19 さすがりっくん
いずれも体格のよい四人の警官が駆けつけてくれた。うろたえるおふくろの前で、その一人に事情を説明し、彼らの指示で僕らは居間に待機した。
おふくろが一緒だというのもそうだが、隣で格闘が行われているという想像も、キーコに説明を求める足枷になった。三人はほとんど口を開かず、おとなしく報を待った。
五分もかからなかったかもしれない。再び警官が訪れ、男を無事に捕獲したという通達を受けた。それから、三人同時に詳しく話を訊かれ、「君が異常を感じとったのは何時頃だ」とか「家族が帰宅したのだとは思わなかったか」など、答えにくい質問もあったが、キーコが上手くフォローしてくれて、隠しカメラの存在を匂わせることなく終えられた。僕らは色々と話させられたが、こちらが得られた情報は、犯人は近隣に住む三十代の男ということだけだった。
確認のため、とキーコは警官に連れられていった。やっぱりカメラが見つかってしまったのだろうか、と僕の鼓動は激しく波打った。さすがにその様子をモニタリングする度胸はない。でも、きっとキーコは僕を庇ってくれるはず、という見込みもなくはなかった。ただ、しばらくしてキーコが戻り、ただの盗品チェックだったのを知って拍子抜けした。
キーコのおばさんに連絡がいったところで、警官たちは去っていった。時刻は八時を回っていた。当然ながら、おばさんが飲み会をきり上げて帰ってくるまで、キーコはうちに残ることとなった。「夕食を」とおふくろは提案してきたが、僕らは「食欲がなくなった」と口を揃えて、二人の時間を作った。
「まあ、なんとか落ちついてよかった」
自室へ戻ってすぐ、僕はキーコにそう声をかけた。
キーコは無言で頷き、僕と並んでベッドに腰かけた。
「お母さん、びっくりしてたね」
僕の母のほうである。電話口のキーコの母も、そりゃあ驚いただろうが。
「だって、いきなり警察が四人も家に訪ねてきたんだもん」
玄関のドアを開けたのはおふくろだった。彼女には何も説明していなかったため、ひょっとしたら僕が何かをしでかし、僕を逮捕しにきたのだと勘違いしたかもしれない。だとすれば、なかなか勘が鋭い。
何も答えずにいると、キーコは所在なさげに髪の毛をいじり始めた。
「なあ、キーコ」それを機に、と僕は本題をきりだした。
「どうしてチューナーを扱えたんだ?」
キーコは黙りこくった。「機械に詳しいだけ」とはいわせない。彼女は相当手馴れていた。あれはどう考えても、同じ型のチューナーを日頃扱っている者の手つきだった。
答える代わりにキーコはテレビをつけ、チューナーを手にとった。そして、また操作する。僕は彼女の手もとをじっと見つめた。チューナーには確かに、不明なボタンがいくつかついていたが、「何か異常をきたしてしまうかも」と僕は一切手をつけなかった。
最後にキーコはチューナーの電源を入れた。テレビのモニターに明るい映像が映しだされる。見慣れた部屋に二人の男女。男の動きが僕にシンクロしている。
「カメラにはそれぞれ、なんていうかな、電波みたいなものがあって…」
キーコの説明を聞きながら、僕は後ろを振り向いた。視線はすぐに上方のダクトホールをとらえた。
「チューナー側でそれを調整してやれば、別のカメラの映像も観られるんだ」
つまり、僕の部屋、あのダクトホールに、僕がキーコの部屋に仕かけたのと同じカメラが潜んでいるというわけだ。
とてつもない事実を目の当たりにした僕だが、さほどの衝撃は受けなかった。なぜなら僕も馬鹿ではない。それぐらいの見当はすでについていたからだ。キーコがチューナーを扱えるのなら、彼女も同じ機器で何かを盗み見ていると考えるのは当然だし、だとしたら、なんとなくそれは僕の部屋なのではないかと思った。
「自分の部屋にカメラが仕かけられている」と知って、彼女があまり驚いた様子でなかったのも大きい。僕の部屋を覗いていたなら、僕が彼女を覗いていたことも知っていただろう。ダクトホールからテレビ画面は見えないが、今自身がやってみせたように、チューナーをいじって確認すればいい。
僕ははっと気がついた。衛星中継の音声ように衝撃が遅れてやってきた。
知っていた? 覗かれていたのを知っていた?
