最悪だった。
兄達の叫び声が切っ掛けで覚醒し、自分を担ぎ持つ見知らぬ男を引っ掻いたのは、獣の本能に引きずられ、体が勝手に動いたからだ。そこから空中に投げ出されて、夢か現実か分からないまま降下していった先で、地獄が待ち受けていた。
園で暮らしていた頃、室内に虫が入って来たら、園の子供たちはそっと手ですくって外に逃がしていた。前世では、室内にあれが入ってきたら、ボックスティッシュを投擲して退治するか、それ専用の殺虫剤を噴射して退治した。昔は丸めた新聞紙というのが主要なそれ撃退用の武器とされていたが、この島には、そんな武器で退治できる虫はいない。金属バットか、もしくは丈八蛇矛くらいはあった方が安心だろう。
とにかく肢や節が沢山ある巨大な虫から逃げに逃げ、自分の頭ほどもある巨大な蝶の棲み処に迷い込んで、鱗粉を吸い込み体が動かなくなってしまった。
蝶は動物を麻痺させて、何らかの方法で養分を吸収するのだろうが、体表を覆う魔力がこれを妨害し、俺の体の上に止まるに留まっている。
暫くして痺れが消え、体の自由を取り戻して身動ぐと、体に集まっていた蝶と、そこら一面を覆いつくしていた無数の蝶が一斉に羽ばたき、その様子に視界がブラックアウトして、気を失いかけた。暗転したのは一瞬だったが、飛び上がった蝶が再び舞い戻って来くると、体が凍りついたように恐怖で動かない。
そんな折に、獣人の一団がやってきた。
彼らを見た時、彼らが何者であろうと絶対に虫のいないところまで連れて行ってもらおうと決心した。
大きな体の熊男二人と、栗鼠のような尻尾の青年、なんとも毛艶のよい鼬のような特徴の女性。彼らは日に焼けた肌と、無駄のない狩人のような体つきで、いくつかの赤い布を重ねた服を身に着けていた。
また、彼らの話す言葉はニルヤカナヤ語だった。
イグドラムでは、大陸の共通語の他に、海洋人の共用語であるニルヤカナヤ語や、エルフの古代語を覚えるのが常だ。王侯貴族や国際的な職業従事者、それとイグドラシルの司書は、もっと多くの言語を習得している。
こちらに敵意が無い事は、彼らの会話から直ぐに分かった。
出来るだけ虫を見たくなくて、二人の熊男のうち、手前にいた白い方の背中に飛び乗ると周囲を見ないように顔を伏せ、虫の気配をやり過ごす。
山を下りて、大きなラマに似た動物に乗って連れられて行った先には、海底にあった方がしっくりくるような、テーブル珊瑚が重なるような形状の建物が密集する都市だった。
その奥の丘に聳え立つ、一際大きな青い建物へと近づいていく。そのまま青い壁の内にラマに似た動物で乗り入れると、駒留で降りて建物内へと連れられて行く。
毛並みの良い「ミンク」と呼ばれている女性が「姫巫女様は、今どちらに?」と、建物内にいたウサギの獣人に尋ね、祭壇の間だと教えられた。
どうやら、姫巫女様の所に行くようだ。
建物内を奥に進み、回廊の先にある天井の高い神殿のような場所にやって来る。だが、伽藍の雰囲気をもった静謐な場所から聞こえてきたのは、暑苦しい掛け声と呻き声だ。
中では、大勢の揃いの赤い服を纏った者達が、腕立て伏せを続けており、そんな彼らを祭壇の前の椅子に座って見ている女性が姫巫女様と呼ばれている人物のようだ。
凝った意匠の装束を纏う彼女には、獣の特徴がなかった。
首を隠す長さで切り揃えられた黒髪に、瞳孔が虹彩と同化して見えるほどの黒い瞳は鏡のように光を反射して美しかった。
ミンクの姫巫女への報告を聞くに、上空から落ちて来た謎の飛来物の確認を、この四人が命じられていたことが分かった。
その後、彼女にこの建物での滞在を許されたのは僥倖で、虫だらけの森に捨て置かれなくて本当に良かった。とりあえず、魔力と身体の制御がもう少し戻ったら、ヨドゥバシーの奴を探しに行こう。ヨドも自力で、あの白い男から逃げ出すくらいできるだろうが、あいつは弱いから心配だ。
意識を継続して保てるようになってはきたが、相変わらず手指が自由にならず、声も上手く出せない。それにまだ、気を抜くと獣の性に引きずられてしまう。
白熊の背に乗ったまま、小柄な栗鼠の青年に案内されて食堂で食事をとり、厠や洗面所の場所を教えてもらい、ベッドのある部屋に案内されると、もう少し色々見て回りたかったが、眠くてとても目を開けていられずに、そのまま横になった。
目を覚ましたのは、日付が変わり随分たってからのようだった。日差しが昼のそれで、こちらの様子を確認しに来た栗鼠の青年が、テーブルに食事を乗せて「食べてください、僕はちょっと出かけますので、この建物内からは出ないようにお願いします」とあわただしく出て行った。
彼は赤い装束の上に、明らかに戦闘用の防具を纏っており、体からは血と強い魔法を使った際に放たれる臭いが漂っていた。その様子を不審に思い、出て行った青年の後を追った。
手指や詠唱を必要とする魔術と瞬間移動が使えず、体の内だけで制御できる身体能力の向上で跳躍を伸ばし、壁や木に着地しながらついて行く。
建物もそうだが、この島はどこまでも地面が青く、辿り着いた海の砂浜の砂さえも青かった。そこへ向かう途中から、既に何万の人間が海に向かって声を上げて、魔法弾や大砲を打っている。途中、栗鼠の青年に気付かれ帰るように言われたが、すりぬけて攻撃の渦中へ向かって行き彼らが何と戦っているのかを確かめた。
漁にしては、随分と分が悪い。巨大なタコの動きは、その大きさからは想像できないほどの速さで地に振り下される腕の一撃は、立っていられないほど大地を揺らしていた。
こんな出鱈目な生物が自然界にいるとは、やはりこの惑星は興味深い。
あの腕の一振りが、茶色い熊男を押しつぶす前にと更に身体機能を上げて加速し、腕の一つをもぎ取る。何故か、獣の本能に引きずられて活タコを咀嚼して飲み込もうとしたが、舌が痺れるほど不味かったため、吐き出した。
タコは動くものは何でも食べると聞いたことがある、とにかく食欲が凄いと。このタコの化け物を放っておけば、人も動物も手当たり次第に捕食していくだろう。
栗鼠の青年が、タコの弱点を叫んでいる。脳が沢山あるとか。ともかくタコの活動を停止させようと、制御が完全ではない身体を動かすが、結局弱点を上手く突くどころではなく、細切れにして停止させるに至った。
結果オーライだ。
焼却するタコの臭いが香ばしくて、離れがたく砂浜にしゃがんでいると、あの白い男とヨドが、この島の住人に伴われてやって来た。
反射的に、白い男に攻撃を繰り出そうとしたところで、ヨドが割り込んできて止めた。
「ガウウ(ミッツ兄さんだよ)」と、何故かヨドの言わんとしていることが分かったので、改めて、白い男を見上げると、爽やかにふてぶてしい表情はたしかにミッツだった。
「ニャウ?(憑依?)」
「ウォフ(そう)」
俺たちのやり取りを、ミッツは微笑ましそうに見ている。バカにしている顔だ。
ミッツが自分の身体に戻ったら、噛みついてやろうと決めた。
ミッツが憑依はそろそろ限界だと言って、白い男は牢に拘束され、俺たちは昨日から滞在している部屋をそのまま使う事になった。
ヨドにこれまでの事を聞き、また、あの化け物が暫くやって来るらしいことを教えてもらった。
「ウニャニャニャニャニャ(この島はどうなっているんだ)」
「ウー(んー)」とヨドが首を傾げる。
「ニャウア、ニャンニャ・・・?(ところで、何で、ヨドは魔法が使えるんだ?)」
ヨドが、貴族書で「麒麟」を発動させているのを見て尋ねた。
「ウー、ガウウウ・・・(んー、俺の方が先に罹ったから、治るのも先なのかもな)」
「ニャア、ウウ(ああ、そう)」
とりあえず、ヨドの顔に額から顎まで縦に四本の爪痕を残しておいた。
ギャアアッと顔を押さえてのたうち回るヨドを尻目に、壁をよじ登って隣の部屋を覗き見る。これは、獣の好奇心的衝動で、人の理性が勝っていたらしない行動だ。
