起きたら目の前に推し…???
ぼんやりとする思考の中、ゆっくりと目を開けると見覚えのありすぎる顔が見えた。
「あ、目が覚めましたか。ご気分は大丈夫ですか?」
サファイアのように透き通った綺麗な瞳を見ながら「大丈夫です…」と返事をして段々と思考がクリアになる。
……あれ、私確か聖地巡礼に来てて…人が怪我してて、それが冷夜様そっくりでー……とそこまで追い付くと同時に私は咄嗟にその人から離れた。
「す、すみません冷夜様!! キャパオーバーで倒れてしまって……!」
土下座しながら全力で謝ろうとしたら冷夜様が私の肩を掴んで阻止した。ピャッ、推しが私の肩を……!!?
「取り敢えず落ち着いて下さい、謝らなくても大丈夫ですから…!」
ただただ慌てふためく私を冷夜様がなだめてくれ、少しずつだけど冷静になってくる。
……この人、本当に冷夜様…? 本当にそうだとして、どうやって三次元の世界に? そもそも冷夜様がいる世界にも魔法はない。だから転移魔法的な事ではないだろうけど……これは一体…?
「……落ち着きましたか?」
私がしばらく考え込んでいると冷夜様が心配そうに優しく微笑んでくれた。その仕草も声も、市民には優しく人気な騎士、冷夜様そのもので……はうっ、営業スマイルありがとうございますっっ!! なんてつい心の中でお礼を言ってしまう。
「すみませんまだ無理そうです」
推しと対面してるかもしれない事実に混乱&興奮しながらなんとか落ち着こうとしてみるけど一向に良くならない。むしろ、「同じ空間にいて同じ空気吸ってるよ? 話してるよ??」とオタ思考が興奮しっぱなし……。
「とー……りあえず何故冷夜様は三次元に……?」
テンパる思考の中、ひとまず近くの木に隠れ一番の疑問を聞いてみると「私の不注意で転んでしまって……というかどうして木に隠れてるんですか?」と言われてしまった。
「……顔見て話せないのでこのままですみません……尊すぎて無理なんですごめんなさい」
むしろ同じ空間に居て同じ空気を吸っている事すらもおこがましい……!! と思っていると「そんな風に思われると少々照れますね」とくす、と微笑んだ声で冷夜様が……はぁぁぁぁぁああああ……!! 微笑み声ありがとうございます!! 好き!!
――なんやかんやありまして――
東京都内某所の、とある一室。冷夜様のグッズと、メイク道具のサンプルやアイデアの紙やノートで彩られた私の部屋に……現在、何故か大好きな……いや、大大大大大好きな冷夜様が興味深そうに机の上に置いたサンプルのメイク道具を見ています。そりゃそうですよね、冷夜様は騎士ですし男性ですしメイク道具なんて見ないから新鮮ですよね!! あぁ尊い、存在が尊い……。
……私、このまま死んでもいいかもしれない。そしてあの見つめられてるメイク道具になりたい……いやむしろ壁になりたいな。ともかく何でもいいから無機物になって今すぐ推しと同じ空間に居る罪から逃れたい……だがしかし、推しと同じ空間に居れる奇跡を堪能したい気持ちもあるっ……!!
「……とりあえず、死なないで頂きたいですね」
苦笑しつつそういう冷夜様の言葉を聞き、膝から崩れ落ちる。「え? ど、どうかしましたか?」と心配してくれる冷夜様の言葉を聞きながら頭を抱える。…私のキモ思考、声に出てたのかっ……!!
「忘れて下さい、そして申し訳ないのですが話しかけないでもらえると酷く助かります私の命に関わるので……」
頭を抱えながら「私は無機物、私は無機物」と訳のわからない呪文を唱えてると「は、はぁ…」と訳のわからなそうな冷夜様の声が。すみませんオタクなんです、こちとら貴方を推してて大好きすぎて本人目の前にしてガチ恋しかけてる乙女なんです本当に話しかけないで、恋に落ちるから…!!
…何故推しを家にあげることになったのかは、酷く簡単な理由。
まず、推し(冷夜様)が怪我をしていた。そこで私はテンパりながらも病院へ連れていった。怪我は大した事はなかったけれど、冷夜様の私物が入ったトランクケース(多分、いや絶対異世界の物が一杯入ってる)を落とし、それを追いかけようとして転んでああなったこと、そしてそのトランクケースが見つからないのでお金も身分を証明するものも無いこと。
…何故かテンパってた私は、冷夜様に「私の家に来ます?」と言ってしまい。
「化粧用品が多いのですね、見たことが無いものまで…自作ですか?」
…そうして別世界にいるはずの西洋の騎士の服を着たイケメンな推しが興味深そうに私の世界にあるメイク道具を見ているという訳のわからない事が起きている今にいたる。
「……やっぱり私、夢でも見てるのかなぁ…」
はは、と乾いた笑いで頭を抱えながらバクバク煩い心臓をどうにかしたいもののどうにもできない現実に泣きたくなり、もう一度冷夜様を見ると、隊服がボロボロで……なんと勿体ない!!