ならばなぜ、彼女はあんな……いや、まずはいつから覗いていたかを問わないと。
「キーコ……ん?」
ふと気づくと、キーコは先ほどの僕と同じように土下座をしていた。慌てて彼女を起こそうとしたが、彼女の身は硬かった。
「私のほうこそごめん。本当にごめん」意外にはきはきとした口調だ。
「もしりっくんが望むなら、私なんでもいうこと聞くから。だから……」
「いや、いいんだって」おろおろとキーコの頭頂部に向かって話す。
「同じ覗くにしても、男と女じゃ全然違うよ。僕は本当に、キーコの大事な……」
「ううん」顔を上げ、キーコはゆっくりとかぶりを振った。
「りっくんは一つも悪くないの。全部私が悪いの」
「え?」
その後のキーコの話は、さすがに僕の想像をはるかに超えていた。
実はね。私がりっくんの部屋を覗き始めたのって三年も前の話なんだ。うん、びっくりするのも無理はないよね。お兄ちゃんがすごいもん発明したって私に見せてくれて。あ、うん。お兄ちゃんが作ったんだ。和男くん? うん、そう。ちょっと待ってて。それはあとで話すから。
で、お兄ちゃんにねだってカメラを貸してもらったの。最初はいたずらのつもりでさ。本当に。悪いことだっていうのは分かってたんだけど、りっくんの部屋に仕かけたわけだね、カメラを。
どうやって? まあ普通にりっくんと同じ方法で忍び込んで。うん、知ってた、っていうかベランダ使うしかないし。ダクトホールは高かったから、その机の椅子を借りちゃった。
そしてりっくんの部屋を覗き始めたら、なんだかすごくドキドキしてやめられなくなっちゃって、お兄ちゃんに急かされても私はずっとカメラの回収を拒んでたんだ。そのうちにお兄ちゃんが家を出て、うやむやになっちゃった。
それである日ね、なんていうかすごくショックを受けて。ショック? うん、それはまあ置いといて。黙って回収するわけにはいかない。りっくんに正直にいわなきゃいけないって思い始めたの。でもさ、そんなの正直にいっても許してくれるわけないじゃん。正直にいえば許した? やめてよ。そんなこといわないでよ。
そんで去年の秋ぐらいにさ。お兄ちゃんがまた同じカメラを作ったんだ。そのときはふーん、って感じだったけど、しばらくして友達を連れてきてさ、その友達が、うちの隣に従兄弟が住んでる、とかいうわけよ。そう、和男くんね。その瞬間、もう降りてきちゃったわけです。なんていうか、神のお導きが。
まさか、って……うん、多分りっくんの想像してる通りだと思うよ。
またまたお兄ちゃんにおねだりして、新しいカメラも貸してもらった。お兄ちゃん、私のおねだりにとことん弱いんだ。作ってすぐ妹にカメラを奪われて、お兄ちゃんが気の毒だと思うかもしれないけど、これでも兄想いなんだよ。お兄ちゃんがカメラを悪用するのを未然に防いでるわけだ。すみません。いい訳です。
次は和男くんに事情を話して、りっくんにカメラを渡してもらった。そんなにすごい顔しないでよ。許してもらうにはそれしかないじゃん。りっくんが私と同じことをしてたら、許さないわけにいかないでしょ?
え? 半径十メートル? さすがりっくん、頭いいね。正解。それは和男くんのアイデアなんだ。本当は五倍の五十メートルまで映像は届くよ。でも、十メートルってしとけば私しか覗けないでしょ。
あれ? チャイム鳴ったかな。まあいいや。
でもさ、なかなかりっくんがカメラを仕かけてくれないわけだ。そりゃ普通はそうだよね。自分の異常さを痛感させられたよ。それに、りっくんはもう私に興味ないのかなって寂しくなっちゃった。
…………
……うん。
「キーコちゃーん。お母さんきたよー」
おふくろのノックにより、会話は中断した。
おばさんは、玄関先でキーコを思いきり抱きしめていた。僕はその瞬間、キーコを許そうと思った。カメラがなければ、今頃キーコは大変な目に合っていたはずである。一番大事なものが無事だったのだから、僕は何もいえない。
話の再開は約一時間後に訪れた。九時にベランダで落ち合おうと約束していたのだ。父さんも帰っており、僕は質問攻めにあっていたが、「キーコと話があるから」というとあっさり認めてくれた。多分彼の想像しているような話ではないが。
「で、同じクラスになって、また迷ったんだ。りっくんと仲よくなってから、正直に話すか。それともりっくんに辛く当たって、カメラを仕かける罪悪感を失くさせるか」
雨はだいぶ小降りになり、顔にかかってもほとんど気にならなかった。隣のキーコも同じらしく、それよりも話をするのに夢中といったふうである。
ベランダで落ち合うといっても、仕きり板を隔ててであった。こうゆうふうに話をするという手もあったのだなと初めて気がついた。小学校時代にそうしなかったのはおそらく、家に帰ってまで話をする必要がないほど昼間に仲がよかったからだ。
「罪悪感か」僕はもはや笑って聞いていた。キーコのとんでもなさに、もはや笑うしかないというのも確かだったが、彼女の話が楽しかったのも本当だ。
「それで、後者を選んだわけか」
