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1.シュヴァルツェルト領

いよいよ、婚約者の待つシュヴァルツェルト領へ出発です。

「ひゃっ!? いたぁっ!!」


ガタンッ!! 

なにか大きな石にでも乗り上げたのか馬車が大きく揺れた。

その振動で棚の上にあった小瓶が頭に直撃して、たまらず声を上げた。


「大丈夫か……ここからはもっと道が悪くなる。こっちに座るか?」


外から馬を操っているオスカーさんがすまなそうに声を掛けてくる。

彼の言う通り、荷馬車の中は商品やら生活用品でごちゃごちゃで、この中にいたらまた同じ目に合いそうだ。


「お、お願いします……」


痛む頭を擦りながら、答える。

馬車が緩やかに止まると、私はオスカーさんの座る御者席へ移った。


「はあ……」


王都から出発して3日目。

良い天気に恵まれ、旅は順調に進んでいた。


最初は少し怖い人かと思っていたオスカーさんも、会話をするうちに優しく温かい人なんだと気付いた。

彼は目を合わせて話すことはないけれど、それは冷たさよりもどこか不器用さから来ているような、そんな素朴な雰囲気を感じさせる人だった。


オスカーさんは行商人として、王都と辺境の村々を定期的に訪れていた。日用品から雑貨、スパイス、娯楽本まで、村人たちの日常生活を支える様々な物品が荷馬車の中に詰め込まれていた。


この旅の途中で、彼が村を訪れると村人たちはとても喜んでいた。

辺境の貧しい村にまで定期的に行商に来てくれるのはオスカーさんぐらいらしく、重宝されているようだった。


オスカーさんは商売というよりも、辺境の村にも王都の商品を届けるという人助けの一貫としてやっているように感じた。


「すまないが今日は野宿になる。昔はここら辺にも村があったんだが……戦争で畑が荒らされたせいで廃村になっちまってな」


戦争……オスカーさんが口にした言葉に、行く先々で見た戦争の爪痕が頭をよぎる。


壊れたままの城壁。

破壊された家屋。

谷底に放置された兵士の遺骨。


王都から一歩外に出れば、まだこんなにも戦争の跡がそこかしこに残っていることが衝撃だった。

今まで私は本当に狭い世界にいたんだと思い知らされる。


昨晩訪れた村で村長さんの家に泊めて貰った時、村長さんに私がシュヴァルツェルト卿へ嫁ぐことを話すと、彼は国境騎士団の活躍について語ってくれた。


以前、村の付近で野盗が出没した時に、国境騎士団が討伐に来たそうだ。

他の領地にも関わらず、何人も騎士を派遣して村や畑の警備をしてくれたりと、とても良くしてくれたらしい。


『儂らが今こうして生活出来るのも、レザト様率いる国境騎士団のお陰じゃ。お嬢さん、安心しなさい。レザト様は立派な方じゃよ』


そう言って私を元気づけるように微笑む、村長さんの皺くちゃの顔が鮮明に思い出される。


オスカーさんが馬車を走らせる中、遠くに続く道の先には広大な風景が広がっていた。

あの遥かな先に、私を待つ新しい運命がある。

荒涼とした大地、そしてそれを縁取るように広がる青い空。

心地よい風が吹き抜けて、私の髪をはためかせた。




◇◇◇




夜が訪れ、星空の下で焚き火の明かりが揺らめいていた。パチンと火花が散る音が心地よく、私はオスカーさんと共に夕食をとった。


香ばしい干し肉と豆のスープ。素朴な料理だけど、オスカーさんが加えた特製のスパイスが一層美味しさを引き立てていた。


「……おかわりいるか?」

「いいんですか!?」


空になった器を名残惜しそうに見つめていた私に気付いて、オスカーさんが声を掛けてくれた。


「好きに食えばいい」

「うれしいです! このスープ、とっても美味しいですね」

「……そうか」


オスカーさん、今少し笑った? 

