12 キュン
塚田も和久田も、青木や横井さんまでも、教師による事情聴取のために体育の授業を欠席した。
それにより最も被害をこうむったのはこの僕で、塚田不在のせいで僕の運動神経のなさが際立ち、とにかく心苦しい一時間を過ごした。
そして、理不尽な怒りを塚田に覚えながら一番に三組の教室に帰ってくると、四人で和やかに笑い合っていたので僕は更に腹を立てた。いずれも制服姿に戻っており、横井さんは眼鏡っ娘だった。
「おいおい、仲直りしてんじゃねえよ」
そうふざけた調子でいったのはもちろん僕なんかではなく、続いて教室に入ってきたムードーメーカー小金井だった。青木が「うるせえよ」と悪態をついた。
「私、四組に戻ってるから」
誰かしらの席についていた横井さんが立ち上がった。和久田がへへっと笑いながら、「着替え、見物してきゃいいじゃん」とからかい、彼女は「もう!」と頬を膨らませながら教室をあとにした。彼女と入れ替わりに、続々と男子が入ってくる。
僕はこそこそと着替えつつ、聞き耳を立てた。ことの顛末が主に青木の口から語られている。
教師の扇動により塚田が和久田に謝罪し、青木が塚田に謝罪。一見落着となったところで「塚田のラリアットは強烈だった」という話に。それがどこをどう巡り歩いたのか、「今度四人でカラオケにでもいこうぜ」という話。
とどのつまり、雨降って地固まる、昨日の敵は今日の友。意気投合してしまったらしい。
塚田が僕と口を聞いたのは、三組での着替えを終えて四組に戻り、自分の席に落ちついてからのことだった。
「驚かせちまって悪かったな」
苦笑しながら塚田はいった。なんとなく安心する。和久田や青木といったクラスの中でも陽の部分を担う生徒と親しくなり、陰の僕とは距離を置いてしまうのでは、と心配していた。
「ああ、お前があんなに怒ったところ、初めて見たぞ」
「確かに、普段はそんなに腹立つこともないしな」
「そうか。ところで……」
「塚田くん」
二人同時に声のしたほうを振り向いた。想定した位置よりも随分と低く、にこにことした青柳さんのカエル顔があった。生首のように、塚田の机にあごを置いている。
「塚田くんって強いんだねー。さっき、和久田くんをぶっ飛ばしちゃったんでしょ?」
僕はちらりと窓側後方の席の、和久田の様子を窺った。キーコと渚さん、それに内藤さんが彼の机を囲い込み、ハーレム状態で何かを話していた。嫌な気分になる。
「別に強くなんかないって」微笑んでかぶりを振る塚田。先日、目の前の青柳さんに抱きつかれて、たじたじになっていた男の面影はない。やたら堂々として見える。
「しかも完全にこっちの勘違いだったわけだしさ。和久田には悪いことしたな。まあ、ちゃんと謝ったけどね」
「へー。ところでさ、一緒にお昼食べない? キーコ、じゃなくて深海さんね。あと、渚さんと内藤さん、生田くんも一緒」
昼食は基本、塚田は僕と二人でとっている。塚田が僕に目で合図を送ってきた。その合図と共に、僕らの事情にも気がついたらしく、青柳さんは当然の提案をしてきた。
「じゃあ、手塚くんも一緒に食べる?」
「いや、いい」キーコと一緒のランチタイムほど気まずい時間は、探してもそうは見つからない。
「僕は別にいいから。塚田、せっかく誘われたんだし、いってこいよ」
「そうか。じゃあ……」
そうゆうわけには、という返答を期待したのだが、あっさりと弁当を片手に青柳さんと肩を並べていってしまう塚田。目的地はやはりキーコの席で、キーコたちが呼んだらしく和久田もすぐそばにきていた。嫉妬で狂いそうになってしまうので、僕はなるべくそちらを見ないようにした。
弁当を広げる。一人で昼食をとるのはあまりにも惨めだ。教室中を見回しても、一人きりでいるのは僕だけだった。廊下側で数人のグループを形成している平島に仲間に入れてもらおうかとも考えたが、彼はゲーム好きといっても野球部に所属するスポーツマンだ。彼らのグループとは明らかに話が合いそうにない。