ベッドに横たわる隣の部屋の住人と、ガッチリ目が合った。
パイロットスーツを着て、ブーツのままベッドに上がる辺りミトゥコッシーのような軍属の雰囲気がある。テーブルの上に置かれたヘルメットや拳銃、それにこの星ではまず見掛けないガジェット類に、フ〇スクが置かれている。
こいつ、俺がずっと憧れていた異世界召喚者か。
どう見ても、地球の雰囲気を纏ったまま、こちらへとやって来た者だ。
それに、こちらに名前を聞いてきた言葉が英語だった。
名前くらいは伝えたかったが、口からはニャウニャウとしか音が出ない。エルフとは言え、見た目いい年をした男が語る言葉じゃない。もうこれ以上口を開くものか、その前にとりあえず、久しぶりにフリ〇クは食べておこう。
そう思って、黙って口にしたフリ〇クが激辛だった。口の体温が、冗談抜きで商品のキャッチコピーのように一気に氷点下だ。
恨みがましい目で男を見ると、片手で頭を支えて寝そべっている男が、肩を竦めてみせた。
これは是非ともヨドに食べさせなくてはと、部屋にいたヨドを連れてきて、氷点下を満喫いただき、もんどりうつヨドをひとしきり笑ったあと、満足して部屋に戻った。
異世界召喚者の隣人のことは気になったが、猛烈な眠気に抗えず、島に来て二日目の夜を、再び屋根のある場所で越すことが出来ることに感謝した。
「ソゴゥ様、ヨドゥバシー様?朝食をご一緒いたしましょう」
三日目の朝、ポーラーとスクワールが食堂に誘いに来た。
起き抜けに二人を見て、モフモフ成分は足りているが、そろそろ樹精獣達に会いたいと、ソゴゥは思った。
ベッドの三分の二を占領しているヨドゥバシーを蹴り落とすと「痛って!」という声が聞こえた。
ソゴゥが床を見下ろすと、転がるヨドゥバシーの頭に耳が無かった。
「ミギャ!(耳がない!)」
ヨドゥバシーは、目をあちこちに彷徨わせながら「ああ、うん、何か治っている」と言った。
ソゴゥは興奮した大きな声を出すと、ヨドゥバシーに飛び掛かり、その頭を両手で掴んで、両足で腹をガシガシと蹴った。
「痛い、痛い、ごめんて!俺がうつしたのに、先に治って悪かったって!」
「本当にエルフでいらしたんですね」とスクワール。
「ああ、改めまして、弟と世話になっています、ヨドゥバシー・ノディマーです」
ヨドゥバシーは床で半回転して立ち上がりながら言った。
「僕はスクワール・ラマラクゥオーチャといいます。ラマラクゥオーチャはこの島民全て共通の呼び名で、島の名前を表しますので、スクワールと呼んでください」
「俺はポーラーだ。お二人にはとても世話になった。改めて礼を言わせてくれ」と、ポーラーの挨拶の途中で、ソゴゥは定位置となったその背中に飛び乗った。
二メートル以上あるポーラーの背からヨドゥバシーを見下ろして、尻尾を苛々とポーラーの背中に叩きつけている。
「あの、弟がすみません」
「いや、光栄だ。スクワールやグリズリーには羨ましがられているんだぜ、ソゴゥ殿が神獣ではなくエルフと分かっても、まるで精霊のような神聖さがあるお方だしな」
「はあ、ええと、そうですか」
ヨドゥバシーは、弟が世界樹の元で暮らしていることで、彼らが世界樹の気配を感じているのだろうかと思った。
部屋を出ると、廊下の先にミンクと隣の部屋の男が歩いているのを見掛け、ヨドゥバシーは近寄って男に声を掛ける。
「昨夜は突然部屋にお邪魔しました、それと騒がしくしてしまってすみません」
男はヨドゥバシーを振り返ると、少し考えるそぶりをして、気にするなと言うように手を振った。
その後、頭を指して『アーユアイヤーズゴーン?(耳はどうした?)』と、ヨドゥバシーには分からない言語を口にする。
ヨドゥバシーがオロオロしていると、隣にいたミンクが「この方は、ダイマルさんです。一昨日ソゴゥ様が空から落ちて来られたのと同じ日に、大きな鳥に乗ってこの島にやって来られたのです。ニルヤカナヤ語とは別の言語を使われています」と説明した。
犬のような耳と尻尾が消えて二足歩行となり、人と同じ耳の位置に人とは違う尖った耳を持つヨドゥバシーを見て、ダイマルだけでなくミンクも驚いていた。
ダイマルは後ろから来るポーラーの背にいるソゴゥを振り返って確認し、昨夜と同様に猫のような耳があるのを見て、兄弟の違いに首を傾げる。
ソゴゥはダイマルの疑問を察し「ニャフー(視線がうるせえ)」と、悪態をついた。
「こら、ソゴゥ!」
「フブ(フン)」
ダイマルは何かを察して謝罪をするように片手を上げると、ヨドゥバシー達と一緒に食堂に向かった。
高い天井付近の採光から陽光の差す広い食堂では、兵士達が談笑し、寛いだ雰囲気で食事をとっている。この期間は毎朝、彼らはこれが最後の食事となるかもしれないという覚悟のもと、このひと時を安らかに過ごしているのだ。
ヨドゥバシーやソゴゥやダイマルに神殿兵が笑顔で話しかけて来る。彼らは口々に感謝を伝えて来た。
ヨドゥバシー達がテーブルに着くと、人数分の料理が大皿で運ばれてくる。戦闘に赴く事のない神殿仕えが、賄いや給仕を担っている。
ソゴゥもポーラーから降りて、席に着く。
「今日も魔獣が来るんですよね、いつも昼間に来ると決まっているんですか?」と、ヨドゥバシーが尋ねる。
「いや、夜間は姫巫女様が海岸沿いに防護魔法を張って侵入を防いでいる。朝になって、明るくなったら全勢力で討伐にあたるから、戦闘はいつも昼間の時間帯にやるんだ。奴らが襲来する期間は、毎日欠かさずに討伐をしないと、どんどん増えていくからな」
「俺とソゴゥも手伝いますよ」
「ウニ(うぃ)」
「それはありがたい!」
「ソゴゥ様たちがいれば、僕たちはとても心強いです!」
ソゴゥはヨドゥバシーに「ヨドは治癒優先で、俺は魔法が使えないから近接戦闘を請け負う」と傍からは、猫の鳴き声にしか聞こえない言葉で伝えた。
「分かった、ソゴゥも魔法が使えないなら、あまり無理をするなよ」
「ニウ(おう)」
ソゴゥはチラリと、隣のテーブルの向かいに座るダイマルを見た。
彼はニルヤカナヤ語を理解していないようで、ミンクがコップの水を指して「水」、野菜を指してその名前を教えていた。
異世界に来て言葉が通じないとか、きついよな。
ソゴゥはダイマルが大きな鳥に乗って来たというミンクの話を聞いて、その服装から軍用機で飛来したのだろうと推測した。彼しかいないところを見ると、同乗者のいない一人乗りか二人乗りの戦闘機あたりか。
視線を感じてか、ダイマルがこちらを見てきた。昨夜は暗くて気付かなかったが、男の年のころはノディマー家長男のイセトゥアンくらいで、黒い髪に灰色の瞳は、瞳孔に近い部分が水色で、雲から垣間見える青空のようだった。ぱっと見日本人かと思ったが、鼻筋の通った顔立ちや、先天性の骨格から来るがっしりした体付き、それに英語で話しかけて来たことや瞳の色から、欧米国籍で、アジア系のルーツをもつ人間なのだろうと思った。
色々聞きたいことはあるが、今の自分は会話どころではない。
じっと見過ぎていたせいか、男の口から「ワッツアップ、キトゥン?(どうした、子猫ちゃん?)」という音が聞こえた。こいつも後で、噛みつきの刑に処さねばならない。
食事を終えると、神殿の兵士たちは、武器防具を纏って魔獣を迎え撃つために持ち場である海岸へと向かって行く。
ソゴゥもポーラーに乗って、ヨドゥバシーと共に魔獣の元へと向かう。
「うわっ」とヨドゥバシーが、海を見て声を上げる。
「今日は多いな、だが一体の大きさはそれほどでもない」とポーラー。
ソゴゥはポーラーの背中に顔を隠して、海を見ないようにしている。
海面を覆い尽くす魔獣の群れ。
それらは、ソゴゥの苦手とする虫のような形状をしていた。
