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14 復讐

久々に遅れてしまいました><すみません

ワールドカップって罪な奴です。


「ちょっと、邪魔なんだけど」

「え?」

 顔を上げると、そこに渚さんが立っていた。酢豚の中のパイナップルを見るような目つきで、僕を見下ろしている。


「邪魔って何が?」

「そこ、いい?」

 僕の座る椅子を指差す。僕はふと後ろのキーコに目をやった。彼女は目前で繰り広げられるこの光景が見えていないのか、それとも無視しているだけなのか、弁当の包みを開けるのに夢中だった。


 一応、理解はする。四時限目を終え、昼休みを迎えていた。今から各自で昼食をとるわけだが、席替えをしたとはいえ、渚さんはいつものようにキーコと一緒に食べるつもりなのだ。そうなると、キーコの前の、僕の席に座るのが手っとり早いので、僕に「どけ」といっている。


 が、もちろん納得はしていない。


「悪いけど」僕は平然とした調子で、弁当のふたを開けながら答えた。

「僕は自分の席で食べるつもりだから」


 渚さんは仏頂面でしばし黙り、顔を背けて「マジウザい……」と呟いた。

 ウザくてけっこう。この場所を追いだされてしまっても、僕にはいくところがない。


「キーコ、いくよ」

「うん」


 後ろでガタッと椅子が引かれる音。二人は廊下側の青柳さんの席へ向かったようだ。渚さんが一度振り返り、「覚えときなさいよ」といったふうの視線を僕にぶつけてきた。「ふん」と鼻で笑ってやった。


 キーコの席が僕の後ろに存在する限り、いずれはこんな状況も訪れるだろうと踏まえていたが、早速だった。なんとまあ、先が思いやられる。席替えのせいで、僕の学校生活は荒れに荒れるだろう。今までは潜水艦の中で色とりどりの魚たちをぼうっと観賞してこられたが、これからは荒ぶる肉食魚たちと対決しながら、海中を自力で泳いでいかねばならない。


 何度も何度も溜息をつきながら、僕は寂しく食事を続けた。何気なく隣を見ると、深田さんのもとに横井さんがやってきていた。そういえばあれから一週間、塚田との仲は進展したのだろうか。少しだけ気になったが、彼女とはまだそれほど親しいとはいえない。自分からそんな話をきりだす勇気が僕にはない。


「あれ、手塚くん。ノゾミの隣だったんだ」

 本当に今気づいたのなら、僕の影の薄さに自分でもびっくりだ。ノゾミとは深田さんの名前なのだろう。


「うん。そういえば横井さん、塚田とはどうなった?」

 実に自然に質問できた。と満足気になったが、よく考えてみればちっとも自然ではない。ただ、口にしてしまったものはしまえない。


「ああ、塚田くんね」表情に影を落とす横井さん。垂れかかる髪の毛を、耳の後ろにかき上げる。

「ちょっとあきらめモードかな。あまりに脈がなさ過ぎて」


「そ、そう」

 脈がない? そんな馬鹿な。確かに憶測ではあったが、塚田が横井さんに惚れているというのは、僕の中で事実化していた。深田さんはどう思っているのだろう。彼女も僕と同じ意見だったはずだ。


「心移りしちゃったっぽいよ」

 まるで僕の心を読んだように、深田さんが表情を変えずにいった。


「心移り?」

「あれ」

 深田さんに箸で差された場所を、目で追ってみる。廊下側の数人のグループ。キーコたちだ。渚さんに青柳さんに内藤さん。男性陣は生田に塚田だった。塚田は主に、自身のひざの上の青柳さんと何かを話しているようだ。くそ。女の子のお尻をひざに乗せるだなんて、どこのマフィアのボスだ。