羽織っていたフードを脱いで表情が分かりやすくなったこともあってか、オスカーさんの口元が笑ったように見えた。何だか打ち解けてきたみたいで私まで嬉しくなる。


オスカーさんが私から器を受け取り、再びスープをよそう姿を見つめていたら、一つの違和感に気付いた。オスカーさんのたくし上げた腕には、腕全体を包むような入れ墨が掘られていた。


「……これか? 昔、海で仕事してた時にちょっとな」


私の視線に気付いたのか、オスカーさんがぼそりと呟いた。


「私も港の倉庫で働いてたんです。同じ海に関わる仕事をしてたなんて奇遇ですね」


そういえば、港で見かけた船乗りたちも、入れ墨をしている人が多かった。見た目は怖いけど、話してみれば気さくな人たちばかりだった。

オスカーさんとの共通点が見つかったことが嬉しくて、自然と私も自分の話を始めてしまった。


両親のこと。顔の傷のこと。

ローレンス家での日々のこと。

オスカーさんは私の話をただ静かに、時折頷きながら聞いてくれた。


「……それで、シュヴァルツェルト領は私の生まれ故郷でもあるんです。でも私、故郷のことはほとんど覚えてなくて」


焚き火を見つめていると、火の暖かさに溶け出すように心の中の不安が言葉になって溢れ出してくる。


「そこで暮せば、両親や顔の傷の記憶も自然と思い出せるかもしれない。期待してる反面、それが怖くもあって...…はあ、駄目ですね。こんな事じゃなくて……レザト様の奥様になるのだから、彼の奥様として何が必要でどう振る舞えばいいのかとか、もっとそういう事を考えなきゃいけないのに……」


明日は、レザト様に会う。

レザト様がなぜ私なんかと結婚したいのか。

この旅の間もずっと考えているけれど答えなんて出る訳もなくて。

唯一思いつくのは、私がシュヴァルツェルトの一族であることだけ。


でも旧領主の娘といっても、貴族として何も教育を受けていない私は貴族たる振る舞いも出来なければ教養もない。

ただの無知の小娘だと知ったら、レザト様は婚約破棄を言い渡さないだろうか。


……駄目駄目!

ああ、私のうじうじした気持ちも明日への不安も全部、眼の前の火に焚べて燃やせたらいいのに。


「まずは自分自身を知ることだ……そのためには他人を知る必要がある。その繋がりがきっと、あんたの求める結果に繋がると俺は思う」


オスカーさんはしっかりと私の目を見ていた。

焚き火の光が、彼の切れ長の瞳をゆらゆらと照らし出してる。


「オスカーさん……」


オスカーさんの瞳に私が映っている。

彼がここまで目を合わせて話したのは、これが初めてかもしれない。

その力強い視線は、オスカーさんの言葉の真剣さを現しているように見えた。


「もう寝ろ。火の番はしておく。朝方起こすから、仮眠をとってる間は悪いが馬たちの世話を頼む」

「はい、わかりました……あ!」


一瞬、一筋の光のようなものが星空に現れて消えた。


「どうした?」

「今、空に一筋の光のようなものが流れて…」

「ああ、流れ星だ。みたことないのか?」

「初めてみました…あ、また流れた!」


夜空が煌めき、次々と星が流れていく。


「今日は流星群の日か。魔術師たちが騒がしくなるな」

「どうしてですか?」

「魔術師たちの間ではな。流れ星は天から地上に秘石を運んでくると信じられてる。大きな流星群が来るたびに、新たな秘石が生まれる。そういう伝説があるんだと」

「へえ……」


オスカーさんの話に耳を傾けつつ、瞳は流星群に釘付けになっていた。

星が秘石になる。

あの日、倉庫でみた秘石を思い出す。

キラキラと輝いてとても綺麗だった。魔術師の人たちがそう考えるのも何だかしっくりきた。


「オスカーさん、ありがとうございます。こんな素敵な景色が見られるなんて、私感動しました…!」

「俺はローレンス家に金をもらってあんたを運んでるだけだ。礼なんて言われる筋合いねえよ」


オスカーさんはそう言いながら、ほんの少し照れたように顔を背けた。


星降る夜に思う。


私は、もっと知りたい。

10年前の戦争のこと、両親のこと。

顔も知らない婚約者、レザト様のこと。

そして……私自身のことも。


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