頭部は硬質な白い甲羅で覆われ、胴体部分は透明なエビのような形で、左右に透明な肢が十組ほどあり、オールのように水を掻いて泳ぎ、陸に向かってくる。
それらは砂浜に達すると、肢を砂に突き立ててフナムシのように移動している。透明に見えていた肢は、陸に上がるとどんどん黒く変色し、頭部のみ白く、胴体や肢は黒に変わって、防壁に衝突している。
親衛隊の一人をともに、カントゥータは湾を見渡せる岬の定位置にやって来ると、両腕を広げて、防御壁の操作を開始する。
今日のように魔獣が多いときは、一気に防御壁を開くのではなく、魔獣を少しずつ湾内に誘い込んで、順番に仕留められるように調整を行う。
砂浜や海岸に入り込んできた魔獣は、一体が軽自動車ほどの大きさで、ソゴゥはポーラーの背から飛び出すと、開いた防御壁の隙間からやって来る甲殻擬蝦の頭部の甲羅をひと蹴りで割り、飛びずさり、また他の甲殻擬蝦の甲羅部分を割ってを繰り返す。
頭を割られた魔獣が動きを止めたり、ひっくり返ったりしていくのを、ポーラーやグリズリーが割り開かれた頭部を剣で突き刺して仕留めていく。
他の部隊も砲弾や魔法弾、弓矢と武器や獣化による近接戦闘を開始し、一体を十数人で囲んで仕留めていっている。
ソゴゥが一人で、次々と魔獣の頭を割って動けなくしているが、何故か止めを刺さないことを見て取ったヨドゥバシーが「何で、そんな中途半端な攻撃をするんだ?」と、ヒットアンドアウェイを繰り返しているソゴゥに尋ねた。
「ニャルガ・・・(汁が・・・)」
大刀などを突き刺す熊男たちや、他の接近戦で爪や牙で魔獣の肢を引きちぎる兵士たちは皆、魔獣から噴き出した形容し難い色の体液に塗れている。
「おい、そんなことで手を抜くなよ、皆必死で戦っているんだぞ」
「シャーッツ!(俺は一生懸命やっている!)」
ソゴゥの尻尾が毛羽立ち、猫耳が平らに伏せられているのを見てヨドゥバシーは嘆息した。
二人が言い争いをしている間に、砂浜に押し寄せて来た魔獣に一部兵士たちの対応が追いつかない箇所が生じ、陣形の乱れと怒号が響く。
「まずいな」と砂浜全体の指揮を執っていたジャガーが、自らその中心へ向かって行く中、突如として魔獣が次々と倒れていった。
パスパスと、乾いた軽い音がするたびに、魔獣の硬い頭部に小さな穴が開くのを見て、ジャガーは音のする方を振り返り、そこにダイマルの姿を見つけた。
彼は、飛来した鳥のような乗り物の中にいた時から肺を潰す重症だったが、昨日の奇跡の光の恩恵を受けたのだろう、見慣れぬ武器を構えて、魔獣に応戦していた。
ダイマルは食堂で話していたミンクに、海から今日もモンスターが来ることを聞き出し、兵士たちの後についてやって来たのだった。
拳銃で何とかなるとは思っていなかったが、囮くらいにはなるだろうと参戦していると、不思議とダイマルには、この奇妙な巨大生物の弱点がまるでポインターで示されているかのように視認できた。ダイマルはそこを的確に狙って撃っていった。
情報投影型のゴーグルを付けているわけでもなく、また威力を増大させる補強機器を銃に取り付けているわけでもないのに、ただの鉛玉がレーザーのように対象に穴を開け、一発で仕留めることが出来た。
このモンスターどもは見掛け倒しで、張りぼてのように軽い体組織で出来ているのか?
弾丸を全て使い切ると、ダイマルは軍用ナイフを手に持って接近戦に切り替え、人手が足りていない所に向かった。
青い砂を蹴り向かった先は、バランスを崩して倒れる神殿兵に、モンスターの肢が襲い掛からんとする現場で、ダイマルはその間に身体を割り込ませると、槍のように先端が尖った肢をナイフで受け止めて弾いた。返す手で振り払うように薙ぎ斬ると、同時にその後ろに生えていた肢の数本もスパッと千切れ飛んだ。
周囲の神殿兵から驚嘆の声が上がったが、ダイマルも同じ気持ちだった。
最新技術で作られた硬度と柔軟性を併せ持つ特殊鋼と言っても、これはあくまでただのナイフで、触れてもいない物まで斬るという機能はない。
銃だけでなく、ナイフまで桁違いに威力が増している気がする。
ダイマルは無駄のない動きで、次々とモンスターを片付けていく。
武器の強度が増しているなら、その恩恵を享受して、このとても現実とは思えないモンスターの襲撃を退ける一助となろう。
一体を屠る度に、その体の上に跳躍して高い位置から周囲を見渡し戦局を見て、戦力の足りていない所に加勢に行くのを繰り返した。
海に最も近い場所では、あの白い頭髪の猫のような姿の男が一騎当千の戦いを繰り広げている。ひと蹴りでモンスターの頭を割っていくのに、全く汚れていないのは別の者達が止めを刺す役を担っているからのようだ。
昨夜は犬のようだった灰色の髪の方は、その手から放たれる白い光で周囲の負傷者の傷を治しているように見える。あの光は、医者のような者が自分に施してくれたあの温かい神霊医療のようだが、噴き出す血を瞬時に止め、身体に開いた穴が見る見るうちに塞がる様は魔法のようだ。
いや、魔法なのだろう。
既にそれを目にしていた。
ここで戦っている者達は、何もない所から火を放ったり、ただの矢じりに電気を纏わせて放ったりしていた。
映画のセットでも、特殊メイクでもなく、彼らの動物の特徴を持つ容貌は本物で、襲ってくるモンスターも、そして攻撃や防御、治癒などに使われているのは未知なる力だ。それらは、ここが地球ではないと、明確に示唆していた。
あの核爆発は、時空に穴を開けたのだ。
感傷に浸っている場合ではないが、ダイマルは耳を聾するほどの爆発音や、怒号が飛び交う中で、自分はとても遠くへとやって来たのだと思った。
ここは、地球ではない何処か別の惑星なのだろう。
魔獣の死骸で浜が覆い尽くされるが、それでも海からはまだ倒した数よりも多い魔獣が押し寄せ続けている。
ソゴゥは流石にウンザリして、今すぐにでも魔法が使えたらどれだけいいかと、病状を恨み、陽がやや傾く海洋を睨み据えた。
せめてこの場にヨルがいたら。
あいつなら、この場にいる魔獣を一瞬で焼き尽くすことが出来るだろう。
よく考えたら、おっかない奴だ。
今まで返り血が嫌で使ってこなかった爪を強化して、本気で相手にするしかないか。
ヨドゥバシーが回復しているとはいえ、兵士たちの精神に負担が生じているはずだ。長く戦場に居続けるというのは、きっと良くない事なのだろう。
島の住民は皆、狩人や戦士のように引き締まった体つきをしているが、聞けばこの海からの魔獣は百年おきに襲来するというのだから、普段は戦いの中にいるわけではないはずだ。まあ、この島の虫は異様に大きく、人を襲うものもいるだろう。
けれども、海から来る魔獣のようにここまで積極的に人を襲って来るわけでもなければ、昨日のタコや、この甲殻擬蝦ほどの大きさはない。
島の虫は、魔法が使える大人なら問題なく一人で追い払えるレベルだ。
それにこの島の人間は、皆動物の魂を宿していて、動物の力を上乗せした生命力と戦闘力を持っているため、普通の人間に比べて非常に強い。だが、後ろで戦っているあの地球からの異世界召喚者の戦闘力は、世界征服が狙えるレベルだ。もともとかなり優秀な軍人だったのだろうが、あの男が持つとナイフが聖剣に、拾った槍が神槍になったような膨大な魔力を帯びている。おそらく、ダイマルという男本人は気付いていないだろうが。
ヨドゥバシーがダイマルにも体力回復魔法を掛けているため、絶望的な量の魔獣も、彼の働きによって確実に数を減らしていた。
それに、これだけの量の魔獣の襲来を防ぎ続けていた姫巫女の防御魔法もすごい。
岬の上に立つ姫巫女から放たれる魔法は、イグドラム国で防御魔法を得意とする第三魔導士に比肩するのではと思われる。
「はあ」と、ソゴゥはため息を吐いた。