「つまり」深田さんに視線を戻す。

「青柳さんに乗り換えちゃったってわけ?」


「手塚くん、君もまだまだ青いね」冗談めかして横井さんがいった。

「塚田くんの性格から考えると、本命相手にあんな気安い態度はとれないと思うんだ。渚さんや内藤さんにも、ときどきからかうようなことをいったりしてる」


 僕はもう一度塚田を一瞥した。それから、必死に心を抑えつけながら口にする。

「深海さん?」


「ピンポーン」

 何が楽しいのか、人差し指を立ててウインクする横井さん。さすが、欧米ふうの顔立ちはウインクがさまになっている。深田さんは前を向いたまま、小さく拍手をしていた。


「そりゃあ、私だって悔しいけどね。やっぱ、ああゆう明るいタイプの子って魅力的だよ。私なんて真面目だけがとり柄で、男子からは疎ましがられるばかりだし」

「そんなことはない」と胸のうちでは思っていても口にだせないこのもどかしさ。


 横井さんの気持ちはよく分かる。自分とまったく違う人種の人間は、同じ日本人の中にも確かに存在するものだ。彼らは僕らの葛藤を屁とも思わないどころか、何を躊躇しているのかもまるで分からない。平気で口説き文句のような慰めの言葉もはけるし、片想いの相手と恋敵のあいだに割り込んでいける。そんな一見飛び越えられそうな壁だからこそ、胸に宿る劣等感をちくちくと刺激する。


 それはそうと、塚田がキーコに乗り換えた? 本当か。じっくりと塚田の様子を観察してみる。いわれてみると、キーコと話すときだけぎくしゃくしているような気もする。でも、錯覚のような気もする。もし本当に塚田がキーコに恋をしていたとして、僕に何か不都合な点が出てくるだろうか。特にはない。ただ、ちょっと塚田に腹が立つだけだ。「どさくさに紛れて僕のキーコに」というのもあるが、なんといっても横井さんが可哀想だ。


 その思いが、僕に同じ過ちを繰り返させていた。

「でも、塚田と深海さんがくっつくのはあり得ないよ。なぜなら、深海さんは僕とつき合ってるんだから」


 横井さんの反応は、三宅さんほど印象は悪くないが、彼女とほぼ同じだった。

 必然的に尻のホクロについても言及し、最終的には信じてくれたようだ。深田さんは興味がなさそうに、ひたすらちまちまと箸を口に運んでいた。


「そんな不思議な話ってあるんだね」

 口もとに手を当て、横井さんは本当に不思議そうに話をしていた。つまり、ゲロを浴びせた者と浴びせられた者がつき合うというのに対してだ。


「でも、少しだけ希望が持てたよ。ありがとう。塚田くんにとってはいい知らせじゃないんだろうけどね」

 晴れやかな笑顔に照れて、救いを求めるように深田さんを見た。また何を勘違いしたのか、彼女もニコッと笑った。キュンとした。



 五時限目の体育のあと、三組で着替えを済ませて四組に戻ってくると、予期していた通り、僕の席が占領されていた。渚さんではなく青柳さんだったので、ほんの少し強気になれた。


「ごめん、ちょっとどいて」

「えー」頬を膨らませる青柳さん。ますますカエルだった。

「今キーコと大事な話をしてるとこー。ね、キーコ」


「うん」

 窓の外に目を向けながら頷くキーコ。汗を洗い流すため頭から水をかぶったのか、髪の毛がやや湿って見える。カメラの中の風呂上がりのキーコからは、そんな些細な変化は認められない。これぞブラウン管越しと、生との違いか。


「だってそこ、僕の席だし、もう六時限目始まっちゃうじゃん」

「六時限目だけ席を交換しない?」甘えたような口調で青柳さんはいう。

「席替えしたばかりだからバレないよ」


 一瞬冗談かと思って愛想笑いを浮かべたが、いわれてみればその通り、バレるわけがない。とにかく僕は授業中に席を交換するような生徒じゃないので、青柳さんの腕をつかみ、無理やり椅子から引っぺがした。

「あーん、ケチ」


 温もりの残る椅子にどんと座り、次の授業の準備を始めた。社会か。体育直後の社会ほど眠たいものはない。僕はうんざりした気分になりながら、授業開始のチャイムを待った。


 ところが予想に反してちっとも眠くならない代わりに、授業の内容もほとんど頭に入ってこなかった。後ろのキーコがどうしようもなく気になるのだ。まるで僕の一挙手一投足を監視されているような気分だ。現実に彼女のプライベートを監視しているのは僕のはずで、なぜこちらがそんな仕打ちを受けねばならないのか。やりきれなかった。


