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8.白昼の宴、口元に微笑。心には剣を③ <レザト>

「いやぁ、お待ちしておりました、ノーマン殿!」


カイの響き渡る声に、私は反射的に背筋を正し、そちらに視線を向けた。


――ノーマン……!


扉の前に立つ黒衣の男、ジャン・グリ・ノーマン。その名を聞くだけで、胸の奥が冷たい警戒感に包まれる。

この宴はリタクロスの有力商人たちを集めたもの。だが、王都を拠点にしているノーマンがここに現れるとは思ってもみなかった。


カイの仕業だ。ヤツが私とルチカの婚約に至る経緯を知らないはずがない。それを承知で、あえてノーマンをこの場に呼びつけたのだろう。私の胸中には、カイに対する強い嫌悪感が広がる。

一体、何を企んでいるのか……。


ノーマンは、まるでこの場が自分の領地であるかのように、ホールをゆったりと見回しながら堂々と歩みを進め、カイの元へ近づいていく。その動作には一切の隙がなく、その存在感は異様なほどに際立っていた。


私はふと、窓際に佇むルチカに視線を送る。彼女の顔には明らかに不安の色が浮かんでいる。だが、私が微笑みかけ、こちらへ来るように軽く視線を送ると、ルチカの表情が和らぎ、穏やかな笑顔が戻った。

そして、静かに私の元へ駆け寄ってくる。


「お待たせしてすまないな、カイ殿」


カイは両手を広げ、まるで古くからの友人を迎えるかのように、ノーマンに近づいていった。


「いえいえ! とんでもございません! 主役は遅れて登場するものと相場が決まってますからねェ」


その一言でホールの空気が微かに張り詰めた。カイもすぐにそれに気づき、慌てて修正を加えた。


「おっと、失礼。本日の主役はレザト様でございましたね」


カイは軽く頭を下げつつ、目には悪戯めいた光が宿っていた。ノーマンはその場を包む緊張感を楽しむように、私とルチカにちらりと視線を送り、唇の端に皮肉な笑みを浮かべた。


「ほう、これはまた……。レザト殿、ルチカ様。お二人が揃う姿を拝見できるとは、実にお似合いですね」


彼の言葉に、私はルチカが微かに肩をすくめたのを感じ取った。ノーマンの声には刺々しさが隠しきれていない。


「おやおや、レザト様、ノーマン殿。このような場でお二人がご一緒されるのは初めてではございませんかァ?」


カイがあえて気楽な口調で話を振った。

私とノーマンは、表面上は穏やかな微笑みを交わしつつ、その裏で視線が火花を散らしていた。ノーマンはさらに一歩、私に近づいてきた。


「レザト殿とは、今日が初めての顔合わせですな。しかし、あなたの評判はかねがね伺っております。特に……最近の婚約の件は、かなりの話題を呼んでいるようです」


その言葉に私は軽く笑みを返す。外見は一切の動揺を見せず、あくまでも穏やかな態度を保ったまま。


「ありがとうございます。私もノーマン殿の名は耳にしております。リタクロスの発展に多大な貢献をされているとか。商人たちからも、あなたの手腕について多くの話を聞いていますよ。その才覚には驚嘆するばかりです」


表面上は褒める言葉を並べながらも、私は彼の言葉に込められた刺を感じ取っていた。

ノーマンがかつてルチカに婚約を申し込んでいたこと。

そして私がその婚約を横取りしたこと――彼の言葉の裏には、その未練が透けて見える。


「いやいや、私など足元にも及びませんよ。実を言えば、私が欲したものを手に入れられなかったのはこれが初めてのことです。ですが、レザト殿のような方に譲るのであれば、それもまた光栄というものです」


ノーマンは口元に皮肉な笑みを浮かべ、まるで何もなかったかのように軽く肩をすくめる。その言葉の刃を受けつつ、私は同じように穏やかに笑みを返した。


「お譲りいただいたことに感謝しております。ルチカとの婚約は、私にとってかけがえのないものですから」


あえて「譲る」という言葉を強調して返すと、ノーマンの目が一瞬だけ冷たく光った。

その瞬間を見逃さなかった私は、彼の中に潜む感情を察知した。


ルチカは少し緊張した面持ちで、私たちのやり取りを見守っていた。彼女もこの場の空気の重さを感じ取っているに違いない。


「ルチカ様、どうかご安心を。レザト殿のような強く、誠実な方がお傍にいるのであれば、あなたは何も心配なさることはないでしょう」


ノーマンは、やや低く抑えた声でルチカに話しかけた。彼の声には、どこか含みがあり、まるで私がその期待に応えられるかどうかを試しているかのようだった。


「……ありがとうございます」


ルチカは小さな声で答え、少し微笑んで見せたが、その微笑みの裏には緊張が透けて見える。ノーマンがルチカに近づき、手を差し出した。


「ルチカ様、どうかこの宴を楽しんでください。この華やかな場に、あなたの笑顔が添えられることを願っております」


ノーマンの手を、ルチカはためらいがちに取った。彼の冷ややかな笑みに、ルチカは一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに落ち着きを取り戻し、丁寧に応じた。


「……もちろん、ノーマン様。本日の宴は皆様のおかげで、とても華やかで素敵なものになっております」


ルチカの声は静かだが、その裏にある警戒心が感じられた。

ノーマンは手を離し、再び私に視線を戻した。


「さて、レザト殿。これからリタクロスの街はますます繁栄するでしょう。ですが、その繁栄には平和と秩序が欠かせない。レザト殿も、それをお考えのことでしょう?」


ノーマンは、再び穏やかな表情に戻り、私を試すような口調で言葉を紡いだ。彼の言葉には、暗に私への挑発が含まれていた。


「もちろん、ノーマン殿。街の繁栄には秩序と平和が最も重要です。それを守るのが、私の務めであり、誇りですから」


私は冷静に返答したが、ノーマンの目はまるで私の心の奥底を見透かそうとしているかのように鋭く光った。


「それは心強いお言葉ですな。リタクロスの未来のために、お互い協力し合えることを願っておりますよ」


ノーマンの声には不気味な寒気が潜んでいた。それはただの社交辞令ではなく、何か別の意図を含んでいるようだった。


「さあさあ、お二人とも杯を交わしましょう! リタクロスの繁栄のために!」


カイが間に割って入り、私たちの間の緊張を和らげるかのように、手を差し出す。


「ええ、喜んで」


私はノーマンと視線を交わしながら、微笑みを浮かべ、杯を口元に運んだ。

心に剣を携え、次の一手を見据えて。



バッチバチのレザト様とノーマン。次回はルチカ視点です!

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