硬いカギ状に曲がった爪の先に、魔力を集中させる。
「やるか」と一声を発し、覚悟を決めて視線を前に向けた瞬間、天空から雷光が雨のように降り注いで、爆音と共に海上に降り注いだ。
咄嗟に耳を塞ごうと頭に手をやるが、そこに耳はなくなっていた。
いまだ海上に落ち続ける雷よりも大変な事が起きたと言わんばかりに、ソゴゥはヨドゥバシーを振り返ると「耳がなくなった!」と叫んだ。
「言葉も治っているぞ、良かったな!」とヨドゥバシーも大声で叫ぶ。
その間も止まない落雷だけではなく、戦艦からの砲撃が眼前の海に水柱を上げ、更に黒い炎が海面を舐めるように這って、魔獣を燃やし尽くしていく。
「クソッ、このタイミングで!」と、残念がるソゴゥに「どうしたんだ?治って良かったじゃないか」とヨドゥバシーが疑問を口にする。
「あの軍艦には、ミッツも乗っているよな」
「たぶん、そうだろう。それが?」
「噛みついて、うつしてやろうと思っていたのに」
「うん、なんで?ミッツ兄さん、俺たちを守ってくれていたのに?」
「昨日、獣化した俺たちを、生温い目で見ていた。あれは馬鹿にした目だった」
「いや、仕方ないだろう、兄弟に動物の耳が生えたのを想像してみろ、きっと俺たちだって笑ってしまうはずだぞ」
「いや、俺は笑わない」とソゴゥは真剣な目で言った。
「そうか、すまん」
牙をカチカチと鳴らして悔しがるソゴゥを見て、ヨドゥバシーは「ソゴゥ、お前、歯がまだ猫のままだ」と、指摘する。
ソゴゥは舌で自分の歯を確かめて「本当だ」とニヤリと笑った。
イグドラム勢力の参戦で、魔獣はあっという間に蹴散らされて、陸に向かう個体は皆無となった。
こちらへと進んできていた軍艦は、陸からの指示で砂浜を横切って湾へと向かっていく。
その所属や国籍を探るように軍艦を見つめているダイマルを見て、ソゴゥは少し気の毒に思った。彼が今見ている船は、彼の知る何処の国のものでもないからだ。
ソゴゥはダイマルが彼自身の状況について、どこまで理解しているのか不安に思った。
やがて、湾の方に停泊した船から知った顔が次々と降りて来る。
「ソゴゥ!探したぞ、樹精獣達がどれほど心配しておったか」
「俺も皆に会いたいよ、ヨルにも心配かけたね」とソゴゥが目を潤ませたのは一瞬で、その後ろからミトゥコッシーが来るのを見つけるやいなや「兄さーん」と両腕を広げて走って行く。
「なんやソゴゥ、可愛いなあ」と、再会を喜んで走って来ると思っているミトゥコッシーが、こちらも両腕を広げて待ち構えていると「ミッツ兄さん逃げて!」とヨドゥバシーの叫び声と同時に、腕に激痛がはしった。
見ると、ソゴゥが腕に噛みついている。
ガブガブと数度鋭い牙を突き刺して満足したソゴゥに、「何や、もうケモ耳がのうなってしもうたんか、ミッツからソゴゥとヨドが可愛らしいって聞いておったんだがのう」とニトゥリーの声が掛かる。
ソゴゥは徐に振り返ると、ニトゥリーの腕にも噛みついた。
「イッテッエ!」と叫ぶニトゥリーの後ろにいたイセトゥアンが、一歩下がる。
イセトゥアンは無言で両手を上げている。
ソゴゥはニコニコと「イセ兄だけ仲間外れにはしないよ、俺優しいから」と、シュンッと何かが目の前をよぎったと思った瞬間、イセトゥアンの顔に爪で四本の赤い線が刻まれ、血が噴き出した。
「なんでだよ!」と、イセトゥアン。
「お前たちも、獣風邪に罹ったらいいんだ」と昏い目を向けて来るソゴゥ。
「この虫だらけの島で、魔法が使えなかったソゴゥの精神は限界だったんだ、許してやってくれ」とヨドゥバシーは吐息を吹きかけるように治癒魔法を発動させて、イセトゥアンの顔の傷と、ニトゥリーとミトゥコッシーの腕の噛み痕を塞いだ。
「ソゴゥ様!お久しぶりでございます!」
「ブロン!」
「ソゴゥ様、ご無事ですか?お怪我はありませんか、ちゃんとお食事はとられていましたか?睡眠は足りていますか?」
「ヴィントも久しぶり!」
ブロン・サジタリアスとヴィント・トーラスが駆け寄ってくる。
「あの雷魔法はブロンだったんだね、爆風が島に直撃しないようにしていたのは、ヴィントの魔法でしょう、ありがとうね」
「はい!」
「ソゴゥ様!」
普段は王宮騎士らしく上品な微笑みを称えたままの表情を崩さない二人が、満面の笑みで、両親や教師に褒められた子供のように目を輝かせるのを見て、ライフ・スコーピオは「キモイ」と呟いた。
その瞬間、ヴィントの腕がライフの首をロックし、ブロンの手がライフの赤い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「ヴィント、今何か聞こえなかったか?」
「いや、何も。なあ、ライフ、お前何も言ってないよなあ?」
「グウッ、放せバカコンビ、気安く俺の髪に触れるな!首を絞めるな!」とライフがヴィントの腕をタップしている。
「あんな二人初めて見た」と、気の置けない仲間内のやり取りを見てソゴゥが言う。
「船の上では、ずっとあんな感じだったぞ」とヨルがヴィントとブロンの様子について話すと、ソゴゥはちょっと寂しそうに「いいな、友達なんだな」と呟く。
「俺には、カツアゲにおうとる不幸な男にしか見えんがのう」とニトゥリー。
艦長のスオーノ・ジェミナイ少佐は、接岸後の戦艦の固定と周辺状況の確認を終えると、海岸で戯れている部下達の元までやって来て、そこにソゴゥを見つけ最敬礼をした。
「第一司書殿、ご無事で何よりです。御身に何かあったらと気が気ではありませんでした。ノディマー伯爵もご無事でよかった。副艦長から事情は伺っております。我が艦も、この島に押し寄せる魔獣の襲来の撃破をお手伝いさせていただきたく存じます」
「それはありがたい、この島の人達には大変お世話になったので、私としてもその恩に報いたいと思っておりました。海軍のご助力があれば、大変心強い。よろしくお願いします」
そう応えるソゴゥのすまし顔に、兄弟達は笑いを堪えるのに必死だった。
司書服を着ていたなら様になっただろうが、今は伊達な衣装で、髪も目も生来のエルフのものに戻っている。第一司書は深緑色の司書服と黒髪黒目が認知されている姿なため、スオーノが一見でソゴゥに気付いたのは、極東の島でソゴゥ達を救出したときに、ソゴゥのこの姿を見ていたからだろう。
親衛隊に警護されてやって来た姫巫女であるカントゥータに、スオーノが挨拶をする。
ほとんどの神殿兵は、魔獣の焼却を終えると神殿に帰還したが、一部兵士は戦艦を警戒して様子見にやって来た。
ソゴゥはポーラーを見つけるなり、その背中に飛び乗る。
「何をしているのだ」とヨルが、疑問を口にする。
「四つん這いじゃ恥ずかしいから、背中にのっけてもらっているんだ」
「ソゴゥ、もう普通に歩けるだろ?」とヨドゥバシーが指摘する。
「そうだった、なんかポーラーを見ると癖で」
「ソゴゥ様の好きにしてくれたらいいぜ、ところで、あんたはもしかして、ミトゥコッシー殿か?」とポーラーがニトゥリーを見て言う。
「いや、ミトゥコッシーはこいつよ」
ニトゥリーが隣のミトゥコッシーを指す。
「そうか、目がきつい方がそうかと思ったんだ。あのクレイという男に憑りついていた際の眼光が、鋭かったからな」
「ほう、目がきつい方が俺という事か」とニトゥリーが目を眇める。
「ポーラーは悪くない」とソゴゥ。
「鏡を見ろ、事実に向き合え」とイセトゥアン。
「俺は、鋭い目つきって言われたら嬉しいがのう、まあ、言われたことはないが」とミトゥコッシー。
「父さんよりはましだって、ニッチ兄さん」とヨドゥバシー。
慰めようとして何も思いつかず、ニトゥリーの肩にただ手を置くヨル。
「お前ら」
騒がしく、浜辺から神殿に向かう兄弟達に、カントゥータが声を掛ける。