「いや、最初は本当に迷ってたよ。ただ、あれがあったでしょ。りっくんが私にゲロをぶっかけた」
身も蓋もない表現だ。
「ああ……」
「あれでまあ、すごくむかついたってのもあるけど。だって、マジで洗っても洗っても匂いがとれないし、制服捨てるハメになっちゃったし……まあ、私に文句をいう資格はないね」
「じゃあ、あれでカメラを仕かけさせるほうに定まっちゃったわけね」
「ううん、それでも、夜りっくんが謝りにきてくれたときは、そのまま仲直りしちゃおうって思ったよ」
「え?」僕は眉をひそめた。
「じゃあ、なんであのとき急に突き放したの?」
「うーん、やっぱりむかついたから」
「は?」
たった今、私に文句をいう資格がない、といったばかりではないか。
「つまり、ゲームソフトなんかをお詫びの品として持っていったから?」
「ううん」
キーコは口ごもった。
僕は訝って彼女をまじまじと見つめた。暗くてよく分からないが、その表情はなんだか照れているようにも見えた。いったいなんなのだ、と思う。
「そのあと、握手しようとしてきたじゃん。あれが……」
「握手……」
覚えている。確かに、握手を求めた。
右手を差しだしたとき、僕自身「調子に乗り過ぎかな」と案じたし、キーコが豹変したのはその直後だったので、納得はできるが、今しがたのキーコの様子と上手く絡まないので、どうも引っかかる。
「それでさ」ごまかすように、キーコは無理やり話を続けた。
「結局辛く当たる方向でいこうと思って、それからはもう、本当にゴメンね。私が憎かったでしょ」
「すごく憎かった」
「で、りっくんは本当にカメラを仕かけてくれた」
僕は黙った。自分がどうしようもなく恥ずかしい存在に思えてくる。すべてはキーコの手のうち、か。彼女を許すために、まんまと彼女のモニタリングを始めてしまったわけだ。
そのとき、唐突に一つの考えが浮かんだ。ひょっとして、あれも同じく彼女の罪滅ぼしだったのではないか。
覗かれていると知りながら、カメラの前で裸になり、股間をまさぐっていたことだ。
三年も前からなら、キーコは当然僕の日課も覗いてしまったはずだ。その代わりとして、自分の痴態も僕にさらけだした。
決まりだ。これで辻褄は合う。
もう、これ以上聞く必要はないだろう。まだよく分からないこともあるけれど、それもいつかは暴かれるはず。次の一歩を踏みだし、乗り越えられればきっと。
「ねえ、さっきの話だけど」
また口を開こうとするキーコを制し、そうきりだすと、キーコは微笑を浮かべながら、「なんだっけ」ととぼけてみせた。僕も彼女の調子に合わせ、口の端を曲げる。
「分かってるくせに。今度こそちゃんといわせてもらう」
部屋での会話。キーコが、「りっくんはもう私に興味ないのかなって寂しくなっちゃった」と話したとき、僕らのあいだに微妙な空気が流れた。それを察した僕が、「一つだけ、先にいっておいていいか」とキーコに訊ねた矢先、邪魔が入ってしまったのだった。
「どうぞ。聞いてあげる」
偉そうにいい、キーコは目をつむった。僕は一度深呼吸をし、口を開いた。
「僕はずっと……ずっと僕は……」
さすがにすんなりと言葉が出てこない。しかし、いわなければ。誰よりもキーコが背中を押してくれている。
「僕はずっとキーコが好きだった」やや声が裏返ってしまった。
「今だって、これからも、それはずっとずっと変わらない。今更って感じだろうけど、どうしてもいいたかった。好きだからキーコが憎かったし、キーコを覗いたんだ。そして、キーコが無事で本当に僕は、僕は……」
雨が右目を直撃した。まさか「告白しながら泣いている」と思われるのはしゃくなので、拭うのを我慢した。ところが、次の瞬間には、右目にキーコの指が伸びていた。
「私も、りっくんのことが好き」
親指の腹で僕の目を優しく撫でるキーコ。次第に右目の視力が回復していった。
「ねえ、私とりっくんがつき合ってるって話、本当のことにしちゃおうよ」
「あ、ああ」
異存はなかった。
「だって、私たち」少しだけためらいを見せるも、キーコは赤面しながら口にした。
「カメラ越しだけど、すでに肉体関係まであるんだもんね」
思わずキーコを凝視してしまった。その話題がタブーだというのは暗黙の了解だったはずで、僕はとにかく戸惑った。
「だって、それは」結果、気持ち悪い笑みを浮かべ、情けないフォローをするという役に回ってしまった。
「罪滅ぼしってだけだろ。僕のを見ちゃったから、自分のも見せなきゃ駄目だって。少なくとも、僕はそう思ってたんだけど」
「え?」キーコは心外そうに目を丸めたが、すぐに笑ってとりつくろった。
「そ、そうなんだよ。さすがりっくん、やっぱ分かっちゃったかー」
僕は難しい辞書でも引くときのような、深刻な顔になっていたと思う。
嘘だろ。違うのか……?
トンデモオチでごめんなさい。でも、予想ついちゃった人も多かったかも。
複線やヒントはめいっぱい仕込んであったんだよ!
来週の最終回に向けて、もう一度、読み直してみよう(笑




