第8章
エルス、というウイルスが流行りだした。感染すると、高熱を出し、最悪の場合死に到る恐ろしい病原菌だった。
医療現場では、患者が押し寄せ、ベッドが足りず、なかなか入院が出来ないような状況だった。
発端はメリカン共和国の隣のフォレスト共和国だったが、今やウイルスは世界中に発散し、世界中を恐怖のどん底に突き落とした。
メリカン共和国でもマスクの着用が義務付けられ、マスクをしてないと店や公共施設には入れない状況となった。
間もなくしてワクチンが開発され、ワクチン接種会場は行列ができた。
サブローも、ケンとサラにはなるべく外を出歩かないように指示をだした。
その日、サブロー宅では、朝食の真っ最中だった。
「サラ、コーヒーを入れてくれ」とケンがトーストにバターを塗りながら言った。
サラはケンのマグカップにコーヒーを注いだ。
サブローが言った。
「ケン、今度からコーヒーは自分で淹れるように。サラは君の家政婦さんじゃないからね」
「わかったよ…」ケンは渋々頷いた。
テレビではエルスの事が大々的に報じられていた。
「あたしも怖いわ、お買い物にも行けないし、人が密集するところにもなかなかいけないし…」とサラが眉間に皺を寄せて言った。
「私も仕事は専らリモートワークだよ」とサブローが苦笑を交えて言った。
「全くこの騒動いつまで続くんだろうねぇ」とケンが言った。
その時テレビ画面が変わり、クリルの顔が映し出された。
「朝食中にすまないが、このウイルスはスリーメイソンの開発したウイルスだ!」
「エッ、そうなの…」とサラが言った。
「何の為?」ケンがトーストを頬張りながら言った。
「人口抑制の為だ。それから諸君には改めて通告しておく、ワクチンは接種しない方がいい」
「そうなんだ…」ケンがコーヒーを啜りながら言った。
「それだけだ… 諸君もエルスには気を付けておくように!」
テレビ画面がまた元に戻った。
それから数日後、ケンが咳やくしゃみを連発するようになった。ケンは悪寒を感じ、目眩や倦怠感を訴えるようになった。体温を測ってみると39.6℃もあった。
サブローが車でケンを病院に連れていった。抗体検査を受けると陽性の反応が出た。ところが入院しようにもベッドが足りておらず、サブローが自宅で隔離しておくしかなかった。
「サラ、すまない、ケンがあんなことになって… 私がもっと責任を持って管理しておけばこんな事には…」
「サブローさん、大丈夫です、あたしがケンを看病します!」
「いや、でも、君にまで感染してしまう」
「あたしに任せてください」
その日からサラはマスクを二重にして、ケンの流動食を作ってやったり、ケンの身体を拭いてやったりした。サラは感染を防ぐため、1m以上離れてケンを見守った。
「み、水が欲しい…」とケンが言った。サラは冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターをコップに注ぎ、ケンに与えた。
「サラ、すまない、こんな事をさせてしまって…」ケンが申し訳なさそうに言った。
「いいのよ、たっぷりお水を飲んでいっぱい汗を掻いてね」サラは優しく言った。
その翌日からケンの熱が下がり始めた。ケンはみるみる回復していった。
「サラ、ありがとう、お前のお陰だよ」
「そういう言い方はあなたらしくないわね!」
「ハハハ、でも良かったじゃないか、ケンが回復したら回起祝いをしよう」とサブローが笑いながら言った。