「ミトゥコッシー殿、魔獣の討伐に感謝する。貴方が、エルフの軍の人達にこの島の事情を伝えてくれたおかげだと伺った。それと、随分早い到着だったね」
「おう、兄弟達が手を打っておって、既に船がこちらに向かってたんでのう。それで、クレイ・エリースの引き渡しだが」
「それなら、先ほどスオーノ殿と話をして、船がこの島を出るまで神殿の牢に収監しておくことに決まったよ。あの沖の島が消えて、魔獣の襲来が止むまでこちらに滞在して、力を貸してくれるという申し出があったんだ」
「それは良かった」
「ああ、本当に感謝してもしきれない。僕たちは、君たちに何が返せるだろう」
「気にしなさんな、既に弟たちが助けられとるんやから、むしろ、恩返しと思うてくれたらええわ」
「本当にありがとう。それと、君は想像していた通りの姿をしているな」と、カントゥータが、爽やかに笑うミトゥコッシーを見て言った。
それを聞いたニトゥリーの腑に落ちないという表情に、ヨドゥバシーが苦笑する。
ニトゥリーはポーラーの上からソゴゥを引き下ろして、皆より遠ざかるようにして歩調を遅らせながら「のう、ところで」と、ダイマルの方に視線を向ける。
「あれはどういう事や?」
こちらの世界の技術ではない意匠の服を着たダイマルを見つけて、前世の記憶があるニトゥリーが、同じく前世の記憶のあるソゴゥに尋ねた。
「二日前にこの島に戦闘機でやって来たらしいこと以外は、何も。俺はさっきまで獣風邪のせいで言葉が話せなかったから、彼とまだ話をしたことが無いんだ」
「そうか、なら、あとで話しかけてみよう、兄弟達のおらんところでのう」
「あの人、こっちの言葉も分からないし、おそらくここがどこかもわかっていないんだと思う。あと、どうやってこの世界に来たのか気になる」
異世界召喚ものの創作なら召喚者がいて、彼を呼んだ者が事情や役割を説明して物語が進んでいくのだが、彼の周囲にそれを説明してくれるような人物はいないようだ。
ダイマルの戦闘の技術は、魔法を使って挑んだとして彼を倒せる者はそうはいないと思えるほどに高いものだった。彼が魔法を習得すれば、間違いなく大陸の頂点に近い戦闘力を有するだろうと、ソゴゥは考えた。
神殿への帰路へ加わると、遠く森の上空を飛ぶ巨大なトンボの群れを見つけ、ソゴゥは自身を抱えるように両腕をさすった。
後ろからは、イグドラム海軍の兵士たちが付いて来る。イグドラム海軍は交代で神殿に宿泊する者と、軍艦に残る者とに分かれた。
神殿はイグドラム海軍を受け入れ、夜は歓迎の宴が広い食堂で催された。
ソゴゥは目の端にダイマルを捉え、宴の半ばでミンクとジャガーと呼ばれる親衛隊の隊長の男と共に連れ立って食堂から出て行くのを確認した。
ダイマルはミンクに、自分が乗って来た戦闘機の様子を見に行きたいという希望を、身振り手振りで何とか伝えることに成功した。この申し出に、神殿のトップと思われる姫巫女の了承を得て、親衛隊のジャガーという男が付き添う事となった。
ブラジルで見たオンサと呼ばれていたネコ科の大型獣に似た特徴の男だ。
ラマより大きな白い動物にミンクと乗り、先導するジャガーの後を追って街へ入り、その奥にある森へ向かう。真っ暗な森に差し掛かる辺りで、ミンクとジャガーが記号の描かれた羊皮紙のような物に手を翳すと、光の玉が突然空中に現れた。光の玉は羊皮紙の上に留まり、行く先を照らしている。
先の化け物たちとの戦闘で見たものと同様に、これも魔法なのだろう。
木々の間を縫って進むと、時折、巨大なものの気配を感じたが、こちらへは近寄ってくる様子はない。
やがて天蓋の枝が尽きて明るい夜の空が見えるその場に、核爆発からこの身の盾となり守ってくれた凰二翼がそこにあった。
月明りを受けてなお機体が暗いのは、凰二翼が光りを吸収し反射しない装甲のためだ。
闇の中では闇より暗く、光の中では透けてみる迷彩塗装には、それでも世界にお披露目するためにあえて黒い機体に墨のような色の字で「鳳凰」と刻まれている。
この字は発光し、目立たせることが出来る。
ダイマルは乗っていたラマのような動物から降りると、凰二翼に近づいた。
やはり夢ではなかった。自分はこの凰二翼に乗って、この島にやって来たのだ。
機体後方の装甲が少し熱で溶けているが、爆心から数キロ離れられたかどうかで、この程度のダメージで済んだなら、やはり凰二翼の防御力は絶大だと評価できる。
ただし、内部の操縦席はまだまだ改善してもらわないと、操縦士の身がもたない。
凰二翼の機体に触れ、これを持ち帰る場所もないことに思い至り、強襲する感情の波を固く目を閉じてやり過ごす。
「鳳凰って書いてあるね、まさかの日本製?」
「いや、中国製やろう、しかしこんな戦闘機は映画でも見たことがないのう」
ダイマルは聞こえて来た異国の言葉の中に日本語の発音で「鳳凰、日本、中国」といった単語が聞こえたことに驚き、振り返った。
いつの間にかミンクやジャガー以外にこの場に現れた三人が、ダイマルの後ろで戦闘機をしげしげと見ていた。二人は白髪で、人の耳の位置に人とは違う特徴の尖った耳をもっている。もう一人は、黒髪に真っ赤な瞳で、二人とは違うがやはり尖った耳を持っていた。白髪の一人は海辺で一緒に戦っていた、黄緑色の虹彩を持つ猫のような男で、今は二足歩行となり、頭にあった耳がなくなっている。
「マイネームイズ、ソゴゥ。アイワズ、ジャパニーズ」
「イッツ、ニトゥリー」
「日本人だった?」とダイマルが日本語で聞き返す。
「お、日本語話せるんかい」
「俺たちは日本人だったんだ。でも、この星に日本はない」
「ああ、やはりそうか」
ソゴゥはダイマルの取り乱すこともない様子を見て、話を続ける。
「俺と仁酉は、地球にいた時の記憶がある。今はこの惑星で、人間ではくエルフという種族に生まれ変わったんだ。特徴はこの耳と長寿なところ。知能や身体能力は人間とそれほど変わらないというのは、元人間だった俺の印象」
「仏教の輪廻転生という概念か、本当に生まれ変わりがあるとはな。まだここが地球であり、俺は何かの大掛かりなプロジェクトに巻き込まれただけだと言い聞かせていたが、あの三つもある月を見て、流石にその可能性を捨てざるを得ない状況だと理解していた」
軍人らしく、感情の制御が上手いのだろう。淡々とした口調、変わらない表情、だが、ソゴゥはその目の奥に絶望を見つけてしまった。
「ダイマルさん、貴方はどこの国の人ですか?この機体は何処のものです?」
「俺に国籍はあってないようなものだ、両親を知らないし、育った国はいくつもある。最後に在籍していたのはアメリカだが、この戦闘機は多国籍民間企業から奪取したものだ。そういう任務だった。これは俺の最後の任務で、これが終われば結婚する予定だった」
「なんや、絵に描いたようなフラグやな」
「ちょ、ニッチ、いまそういうあれじゃないから」
「すまん」
ダイマルはソゴゥとニトゥリーを見比べて「兄弟が沢山いるんだな」と気にした様子もなく言った。
「男ばかりの五人兄弟に、最近妹が増えて六人や」
「それで、そっちの人もエルフと言う種族なのか?」
「我はヨル、悪魔だ」と、ヨルが日本語で答えるのを、ソゴゥとニトゥリーが「おお」と感嘆の声をあげる。
「ヨル、日本語話せるんだね」
「我は、イグドラシル貯蔵の隠府の言語集から知識を得て話している」
「隠府?」
「その人、悪魔と言ったようだが?」
「悪魔でおうとる、ヨルは俺らの家族も同然よ」
「俺が召喚したんだよ。角や尻尾や翼もあって本当はもっと大きいけど、人に擬態してもらっているんだ。俺はどうせ転生するなら悪魔が良かったのに、エルフとか・・・・・・」
「ソゴゥ、お前まだその厨二病治ってなかったんか」
「厨二病言うな、俺はこんなフェアリーな姿にカッコよさは見つけられない」とソゴゥは自身の姿を、いつもの黒目黒髪に戻した。