はあと溜息をつき、僕はあきらめた。今日だけ。今日だけの辛抱だ。
そう自分にいい聞かせ、おふくろお得意の冷凍食品コロッケを箸でつまんだ矢先、ふと前方に人の気配を覚えた。
「一緒に食べよう」
そういって僕の机に弁当を広げたのは、意外にも横井さんだった。塚田の席に座り、身体を後ろに向けている。それからもう一人、彼女と仲のいい深田さんという女子生徒が、僕の席に自分の椅子を近づける。
同じく眼鏡をかけた優等生タイプの子で、喜怒哀楽が少なく物静かな印象だ。小学校時代から何度か同じクラスになっているが、会話したこともなければ、声を聞いたこともない。彼女は机の左端に弁当を置いた。
「別にいいけど……」
平静を装っていったが、内心は緊張のピークにあった。中学に上がってから女子と昼食をとった記憶など一度もない。
ただその反面、横井さんを訝ってもいた。始めは意外だと思ったが、そうでもないのかもしれない。できる学級委員の彼女は、孤立したクラスメイトを放っておけなかったのじゃないだろうか。
だとしたら、そんな優しさは願い下げだ。男のプライドってものを考えてほしいものである。
不自然なワンオンツーのランチタイムが始まる。
黙々と忙しそうに弁当の中身を減らしながら、一言二言二人の女子のあいだにのみ言葉が交わされる。
二人に先駆けて弁当を食べ終え、このままどこかへ消えてしまおうかと悩みかけたとき、ようやく横井さんが僕にかまってくれた。
「手塚くんって、塚田くんと仲いいよね」
「うん。まあ」横井さんのかすかにはにかんだ表情から、僕はなんとなく事情を察した。
「それがどうしたの?」
「塚田くんって、けっこうカッコいいよね」
思わず塚田を見やる。こちらに背中を向け、キーコたちと盛り上がっている様子である。僕にゲームの話をするときのトーンとはまるで違って見える。
「いいやつだけど」
正直、カッコよくはない。ルックスでは僕が勝っているだろう、と日頃から思っていた。何せ塚田はいわゆるおデブちゃんであって、おデブちゃんがスリム体型な僕よりもててはならないのだ。
「本当、カッコいい」
うっとりと塚田の丸い背中を見つめる横井さん。そんな彼女の横顔を深田さんが、じっと眺めていた。
こっそりと横井さんに人差し指をつきつけ、深田さんに首を傾げてみせると、彼女はこくりと頷いてくれた。その無言のやりとりの意味は、おそらく当人たちにもよく分かっていない。
「さっき、和久田とケンカしたのを見たから?」
少し失礼な質問かもしれないと僕は思った。不良に憧れる女子なんて、一度拉致られて輪姦されるべき、という勝手な偏見からだった。
しかし横井さんは「そうかも」と首を縦に振った。
「ギャップってあるじゃん。普段はおとなしそうな子がいざ怒るとめちゃくちゃ強いって、なんか素敵。だって、あの和久田くんに勝っちゃったんだよ」
完全なる不意打ちだったし、そもそも和久田って弱そうじゃないかと口から出かけたが、性格が悪過ぎるのでやめた。
そうだそうだ。塚田は友達ではないか。たとえ僕のキーコと食事を共にしているからって、それは変わりない。
しかも僕は横井さんと一緒に弁当を食べている。これはおあいこだといっていい。
体育前の塚田を思いだす。彼が横井さんを前にしたときの挙動不審具合は相当なものだった。あれはやはり、彼が横井さんに気があるというのを示しているとしか思えない。あんなに怒ったのも、想いを寄せる彼女に自分の情けないものを晒されてしまったからに違いない。
それにしてもギャップで恋に落ちるなんて、本当にそんなことあり得るのだろうか。
その答えを求めたわけではないが、また深田さんに首を傾げてみる。何を勘違いしたのか、にこっと微笑む彼女。
うん、キュンとした。あり得る、あり得る。
オーケー、塚田。僕に任せとけ。お前のために、ナイスアシストをしてやる。
「横井さん」と呼びかけると、彼女はやっとこっちに戻ってきてくれた。