「冷夜様、隊服がっ…! 砂ぼこりとかほつれとか、凄いですよ!」
わたわたしながら手芸道具を取り出し「着替えて下さい、服を治すので! さっき服屋さんで冷夜様に服買いましたよね、アレに着替えて下さい!」と言う。大事な仕事服、しかも隊長がこれでは示しが付かないというもの。治さなきゃ!!
「……宜しいんですか? …何から何まで、本当にありがとうございます」
申し訳なさそうに、ありがたそうに微笑む冷夜様にノックアウトされそうになりながら「イエ、トンデモナイデス……」とカタコトでなんとか返す。
「治療から服から……泊まらせて貰うことまで、本当に申し訳ない…いずれきっとこの恩を返しますので…」
深々とお辞儀をし、買った服を片手に持ち冷夜様は案内された部屋へそっと入る。
「……そんな……推しに奉仕できるなんてファンの本望ですよ…! お返しなんて、そんな……!!」
言葉をしみじみと噛みしめながらしばらくイケメンな冷夜様に悶える。あぁもう何あのイケメン、自分を拾ってくれたからずっと「市民に対する優しい冷夜様」なのがまた良い! でも私は素の自分に厳しくてストイックな冷夜様も大っ好きなんですいつか見たい!! ともんもんしながら一人悶えまくってる。
しばらくして落ち着き、ふぅと息を吐いて「やるか」と机の上に水、タオル、針と糸を揃えていく。
「なおすぞ……!」
―――★―――
「……」
困った。非常に困った。
「……そんな……推しに奉仕できるなんてファンの本望ですよ…! お返しなんて、そんな…!」
扉の向こう側にいる人…雨さんの声を聞きながら苦笑する。…どうやら冷夜のファンだったようだ。
「……」
ゆっくりと盛大なため息をつく。本当に困ってしまったな……。
だって僕は、冷夜ではなくコスプレイヤーなんだから…。
コスプレイヤー。それは、好きなキャラクターの格好をし最大の愛を持って写真を捧げる推し事…いわば遊び。
僕は今回、好きなゲームキャラでありアニメキャラでもある騎士の冷夜のコスプレをしたのだけれど…私服や財布、他にもコスプレ用の冷夜の服が入っていたトランクケースが坂から転がりどこかへ転げ落ち、咄嗟に追いかけたが僕も転げ落ちてしまい足を負傷。…今にいたる、という訳なんだよね…。
……コスプレイヤーは訳して「レイヤー」。…それの落とし穴に、僕は気付くべきだった。
レイヤー……冷夜…れいや……うん、聞き間違えても仕方ない。しかも僕のコスプレは「三次元に冷夜様が!」と人気になってるくらいの制度……そしてあのシチュエーションでの出会い…逆トリップだと思っても仕方ない。
「……はは…」
苦笑し、雨さんが買ってくれた男性服を見る。冷夜が私服で着そうなワイシャツなどの洋服をあえて選んでいる。…気遣いが凄い。
「……勘違いさせてるな…あれは……」
そう言い、僕はコスプレ用の自作隊服を脱いで、丁寧に畳み、鏡を見る。
鏡にはメイクとカツラで冷夜になってる僕の姿。男装用胸抑えでより男性っぽい体で、これなら確かに間違えても不思議ではない。
「…僕……女の子なんだけどなぁ……」
苦笑し、僕は冷夜のまま服を着替える。勘違いさせているなら、夢をみているなら……ファンなら、勘違いさせてあげたい。あの優しさは、完全に大好きな冷夜様だからこその対応。…今の僕には、服も鍵もスマホも財布も、森のどこかのトランクの中。……しばらくは、持ち歩いているメイク道具や櫛、ヘアピンなどの小道具、演技を駆使して「冷夜様」を演じよう。…多分、僕がただのコスプレイヤーだって知ったら、ここまでの事はしないから。夢が覚めて、現実に戻されたらきっと…雨さんは、混乱と羞恥で僕を追い出すと思うから。
「……僕は…いや、俺は騎士団長、冷夜。…それでいい」
今はそれしかないと頷き、僕はコスプレイヤーから今日、その瞬間……はじめて、一人の人にとって「本物の」キャラクターになった。