「なるほど、その姿なら日本人だったと理解できる」
「生前というか、前世の姿そのままだからね、といっても俺は前世では十四までしか生きていないから、今は前世の年齢を超えているけど。俺は二十一で、ニッチは二十四歳、俺たちは見たまんまの年齢だけれど、エルフは見た目で年齢が分からないから、あまり歳は意味がないんだ。ヨルに至っては俺も年齢を知らない」
「我は活動期と停止期があるから、生命体としての年齢は計りようがない」
「そうなんだ」
「危険はないのか?」とダイマルがヨルを見て言う。
「ヨルの事?」
「ああ、悪魔なんだろう?」
「なんや悪魔と言うてものう、俺たち元日本人には悪魔を忌避する宗教観はないし、ぴんとこんのよ。それにヨルはソゴゥが召喚したが、願いの代償に魂を要求するようなことはせんし、そもそもヨルの体は世界樹で出来ておるから、俺たちエルフには世界樹の一部のように思えるんよ」
「世界樹?」
「この星の文明を守る、どの山よりも高く天を衝く大樹が嘗てあってのう、その大樹は、いまは折れてしもうたが、その聖骸と知識を守るのが我らエルフの役目よ。そして、ソゴゥはその世界樹に選ばれた世界樹の代行者で、その守護者がヨルや」
「一度に話しても、この星の世界観を理解するのは難しいと思うよ、先ずはこの島の事を知って、大陸の他の国々や世界の事をゆっくり分かっていったらいいと思う。その手伝いならできると思うから、俺たちを頼って欲しい」
ソゴゥはダイマルの手をとり、曇天のようなダイマルの瞳を覗き込む。
「ダイマルさん、貴方がこの星に来た意味がきっとある。この島を守るのもいいし、俺たちの国に来て、何か見つけるのもいい。この世界は資源争いも宗教戦争もほとんどなく、概ね平和と言っていい、けれど、脅威となる魔物がいる。貴方が寄る辺ない思いにさらされるなら、俺たちを家族と思ってくれていい。同じ地球の記憶を持つ者は、俺と仁酉、それに俺たちの両親がそうだ」
「六人兄弟と聞いたが、他の兄弟は地球の記憶がないのか?」
「ああ、一人はこっちに来てからの兄弟でのう、前世から兄弟だった他の三人には、地球での記憶がないんよ、無理矢理思い出さそうとして混乱させてもいけんし、黙っておくことにしておるんよ」
「そう、だから、地球の話は俺と仁酉にだけにしてほしい」
「承知した。言葉が通じ、なお事情が分かる相手がいたことは幸運だった。そういえば、タブレットのケースの開け方や、あれが食べ物だって知っていたのにも納得がいくな」
「あれ、罰ゲーム用の何かなの?」
「まあ似たような物だ」
ダイマルが微笑を浮かべ、ソゴゥは少し安心した。
自分には兄弟達がいたから良かったが、婚約者を地球に残し、もう戻ることが出来ないかもしれないと自暴自棄にならないかと危惧していたのだ。
いや、もしかしたら、まだ戻れるかもしれないと希望を持っているのかもしれない。なら、それに協力してあげよう。ソゴゥはソワソワと、こちらの会話を不思議そうに眺めている二人を横目に、そう決意した。
「ミンクさん、ジャガーさん、ダイマルさんの話している言葉を偶々私たちも知っていたので、彼と話すことが出来ました。彼は国に結婚を控えた婚約者を残して来たようです。けれど、今の所、国に帰る術はないので、暫くは島に残る事となるでしょう。もし彼が望めば、イグドラム国に連れて行くことも可能です。どうか、彼の事をよろしくお願いします」
ソゴゥはニルヤカナヤ語でミンクにそう伝えた。
「もちろんですよ、ダイマル様もソゴゥ様たちも私たちの島の英雄です、本当ならずっと島にいて欲しいです。ソゴゥ様がそんなに流暢にお言葉を発せられると、なんだか不思議な感じがしますね、ソゴゥ様は神獣のイメージが強くて、その言葉は巫女や一部の人間にしか届かない神聖な生き物のような気がしていました。でも、お話をされるソゴゥ様は、とても知的で怜悧な印象へ変わって、まるで知恵の神様のようです」
ソゴゥは照れて顔を赤くし、ヨルはその横で主をもっと褒めよと目を輝かせている。
「ソゴゥは何を言われたんだ?」とダイマルがニトゥリーに尋ねる。
「べた褒めされて、照れておるんよ。喋れるようになって、神獣から知恵の神のような印象に変わったとか言われとる」
「そう言えば、ソゴゥは猫のような耳や尻尾があって、四足歩行だったな。もう一人は昨日まで犬のようで、二人とも喋らなかったが、あれはこの島と関係があるのか」
「ソゴゥとここには居らんヨドゥバシーはのう、この星特有の獣風邪に罹患しておったんよ。獣風邪いうんは、獣のような姿に変化して、口舌や手指の自由が効かんようになったり、思考や仕草も獣の生態に引っ張られるようや。変化する獣は個人差があって、聞くところによると、ソゴゥは川猫という獰猛な肉食獣、ヨドゥバシーは木登り犬という行動的な獣に変化していたようや」
「獣風邪は、本来この星の人間特有の病気で、エルフは罹らないはずなのに、何故か俺と淀波志は罹って、通常二三日で回復するところを十日近くあの状態だったんだ。それとは別に、この島の人間が、獣の特徴を持つのは、淀波志が言うには、獣の霊をそれぞれ身に憑依させているらしい。シャーマニズム?そういう民族だったようで、足りない能力を補うための島の習慣で、赤子の時に交霊して一生その姿と能力で生きていくんだそうだよ」
「元は、普通の人間ということなのか。では、あの獣の特徴のない神官の女性も、実は何かの獣の霊を宿しているのだろうか?」
ソゴゥは首を傾げる。
「姫巫女のカントゥータさんは、十年前に突然島に現れたんだって淀波志が言っていた。彼女の出自は謎なんだそうだよ」
「一昨日戦闘機でこの辺りの海域を飛行して来たが、周囲には海ばかりだった。十年も前なら、まだ子供だっただろう。どうやってこの島に来たんだろうな」
「それはカントゥータさんに聞いてみないと。ところで、ダイマルさん、貴方はどうやってこの惑星に来たんですか?」
「そうや、俺も気になっておったんよ。明らかに、向こうの格好のままこっちに来とるようだからのう」
「ああ、俺も良く分からないんだが、この鳳凰は二機で一対の戦闘機で、後方数キロを飛行していた対の無人戦闘機が積んでいた核が炸裂したあと、空に真っ黒な闇が口を開けて、俺ごとこの戦闘機『凰二翼』を飲み込んだんだ。気が付けば、この島付近の海上だった」
「なんや、物騒な話よのう。地球は世界大戦でも始めたんか?」
「いや、そうじゃない。単に事故だ」
ソゴゥとニトゥリーのホッとした様子にダイマルは、二人の人となりを見た気がして、この二人がいるなら、こちらでも何とかなりそうだと思った。
「とりあえず、この凰二翼は神殿近くに移動させておこうと思うが、それをその二人に伝えてくれるか?」
「この戦闘機、動くの?」
「ああ、故障はしていないし、燃料もまだ十分ある」
「二人乗りだったりしない?」
「一人乗りだが、二人乗れる。もしかして乗りたいのか?」
ソゴゥは目を輝かせて頷く。
「俺も乗りたい、戦闘機なんてそうそう乗れる機会なんかないしのう」
「ニッチ、じゃんけんね」
「おう、お前の思考を読んで裏をかいちゃろ」
ダイマルが許可する間もなく、兄弟はじゃんけんを始め何故かヨルも加わっていて、勝者はヨルになった。
「我の勝ちだな」
「まさかの伏兵」
項垂れる兄弟に、ヨルは珍しくソゴゥファーストないつもの様子から、自身が戦闘機に乗る気満々で「こんな塊より、我の方が早いにきまっておる」と言って、ダイマルに操縦を促した。
ソゴゥはミンクとジャガーに戦闘機を神殿付近に移動させることを説明し、二人が凰二翼に乗り込むと、羊馬を連れてその場から距離をとった。