 教師が一番前の生徒に列の人数分のプリントを渡し、それを後ろに回していくという恒例行事が始まった。僕の番になる。なるべく後ろを見ないように、プリントを持つ右手首を自分の肩口から垂らした。

 しかし、いくら待ってもプリントが抜きとられない。仕方なく振り返る。


 キーコは僕の持つプリントを、神妙な目つきで眺めていた。それとも、ぼうっと考え込む視線の先にたまたまプリントがあるだけなのか。少々ためらうも、僕は「キーコ?」と囁きかけてみた。彼女ははっとした表情を浮かべ、素早くプリントを奪い去った。僕が顔を向けているのさえ、気づいていなかったようだ。


 前に向き直り、僕は悔しさに任せて黒板を睨んだ。

 くそ、気にしているのは僕だけなのか。キーコにとっては、あのりっくんの背中が目と鼻の先にあるというのなんて、とるに足らない事実というわけか。ああ、イライラする。僕はお前の着ている制服の下がどうなっているのか、すべて知っているんだぞ。分かっているんだろうな……分かっていないのだった。


 キーコを非難しながら、結局は僕もうとうとしてしまった社会の授業が終わりを告げた。

 岩口待ちの時間。キーコは青柳さんのもとへ出張り、僕は束の間の安らぎの時間を読書にあてていた。しかし、突然活字に影が落ちる。


 三宅さんだった。たこ焼きにたこを入れ忘れてしまったときのような複雑な表情を浮かべ、立ち尽くしている。その視線は僕に向いていないが、立ち位置からいって明らかに、僕に用だ。席替えをしてからというものの、僕を訪ねてくる女子が急増したな、と思う。その辺りについては悪くない傾向だといえたが、相手がこの女だという場合はどうなのだろう。


「どうしたの?」

 なかなかきりだそうとしないので、仕方なく訊ねてやる。


「あんたと深海さんがつき合っている、っていうのは認める」

「は?」


「でも……」しきりに首ほどまでの髪の毛をいじる三宅さん。いいよどんだ際の癖なのかもしれない。

「千円を払うつもりはさらさらないから。だって、勿体ないもん」


 そして逃げるようにしていってしまった。

 僕は彼女の逃亡に難癖をつけるのも忘れ、ひたすら困惑していた。


 僕とキーコがつき合っているのは認める? ということは、キーコの尻のホクロを確認したのか。いったいどうやってこの短時間に。体育の着替えのとき、後ろからぺろんとパンティをめくったのか。ふん、まさか。ならば直接本人に聞いたのか。お尻のホクロアンケートにご協力ください。あなたのお尻にホクロはいくつありますか? どんな位置にありますか? ご協力ありがとうございましたー。んな、アホな。


 不吉な想像をし、青ざめる。危ぶんでいたように、僕の出任せをキーコに話したのではないだろうな。でも、もしそうだとしたら、僕の言葉を真実だと認めているのは辻褄が合わない。ひょっとしてキーコもグルになって僕をからかっている? いや、はめようとしている?


 いくら考えても埒が明かなかった。いっそのことキーコ本人に聞いてみたいぐらいだ。もちろん聞けない。

 ああ、やはりあんな嘘などつかなければよかった。結局千円もごまかされたし、損をするのは僕だけだった。不安からくるストレスで、円形脱毛症にでもなったらどうしてくれる。たとえ三宅さんについてはこれで一件落着だったとしても、まだ横井さんたちが残っているのだ。あの明快な欧米少女でも、血迷って陰湿なリークに走らないという保障はない。


 岩口が教室に入ってき、一拍遅れでキーコが戻ってきた。友人たちとの楽しい時間の名残か、そのときの朗らかな笑みがひどく鼻についた。

 唐突に思いだす。

 僕はなんのために彼女の部屋にカメラを仕かけたのか。復讐のためじゃなかったか。


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