8.白昼の宴、口元に微笑。心には剣を④
「さて、お二方。リタクロスの未来について、どのようなビジョンをお持ちでしょうか?」
カイさんがにこやかに二人に目配せしながら、柔らかく問いかけた。
三人は穏やかに会話を進めているように見えたけど、隣に立つ私には、さっきから肌にピリピリとした緊張感が張り詰めているのを感じていた。
「私としては、リタクロスにはもっと自由で活気ある都市になって欲しいと願っております。秘石ランプの成功に留まらず、領土防衛のための兵器としても秘石アイテムの開発を進めていくべきでしょう」
ノーマンが悠然と語る。
その理想に、レザト様が応えようと口を開きかけた瞬間、カイさんが突然口を挟んだ。
「僭越ながら、ワタシはもっと…平等な社会を望みますねェ。例えば、獣人が高い地位に就けるような」
その一言で、レザト様とノーマンの表情が微妙に変わるのが分かった。
「カイ、お前は既に重要な立場にいると思うが」
レザト様が静かに応じると、カイさんは肩をすくめて皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ええ、確かに。しかしギルドマスターにはなれない。獣人の領主様がいらっしゃるのに、獣人のギルドマスターが認められないのは実に興味深いことですよ」
「ほう、そういった不満があったとは」
ノーマンが興味深そうに目を細め、カイさんを見た。カイさんは軽く手を振り、ため息混じりに続ける。
「いえ、不満ではございません。これはただの現実の認識というだけです。私にはギルドマスターの器なんてありませんよォ」
「実はな、カイ殿。その件について私も耳にしている話がある。どうやら、王都の意向としては、領主とギルドマスターの両方に獣人が就くことを懸念しているようだ」
ノーマンの言葉に、レザト様が眉をひそめた。
「……そんな話は聞いていないが」
「表立っては言われておりません。しかし、ギルドマスターの就任許可が未だに下りない理由は、それにあると聞いておりますよ」
「まァ、それは驚きです!」
カイさんが驚いたふりをしつつも、どこか楽しんでいるような表情を浮かべた。
「やはり、獣人である私たちは、まだまだ完全には受け入れられていないということですかねェ」
私は三人の会話を聞きながら、次第に自分の胸の中に広がる不安と焦りに飲み込まれていくのを感じていた。
レザト様が感じている怒りが、まるで自分の心臓に伝わってくるようで、そのたびに私の胸が締め付けられる。
レザト様のしっぽが激しく揺れている。それが、彼の感情の昂ぶりを物語っていた。
――お願い、もうこれ以上レザト様を傷つけないで……!
カイさんとノーマンが、皮肉交じりの言葉でレザト様をからかい続ける。
そのたびに私の手のひらには冷たい汗が滲んだ。
私だって何か言いたい。レザト様を守りたい。
けれど、どうしたらいいのか分からない…!
「……この街は、獣人も人間も共に成長し、繁栄するためにある。種族の違いなど、本来は関係ないはずだ」
レザト様は冷静に応じているけど、その静かな声の奥に潜む怒りは、誰の目にも明らかだった。
それでもカイさんは肩をすくめ、あくまで飄々とした態度を崩さない。
「ええ、もちろんそうでございます。ですが、人間の心情というのは、理屈では割り切れないものでしてね。私がギルドマスターになれないのは、その象徴でしょうかねェ」
「それは、実に残念なことですな。ですが、カイ殿、あなたのような有能な方であれば、いずれ状況を打破できるかもしれませんよ。少しばかり、助力があれば……」
ノーマンの言葉に込められたあからさまな挑発に、レザト様が拳を爪が食い込むほど握りこんでいたのを見た瞬間、私の胸に強烈な怒りが燃え上がった。
――なんで……どうして、こんなにもレザト様を侮辱するの?
レザト様が、この街のためにどれほどの献身をしてきたか分からないの!?
その瞬間だった。
突如として、周囲の秘石ランプが眩い光を放ち始めた。
「……え?」
息を飲んだ。ホール全体がその異常な光に包まれ、一瞬にして場が静まり返った。
普段とは明らかに違う、激しい光が私たちを包み込んでいる。
何が起こったのか分からない。ただ視界が眩しすぎて、思わず目を細めてしまった。
「これは……何事だ?」
誰かが呟いた声が遠くから聞こえる。けれど、今はただその光に圧倒されてしまう。
やや光が落ち着き、ふと視線を感じて顔を上げてみると、レザト様が私をじっと見つめていた。
彼の目には驚きと不安が入り混じった表情が浮かんでいる。
――どうして、そんな顔を……?
私は何もしていない。
強く願っただけで、こんなことが起こるはずがない。
それなのに、レザト様の目が私に向けられている。
その視線は、まるで私が何かを引き起こしたと感じているような……違和感があった。
「ルチカ……」
彼が小さく私の名を呼んだ。
レザト様の驚きと戸惑いの視線――それが私に突き刺さり、胸の奥に静かな不安が広がっていく。
さらに次の瞬間、ノーマンの鋭い視線が私を捉えた。
「ほう……これは興味深い」
彼の冷ややかな声が、ホールに響き渡る。
その声には、明らかに私が何かをしたと確信している響きがあった。