エンジンが回転し出すのを、ソゴゥとニトゥリーは興奮しながら見守り、ミンクとジャガーは獣耳を伏せ怯えを孕んだ視線を向けていた。
垂直浮上後、上から紐で引き上げられているかのような不思議な機首の持ち上がり方をして、地面を叩きつける風と共に戦闘機が上昇し、そのままゆっくりと木々の上まで出た後、そこからは一瞬で視界から消えた機体に、ソゴゥとニトゥリーは歓声を上げた。
「すごい機体だね、物体が音速で空気を押したときに出来る歪がほぼ停止状態からの数秒で発生したという事は、あの戦闘機は秒で最高速度に達することが出来る性能を持っているってことだよ。ってか、多分もうとっくに神殿に到着したね」
「あんな戦闘機に対抗意識を持つとは、ヨルも面白い奴よのう」
「ヨルも飛行速度、音速超えてるから」
「マジか、ヨルはそんなに早く飛べるんか」
「一度、背中に乗せて飛んでもらうといいよ」とソゴゥは遠い目をした。
昨夜の戦闘機の接近に神殿にいたエルフ達は驚き、既に見知っていた神殿兵たちは、味方の物だと説明した。
神殿の姫巫女と同様に獣の特徴を持たず、赤い民族服を纏っていない男の事がミトゥコッシーは気になっていた。このダイマルという男は、何故かニトゥリーとソゴゥとヨルのみ話が通じている様子で、三人が通訳となっていた。
「あの男が話しとる言葉は、どこの国のもんや?」
「極東の島の古語だね、俺は極東に行く仕事があったから勉強したんだ」と話を創るソゴゥ。
「我は元々極東にいたので、知っていた」
二人が答える側で目をウロウロさせているニトゥリーにも、ミトゥコッシーは尋ねる。
「ニッチ、お前はどうなんや?」
「警察学校で習ろうたんや」
ニトゥリーはこの場に自分以外の警察官がいないため、苦し紛れにそう答えた。
「何でそんなマニアックな言語を、警察で習うんよ?」
「警察官の心得や基礎となる教訓に、極東の島の故事を参考にしたものがあるからや」
「どんな故事があるんや?」
俺にだけしつこくないか?と、ニトゥリーは思いつつ、焦りを意識するとミトゥコッシーに思考を読まれてしまうため、明鏡止水の境地にまで精神を落ち着けて「長い物には巻かれよ」の話を、ファンタスティックに語って聞かせた。
ソゴゥは丁度近くに来たスクワールの尻尾に顔を埋め、象の鼻に巻かれた猟師が、襲ってきた獅子を弓矢で追い払ったところ象の墓場まで連れて行ってもらい、大量の象牙を手にした中国の話を、原形をとどめないほど脚色してニトゥリーが話すのを横で聞きながら、必死に笑いを堪えていた。
「その話の何処に、警察官が参考にしないといけん教訓があったか分からんが、まあええわ」
ミトゥコッシーは爽やかに笑いながらも、一瞬だけ刺す様な疑りの眼差しをニトゥリーに寄こし、そのまま手をひらひらさせて地下の牢へと向かうためにこの場を去っていった。
「ニッチも、クレイ・エリースの所に行かないといけないんじゃないの?」
「そうやったわ、行ってくる」
朝食を終え、神殿兵やイグドラム海軍は海へと既に向かっており、ミトゥコッシーとニトゥリーはクレイの方を任されていた。
ソゴゥはスクワールとヨルを供に着けて、ダイマルを伴って海岸の高台の方を目指した。
姫巫女のカントゥータが防御魔法を操作する岬までやって来ると、その場から遠く海の彼方、蜃気楼のように浮かび上がる黒い島を確認する。
「スクワール、あれが百年に一度出現する島で間違いない?」
「はい、あの三角の特徴的な島がそうです」
「我が行って破壊してこようか?」
「いや、既にスオーノ少佐が軍艦で向かっているから、様子を見よう。それより、あの島の抜本的な問題解決を図ろう」
ソゴゥは権威のカギを顕現させ、ヨルを通して全イグドラムの樹精獣にミトゥコッシーから聞いた現在位置を知らせ「海底地形、巨大生物」の一斉検索を申請した。
ものの数分で、海域の海底地図と生物に関する巨大化の資料が送られてきた。
ソゴゥはそれを平らな地面に投影して、その場にいる者にも分かるように見せた。
「この海域には、珍しい浅海熱水噴出孔が存在しているね。それに、この付近には海面に達するまで消失しきらなかった流星が、付近を航行する船から数多く目撃されている」
「その条件なら、既存生物の性質変容を促す事象が起きた仮説が立つな」
ダイマルは投影された海底地図と島の位置関係を確認ながら、そうつぶやく。
「流星に原因があったのか、地形に解明しきれていない有機物の遺伝子組み換えを可能とするポテンシャルを孕んだ物質が元々存在していたのか。どちらにしろ、襲来する巨大生物は、熱水噴出孔の付近で発生したものだろうね」
「そうすると、あの島も生物である可能性があるのではないか?」
ヨルの指摘に、ふと地面から目を離し、四人の視線が島を捉えた。
今まさに、イグドラム海軍の軍艦からの魔法弾が島に向かっての試射が、その砲門から放たれたところだった。
だが、この魔法弾は、着弾する寸前で解術されて消失した。
第二、第三と属性の異なる魔法弾が発射されるが、これらは悉く島へ到達前に無効化されている。魔法無効の防御壁があると考えたのであろうスオーノの指示は、次に物理砲撃へと移っていた。こちらは島の硬い装甲に弾かれて、ほとんどダメージが入っていない様子だ。
ソゴゥは直ぐにイグドラシルの樹精獣に「魔法無効、海洋生物」での検索を依頼し、樹精獣達はソゴゥのオーダーを予想していたのか、直ぐに「ウウウキュキュキュッツキュ(大裏渦貝の黒いやつ)」とジェームスがヨルに伝えた。
ソゴゥは送られてきた検索結果を、地面に投影する。確かに黒い島と、その貝は形状がよく似ていた。
「殻が異様に硬く、魔法をはじく性質があるため、軍事用に乱獲された過去があるが、今は国際条約に基づき、養殖以外の天然物の捕獲は禁止されている。となると、スオーノ少佐は既にその正体に気付いているかもしれないね」
「物理砲撃も通じていないのであれば、我があれを破壊して来よう」
「魔法が通じないなら、ヨルの攻撃も無効化されるかもよ?それより、ヨルは泳げるんだっけ?潜水は出来る?」
「海中でも問題なく過ごせる」とヨルが胸を張る。
「なら、あの貝の中身がどうなっているのか、ちょっと海に潜って見てきてくれる?あの巨大な島ほどもある貝の浮上と、あの貝から巨大生物がこちらにやって来る理由が知りたい」
「分かった。その後、可能なら貝を破壊するがよいか?」
「ああいいよ、この一方的な島の蹂躙は見過ごせない」
ソゴゥはヨルが翼を出して島へ飛んで行くのを見届けると、イグドラシルからの貝の性質の続きに目を戻す。
「本当に悪魔なんだな」
「あの翼、羨ましすぎる。カッコいいですよね?」
「え、ああ、そうだな」とダイマルはソゴゥとの感性のずれを感じながらも頷いた。
ダイマルは、湾で応戦する神殿兵とエルフ達を見ながら「俺はあっちに加わった方が、よかったんじゃないか?」とソゴゥに尋ねる。
海岸にはヨドゥバシーとイセトゥアン、それにイセトゥアンの隊の王宮騎士が、巨大なタカアシガニのような物と戦っている。すでに、十数体の半数は、こんがりと香ばしく焼かれていた。
「あっちは問題なさそうです。それよりダイマルさん、貴方は自分の能力に気付いていますか?」
「能力?」
「貴方は元々、向こうでもかなり優れた身体能力を有していたのでしょう。ただ、こちらの世界では稀に、特殊な能力を授かることがあるんです。それは、努力や研鑽に因るものなのですが、貴方の場合は向こうでの努力が既に、その能力を身に着けるに値するものだったのだと思います」
「俺の能力?」
「貴方の能力は、手にした武器を相対した敵の装甲を上回る物へ変質させる能力。僕はそう睨んでいます。他にもなにか違和感はありませんでしたか?」
「確かに、たかが軍用ナイフが、レーザーのようにモンスターを切り裂くのは、おかしいと思っていた。それに、何故か相手の弱点が分かる」