「塚田にアタックするなら今だよ。だってあいつ、多分横井さんに惚れてるから」
「嘘だよー」
「本当本当」身をよじって照れまくる横井さんの調子に合わせ、僕もいたずらに笑う。
「さっき横井さんが塚田に声かけたとき、あいつやたら緊張してたし。あんな塚田見たの、初めてだよ」
「私もそう思う」深田さん。さっきの笑顔は幻だったのか、無表情で視線を落とし、ぱくぱくとおかずを口に入れている。
「前からよく視線を感じることがあってね。んで、そっち見てみるといつも塚田くんがいるんだよ。つばさといるとき限定だったしね」
「えー、そうかなー」
そんなこんなで、ランチタイムは意外にも大盛り上がりで終了した。
食事を終えると二人は早々に退散してしまったため、残りの昼休みの時間で只今の話を塚田に聞かせてやろうと思ったが、彼はずっとキーコたちのグループにいた。
五時限目が始まり六時限目が終わり、あっという間に帰りのホームルームの時間になる。
それまでに、十分休憩など幾度か塚田と話すチャンスはあったが、青柳さんや生田などキーコグループの人間に先を越されてしまった。まさか、塚田もそのグループの一員になってしまったのではないか、と危惧する。彼がそっちへいってしまったら僕は本当に一人ぼっちだ。
「起立、礼、さようなら!」
放課と同時に僕は慌て気味で塚田に声をかけた。「あん?」と彼は振り返ってくれたが、なんともうっとうしげな表情をしており、思わずたじろいでしまう。その隙をつかれる。
「塚田くん」
横井さんが塚田の席の前に、びしっと姿勢を正して立っていた。ただし、顔は恥ずかしそうにうつむかせている。一方の塚田も彼女の姿を認めた途端、目に見えて身を強張らせた。
「ああ、ど、どうしたの?」
「今日、一緒に帰らない?」
「一緒に?」しばらく無言で横井さんを見つめたあと、塚田は「ごめん」とかぶりを振った。
「今日、深海さんたちと一緒にカラオケいく約束しちゃって」
「そ、そうか」横井さんは指先でぽりぽりと頬をかいた。
「深海さんと誰?」
「えーと、生田と青柳さんと、まだ増えるかもしれない。あ、そうだ。横井さんはどう?」
やや迷える表情を見せてから横井さんは「いや」と微笑んだ。
「私はいいや。じゃあ、また今度一緒に帰ろうね」
「ああ、また今度」
去り際に横井さんは、僕に向かって残念そうにぺろっと舌をだした。一足遅かったぜ、という意味か。僕も同じようにして応える。普段そんな表情をし慣れていないので、血のついたナイフを舐める連続殺人犯にしか見えなかっただろう。
いや、そんなことよりも……
「カラオケにいく約束なんかしたのか?」
「え? ああ」
当たり前のように頷く塚田。
「だって、お前カラオケなんていったことないだろう?」
「何いってんだよ」塚田は露骨に顔をしかめてみせた。
「吹奏楽部の仲間と部活終わりによくいってるよ。でも俺は洋楽ばかり歌うから、ちょっと引かれちまうかもしれないな」
「そうか……」
かくいう僕はカラオケなんていったことないし、洋楽どころか日本の曲でさえも疎い。かろうじて分かるのはゲームの挿入歌ぐらいだ。
「じゃあ塚田くん、部活のあとでね」
そういいながら、僕らの席の脇を誰かが通り抜けていった。振り向いて、後ろ手を上げる見慣れた少女の顔を確認する。
どう見てもキーコだ。
「ああ」と手を振り返し、それから塚田は僕の顔をまじまじと見つめた。
「お前もいきたいんなら頼んでみてもいいけど、お前部活やってないし、それにさ、深海さんも一緒だぞ」
「いや、そうゆうわけじゃないけど」
僕は心から思った。囲碁部でも手芸部でも、なんでもいいから部活に入っておくべきだった。
「じゃあ、また明日」
かばんを手に、一本の後ろ髪すら引かれていないふうに教室を出ていってしまう塚田。
僕は彼を見送ったきり、なかなか立ち上がれなかった。まるで南極に一人でとり残され、ペンギンたちからも無視されているような気持ちだった。




