8.白昼の宴、口元に微笑。心には剣を②
私は商人ギルドのホールに立ち、周囲の華やかさに圧倒されていた。
煌びやかな衣装を纏った人々が行き交い、宝石のように輝く秘石ランプの光がホールを柔らかく包んでいる。けれど、そんなきらびやかな空間の中で、私はどうしても自分が異物であるように感じてしまう。
レザト様は商人たちへの挨拶のため、席を立っていってしまい、私の近くにはもういない。
そういえばエドウィンさんはどこにいるんだろう?
一緒にホールに入ったはずなのに、気配が感じられない。
私は辺りを見回し、ようやくエドウィンさんを見つけた。彼はホールの隅で、壁に背を預けて俯いていた。遠目にはっきりとは分からないけれど、何か一心に紙束に書き込んでいる。
エドウィンさんと出会ってから日は浅いけれど、彼が社交的な場が苦手だということは何となく分かっていた。その直感通り、彼は今、明らかに居心地の悪そうな雰囲気を漂わせている。
どうしよう……エドウィンさんに声をかけに行くべきかな? でも、今の私がこの場であちこち動き回るのは良くない気もする。
「ごきげんよう、お嬢さん」
ふいに、華やかな婦人たちの声が私の耳に飛び込んできた。彼女たちは豪華な衣装をまとい、香水の甘い香りを漂わせながら私に近づいてきた。
「あなたがレザト様の婚約者ですわね? 噂はかねがね伺っておりましたわ」
艶やかな声を放つ一人の婦人に、私は慌てて返答する。
「は、はい。ルチカと申します」
「まぁ、随分とお若いのねぇ。お二人を見ていると、まるで親子のようで微笑ましいわ」
別の婦人が、笑いを噛み殺したような口調で言う。彼女の目が私をじっと見つめ、まるで私を品定めしているようだった。
「レザト様のお気に入りになるコツでも教えていただけますかぁ? 可愛いお嬢ちゃん?」
婦人たちはくすくすと笑い出す。その笑い声はまるで無数の針のように、私の心に突き刺さった。
――この感じ。あの頃、ローレンス家で味わったものと同じだ。
人を嘲笑い、おもちゃにするような言葉の棘が、再び私の心を締め付ける。かつての私なら、この場を曖昧にやり過ごしていただろう。
でも今は違う。私はもう、ただの子供ではない。私はレザト様の婚約者なのだ。
でも……どうすればいいんだろう? 今の私には、彼女たちを軽く受け流す言葉も知恵もない。
悔しいけれど、私はこの場で平静を装うだけで精一杯だった。
ふと顔を上げると、婦人たちは少し離れたところで今度は小声で話し始めた。
その声が耳に届き、胸の奥が冷たくなる。
「ねぇ、本当にあの子、レザト様にふさわしいのかしら。わたくし、心配ですわ」
「顔に傷があるわね…あの方、旧領主のご息女なんでしょ? その割にはあまり品性を感じないわねえ」
「きっと政略結婚でしょう。でなきゃ、あんな小娘が選ばれるわけないじゃない?」
動じちゃだめ。彼女たちは、私の微かな表情の変化さえも見逃すまいと、鋭く目を光らせている。
口元に浮かべた笑みを壊さないよう、私は心の奥で静かに耐えた。
「……」
気づけば、私は人々の輪を離れ、窓際に立っていた。
窓から見える青空とは裏腹に、私の心は、どこか暗くどんよりしている。
「ルチカ様、お楽しみいただけていますか?」
突然、カイさんの声が背後から聞こえた。私は無理に笑顔を作って答える。
「はい……とても」
カイさんは私の内心を察したかのように、穏やかに言葉を紡ぐ。
「人々の言葉に惑わされないでくださいねェ。レザト様があなたを選んだのには、必ず理由があるはずです」
その言葉に、心が揺れた。
レザト様は、確かに私を選んでくれた。私もレザト様にふさわしい存在でありたい。
私がここにいるのは、彼の隣に立つべき人間として、もっと強くなるためじゃないの?
自分の内から湧き上がる決意が、静かに形を成していく。
そんな思いが胸に広がる中、私はカイさんに一つの疑問を抱いた。
「あの、カイ様。レザト様とは昔からの知り合いだっておっしゃってましたけど、いつからのお知り合いなんですか?」
「どうぞカイとお呼びください、ルチカ様」
「えっと……カイさん、レザト様とはいつからのお知り合いなんですか?」
カイさんは微笑み、少し意地悪な口調で言った。
「フフフ……そんなに知りたいですか?」
カイさんの目が、妖しく光る。
「それはですねェ……レザト様が獣人の森にお住まいだった頃からですよ」
「獣人の森……⁉」
その言葉に、私は驚きを隠せなかった。レザト様の幼少時代の話は、父であるヨハンとの出会いが中心で、獣人の森での生活については、ほとんど話してくれたことがなかった。
「レザト様はどんな子供だったんですか? 獣人の森では、どんな暮らしを……」
質問が止まらない。すると、カイさんは苦笑いを浮かべた。
「まあまあ、ルチカ様。そんなに焦らないでくださいよォ。その話はいつかじっくりお話ししますからねェ」
彼の言葉はどこか意味深で、私は少し身を引いてしまった。
カイさんはその瞬間、鼻をひくひくと動かし、何かに気づいたかのように表情を変えた。
「カイさん? どうしましたか?」
「ふぅむ……そう来ましたか」
カイさんの言葉の意味を考える間もなく扉が開き、その眼に飛び込んできた人物に私は言葉を失った。