「あー、ええと、僕の弱点も見えてます?」
「いや、人のは見えない」
ソゴゥはホッとしつつ「いや、見えたとして、心臓か脳だな」と独り言ちた。
ソゴゥはダイマルと話している途中で不意に顔を海に向けた後、周囲に視線を巡らせた。
「スクワール、ちょっといい?」
「はい、ソゴゥ様」
「俺の横に立って、あとダイマルさんも」
ソゴゥは言うなり二人の手を掴み、カントゥータの元に瞬間移動した。
「カントゥータさん、島の広範囲に防御壁を最大出力でお願いします。十秒後、衝撃が来ます」
ソゴゥはヨルの防護魔法で軍艦が覆われているのを見て、ヨルに攻撃許可を出した。
ヨルは十秒後に最大出力で、化け貝島に魔法弾を撃ち込む準備に入った。
島の上の天候が変わり、暗雲の元に黒い炎と雷電を纏うヨル。
カントゥータはその様子を見てすぐさま、魔力を惜しむことなく厚い防御壁を展開した。
いつの間にか白髪に黄緑色の瞳に戻ったソゴゥは、槍状のカギからイグドラシルの魔力を吸い上げカントゥータに横流しするように魔力の供給を行う。
カントゥータの防御壁は、黄緑色の植物の蔦が絡まるように、強い魔力を行き渡らせていき、この場で台風が発生しても押し返すくらいの強力な島の盾となった。
『いくぞ、ソゴゥ』
『ああ、こっちの準備は大丈夫だ』
ヨルが手を振り下ろすと、空が崩壊して雪崩落ちてくるように、黒い炎が滝のように島へと降り注いだ。ソゴゥの後ろにいたスクワールがソゴゥの背中にしがみ付き、カントゥータの横にいたカラカルとマーモットが姫巫女を守るように抱き付いた。
「まるで、この世の終焉だな」
「ダイマルさん、音大丈夫ですか?」
島民が獣耳を伏せて音をやり過ごし、カントゥータも耳を両手で塞いでいるのに対して、ダイマルは何もせず平然としていた。
「ああ、大きな音が直接鼓膜を叩かないように、耳孔の筋肉を収縮させている」
「耳孔に筋肉なんてありましたっけ?」
「何事も訓練次第だ」とダイマルが冗談めかして言う。
「それより、あの島はどうなったんだ?」
「予想はしていたけど、やはり魔法は効かないようですね」
「今のあれも、魔法なのか」
「魔法ですね、魔力がエネルギーとなって設計された回路に流れることで、超常現象のような物質の変換が一瞬で行われる事象を、ここでは大まかに魔法と言っています」
ソゴゥは二撃目を放とうとするヨルに待ったをかけ『追撃はしなくていいよ、ヨル、俺に策があるから戻っておいで』と思念を飛ばした。
『物理攻撃なら通ると思うのだが』
『まあね、でもどうせなら、面白い物を見せてもらおう』
ソゴゥは元気なく、フワフワと飛んで戻ってきたヨルに「お疲れ」と肩を叩く。
「それで、あの島の下はどうなってた?」
「伽藍洞だ。あの貝は既に死骸で、外殻だけが残っていた。その中を巣の様にして、巨大な海洋生物が犇めいておった」
「なるほど、だいたい読めてきた。あの貝は海底のガスの噴出孔を覆うような場所にあって、百年くらいでガスが溜まると海域に浮上し、中のガスが抜けると海底に戻って行くのを繰り返しているんだ。海底のガスの噴出孔を塞ぐか、あの貝を粉砕しない限り、あの殻を巣にしている生物も一緒に海面に浮上して、食料を求めて島にやって来るだろう」
ニルヤカナヤ語で話したあと、日本語でダイマルにも説明してソゴゥはニヤリと笑う。
「ダイマルさん、凰二翼に火器は積んでますよね?」
「ああ、一応それなりには」
「火器管制装置の操作って、今はどうしているんですか?戦闘機は普通二人乗りですよね?」
「旧時代はそうだったかもな、今はAIが代行している」
「なら、凰二翼の操縦はAIに任せて、火器の射出はダイマルさんが行って、あの貝を攻撃してください」
「何となく意図は察した。先ほどの特殊能力の話だな」
「はい、昨日貴方が撃った拳銃の弾は、明らかに通常以上の威力があった。弾に直接触れていなくても、貴方が撃ったミサイルなり小銃なりは威力が増すはずです。試してみる価値はあると思いますよ。このまま、カントゥータさんに巨大生物襲来が止むまで魔術を行使させ続けるのは、彼女の寿命を削ることになりかねない」
「ああ、やれることは全てやろう」
「なら、僕も凰二翼に乗ります。射出式脱出席がなくても、僕なら退避は十八番です」
「先ほどの、瞬間移動か」
「僕の特殊能力の一つです」
「エルフというより大魔術師だな、或いは神か・・・・・・」
「この世界では、人も魔法が使えますよ。さあ、行きましょう」
ソゴゥはヨルに軍艦を下がらせるよう、スオーノ少佐への伝言を頼み、自分は昨夜乗れなかった戦闘機にソワソワと向かった。
「ヘルメットはない、それと爆撃の衝撃で機内に身体をぶつけないよう注意してくれ」
「了解。ダイマルさんと自分に、防護魔法を掛けたので、万が一頭を思いっきり打ち付けても大丈夫ですよ」
「それは助かる」
ソゴゥは操縦席の後ろにある予備の座席に座り、身体をシートベルトで固定した。
「遊園地とかの乗り物にある安全バーみたいなやつで、体を固定するのかと思ってました」
「そうゆうタイプのやつもあるな。この機体は操縦者の安全やコックピットの快適さより、装甲と駆動力を優先させ過ぎているところが玉に瑕だ」
日本語が本当に上手だと、ソゴゥは感心する。
「さて、離陸するぞ」
ソゴゥは元気よく返事をし、凰二翼が神殿より飛び立った。
島の上空まで来ると、様子を見るように旋回した後、高度を下げて記録したモーションの再現をAIに任せて操縦桿を明け渡すと、ダイマルは機銃を構えた。
「攻撃を開始する」
「了解!」
ソゴゥはウキウキと応える。
赤く光る弾が連続で射出されて島へと真っ直ぐ向かい、次々と着弾して、砂山を崩すようにいとも容易く島の形を変えていく。
「目標、破壊率30パーセントってところですね」
AIの操縦により、島へ衝突寸前で上昇し、再び旋回して距離をとったところで下降して、先ほどと同じ島の正面へと到達する。
「攻撃が通っているな」
「はい、数度繰り返せば島はなくなります」
「了解だ、完全に破壊する」
凰二翼の攻撃は、ヨルのような周囲の空気を叩くような衝撃はなく、しかし淡々と対象を確実に破壊し、島はその原型を失くしていった。
最後に、海面下にある部分を砕くための垂直下降の状態で、ソゴゥの悲鳴がコックピット内に響き渡っていたが、ダイマルはソゴゥが大はしゃぎしているのかと思っていた。
エルフというのは訓練した軍人でも最初は殴られたように感じる衝撃さえ楽しめるほど、強靭な精神力を持っているのだと誤解していた。
誤解だと分かったのは、神殿付近に戻って来て戦闘機を降りた際に、ソゴゥが地面に四つん這いになって、何かの葉っぱを口にして酔いをやり過ごしているのを見てからだ。
「すまん」
「いえ、割と慣れているので、お気にならず」
「とにかく済まなかった」
ソゴゥは黒目黒髪に戻ると、全てが終わったと言わんばかりに晴れやかな顔をして、岬にいる姫巫女の元へとダイマルと戻った。
二人に気付いた姫巫女が、防護魔法を完全解除して迎えるようにこちらへと走って来る。
それを見て、海岸に押し寄せていた巨大ガニを全部討ち取ったのだと分かった。
「島が消えた!もう、百年周期の悪夢に悩まされることはなくなったんだ!」
カントゥータを筆頭に、親衛隊たちの歓声が聞こえて来る。
両腕を広げ走って来るのを見てソゴゥは、これは彼女に抱き着かれる状況では?とソワソワしていると、弾丸のように胸に飛び込んできたのはマーモットとスクワールで、横に目を向けるとカントゥータを抱きとめるダイマルがいた。
ソゴゥはカントゥータの瞳に、既視感を覚えた。
最近天空で式を挙げた、あのバカップルの目だと思ったのだ。
「マジか・・・・・・」